エピローグ 帰る場所
シャルロットが旧魔王城から帰還してから、しばらく経った頃だった。
フルールの街では、一つの噂が広がっていた。
鉄ランク昇格試験。
旧魔王領での異変。
そして奇跡の光。
真実を知る者は少ない。
だが、人々は確かに噂していた。
フルールの薬師シャルロットが、光魔法を使ったのではないかと。
そんなある日。
シャルロット薬舗へ三人の来客が訪れる。
オンブラージュ。
フロワド。
そしてギヨーム。
かつてシャルロットを追放した家族と元婚約者だった。
「シャルロット……」
父が柔らかな笑みを浮かべる。
「元気そうで安心した」
「噂は聞いているぞ」
「光魔法を使ったそうじゃないか」
シャルロットは静かに耳を傾ける。
父は満足そうに何度も頷いた。
「父さんも詳しいことは分からんがな」
「なんでも、とんでもなく凄い魔法なんだろう?」
「王都でも随分話題になっているそうじゃないか」
母も嬉しそうに身を乗り出した。
「そうなのよ」
「ご近所の奥様方も皆その話をしていたわ」
「光魔法なんて伝説の聖女様しか使えないんでしょう?」
「本当に凄いことなのよね?」
父は得意そうに笑った。
「やはりお前は特別だったのだ」
「父さんは最初から信じていたぞ」
母も大きく頷く。
「本当に誇らしいわ」
「あなたは私たちの自慢の娘よ」
「王都でもあなたの話で持ち切りなの」
シャルロットは静かに目を伏せた。
成人の儀の日。
魔法が使えないと分かった瞬間。
二人は自分から目を逸らした。
あの日は価値がなかった。
今は価値がある。
ただ、それだけなのだろう。
ギヨームも一歩前へ出る。
「シャルロット」
「君が光魔法を使えるなんて知らなかった」
「やっぱり君は特別な女性だったんだ」
シャルロットは心の中で小さく苦笑した。
本当にそう思っていたのなら。
あの日。
婚約破棄などしなかったはずだ。
ギヨームは真っ直ぐ彼女を見つめる。
「僕はずっと君を尊敬していた」
「君が望むなら」
「もう一度やり直したい」
「今なら君を必ず幸せにできる」
父も頷く。
「シャルロット」
「家へ戻ってこないか」
母も続ける。
「今なら、もう一度やり直せるわ」
「みんな待っているのよ」
そして。
父の視線がルークへ向いた。
「ルーク」
「お前も帰ってきなさい」
ルークの表情が固まる。
「お前が家を出てから、父さんも母さんも心配していたんだぞ」
「本当よ」
母も涙ぐむような仕草を見せる。
「毎日あなたのことを考えていたの」
「もう意地を張るのはやめなさい」
「家族みんなで美味しいものを食べましょう」
その言葉を聞いた瞬間。
ルークの拳が震えた。
「……ふざけるな」
低い声だった。
「俺が家を出た時」
「追いかけても来なかったくせに」
「姉さんが追放された時だってそうだ」
「今さら何を――」
「ルーク」
優しい声が響く。
シャルロットだった。
ルークは言葉を止める。
シャルロットは小さく首を横へ振った。
「もう、いいんです」
「姉さん……」
「私はもう幸せですから」
その笑顔を見て。
ルークはゆっくりと息を吐いた。
そして苦笑する。
「……ああ」
「俺も今の方がずっと幸せだ」
シャルロットは静かに目を閉じる。
かつては欲しかった言葉だった。
認めてほしかった。
必要としてほしかった。
愛してほしかった。
だが――。
今は違う。
ゆっくりと目を開き、穏やかに微笑んだ。
「ありがとうございます」
三人の表情が明るくなる。
しかし。
シャルロットは静かに首を横へ振った。
「ですが、お断りします」
三人の表情が固まる。
「私には、もう帰る場所があります」
三人は言葉を失う。
シャルロットは後ろを振り返った。
そこには。
ソレイユ。
ルーク。
リュンヌ。
エレナ。
アマリリス。
大切な家族たちがいた。
シャルロットは優しく微笑む。
「私には大切な家族がいます」
「守りたい人たちがいます」
「だから、私はここで生きていきます」
その言葉に迷いはなかった。
父も。
母も。
ギヨームも。
何も言えなかった。
今さら理解したのだ。
自分たちが失ったものの大きさを。
才能ではない。
光魔法でもない。
一人の優しい娘と。
一人の優しい息子を。
自ら手放してしまったのだと。
シャルロットは深く一礼した。
「今までありがとうございました」
「どうか、お元気で」
それが最後だった。
三人は静かに去っていく。
扉が閉まる。
そして。
「シャルロットさん!」
ソレイユが飛び付いた。
「よかったぁぁ!」
アマリリスも抱き付く。
「帰っちゃうかと思った!」
「帰りませんよ!?」
シャルロットは思わず笑った。
ルークも苦笑する。
「まあ、姉さんならそう言うと思ったけど」
リュンヌも嬉しそうに頷く。
「はい!」
エレナは腕を組みながら鼻を鳴らした。
「当然じゃ」
「今さら誰にも渡さんわ」
皆の笑顔を見て。
シャルロットは改めて思う。
ここが自分の居場所なのだと。
百五十年前に始まった戦い。
百年前に未来へ託された願い。
その願いは、薬師シャルロット・メシャントによって受け継がれた。
そして――。
元大聖女シャルロットのスローライフは、
これからも大切な家族たちと共に続いていくのだった。




