第105話 新たなる大聖女
旧魔王城での戦いから数か月後。
世界は静かに変わり始めていた。
各地で報告されていた魔物の異常活性化は次第に収束していく。
危険地帯の魔素濃度も低下し、凶暴化していた魔物たちも落ち着きを取り戻した。
まるで長い悪夢が終わったかのように。
百五十年にわたり世界を蝕み続けた魔王因子の影響は、嘘のように消えていった。
――ただし。
当の本人は全く平穏ではなかった。
「何を考えているのですか、あなたは!」
ルミエール大聖堂。
教皇室に怒声が響き渡る。
サンセリテだった。
百年間ほとんど怒ったことがないと言われる教皇が、本気で怒っていた。
「魔王因子を自分の体へ封印するなど!」
「普通の人間なら考えもしません!」
「というか、考えても実行しません!」
珍しく早口だった。
シャルロットは小さく肩を竦める。
「でも、他に方法がありませんでしたし……」
「ありました!」
「ありませんでしたよね!?」
「ありませんでしたが!」
思わず声を荒げたサンセリテは、はっと我に返る。
そして深いため息を吐いた。
「本当に……」
「最後まであなたらしい」
その顔は怒っているというより、心配していた人の顔だった。
隣ではソフィアが涙目になっている。
「シャルロットさん……」
「本当に心配したんですよ……」
そして次の瞬間。
ぎゅっと抱き付いてきた。
「もう無茶しないでください!」
「絶対ですよ!」
「はい……」
シャルロットは苦笑しながら頷くしかなかった。
そんな二人を見ていたエレナは、大きくため息を吐く。
「全く」
「我は最初からこうなると思っておった」
「じゃが、本当にやるとはのう」
呆れたような口調だった。
だが、その顔には安堵が浮かんでいる。
皆、同じだった。
シャルロットが無事だったからこそ、こうして怒れるのだ。
やがて教会は今回の功績を正式に発表することになった。
百年続いた危機を救った英雄。
世界を守った聖女。
本来なら、その名はシャルロット・メシャントとして語られるはずだった。
だが――。
「お断りします」
シャルロットは即答した。
教会幹部たちが固まる。
「え?」
「いえ、ですからお断りします」
「私は薬師ですので」
にこやかだった。
だが断固として譲らない笑顔だった。
「今生はシャルロット・メシャントとして生きたいんです」
「のんびり薬舗をやりながら暮らしたいので」
その結果。
栄誉はすべてソフィアへ贈られることとなった。
「待ってください!」
「私は何もしてません!」
ソフィアは全力で抵抗した。
だが、シャルロットもサンセリテも譲らない。
結局。
世界へ発表されたのは――。
聖女ソフィアが中心となり、百年続いた危機を解決したという物語だった。
人々は歓喜した。
教会は祝福に包まれた。
そして。
ソフィア・アルテミスは新たな大聖女として世界中から称えられることになる。
「大聖女ミュゲの再来」
そんな声まで聞こえてきた。
その度にソフィアは複雑そうな顔をしたが、それでも前を向いた。
サンセリテから受け継いだ使命。
そしてシャルロットから託された未来。
それらを守るために。
新たな大聖女として歩み始めるのだった。




