第103話 百年の答え
封印の間。
巨大な祭壇の中央では、魔王因子が不気味な脈動を繰り返していた。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
手のひらほどの小さな結晶。
しかし、その存在感は圧倒的だった。
漏れ出す禍々しい魔素が空間を歪ませ、まるで世界そのものを侵食しているかのように見える。
一行は祭壇の前へ立つ。
しばらく魔王因子を見つめていたサンセリテは、やがて静かに口を開いた。
「ここで、百年越しに辿り着いた答えをお話しします」
シャルロットたちは黙って耳を傾ける。
サンセリテは祭壇中央の魔王因子を見据えたまま続けた。
「魔王因子は普段、極めて安定した状態にあります」
「だからこそ、百五十年前のミュゲですら破壊できませんでした」
シャルロットは静かに頷く。
あの日のことを思い出していた。
最後の力を振り絞って放った《光の投擲聖槍》。
それでも魔王因子は傷一つ付かなかった。
「ですが」
「百年間研究を続けた結果、一つだけ分かったことがあります」
サンセリテの声がわずかに強くなる。
「魔王因子は暴走すると内部構造が不安定になるのです」
ソフィアが目を見開いた。
「不安定に……?」
「はい」
「普段は完全な均衡状態にあります」
「しかし、制御を失った暴走状態であれば、その均衡が崩れます」
「その瞬間だけ――」
サンセリテはシャルロットを見る。
「光の聖剣によって破壊できる可能性があります」
封印の間が静まり返る。
シャルロットは思わず問い返した。
「暴走状態にする方法があるのですか」
「あります」
サンセリテは静かに答えた。
「ですが、そのためには誰かが魔王因子を体内へ取り込まなければなりません」
一同の表情が変わる。
ソフィアは息を呑んだ。
「そんな……」
「人間が魔王因子を取り込めば……」
サンセリテは静かに頷く。
「その瞬間に魔王となるでしょう」
重い沈黙が落ちる。
魔王因子。
それは魔王ニコラスが千年以上生き続けた理由。
世界を滅亡寸前まで追い込んだ元凶。
そんなものを体内へ取り込むなど正気の沙汰ではない。
だが、サンセリテは穏やかな表情のまま続けた。
「ですが、私はエルフです」
「有身精霊であるエルフは、人間よりも遥かに魔素との親和性が高い」
「短時間であれば耐えられる可能性があります」
シャルロットの胸に嫌な予感が走る。
そして次の瞬間。
その予感は現実となった。
「取り込むのは――私です」
誰も言葉を失った。
最初に声を上げたのはシャルロットだった。
「駄目です!」
思わず叫ぶ。
「そんな方法、認められません!」
ソフィアも顔を青くする。
「教皇様!」
「それでは、あまりにも危険です!」
エレナも険しい表情で前へ出た。
「正気か」
「失敗すれば死ぬどころでは済まぬぞ」
だが、サンセリテは穏やかに微笑むだけだった。
「ええ」
「もちろん理解しております」
その落ち着いた態度が、かえってシャルロットの胸を締め付ける。
「どうして……」
「どうして、そこまで……」
サンセリテは静かに魔王因子を見つめた。
「百年間」
「私は、この問題と向き合い続けてきました」
「歴代教皇も」
「歴代聖女も」
「世界中の賢者たちも」
「誰一人として答えを見つけられなかった」
静かな声だった。
しかし、その言葉には百年という歳月の重みが宿っていた。
「封印を維持することしかできなかった」
「ただ守り続けることしかできなかったのです」
サンセリテは小さく目を閉じる。
「何度も思いました」
「もし、あの日」
「魔王因子を完全に消し去ることができていたならと」
シャルロットは息を呑む。
その言葉に込められた想いが痛いほど伝わってきた。
「ですが」
「私は諦めたくなかった」
サンセリテは再び目を開く。
その瞳には揺るぎない決意が宿っていた。
「あなたが未来へ託した願いを」
「百年前に私へ託した使命を」
「終わらせることなく次代へ押し付けたくなかったのです」
封印の間に静寂が広がる。
百年間。
サンセリテはずっと一人でこの重荷を背負い続けてきた。
そして辿り着いた答えが、この方法だった。
「だから祭壇へ来るまで、お話ししなかったのです」
サンセリテは困ったように笑う。
「あなたは必ず止めるでしょうから」
シャルロットは言葉を失う。
図星だった。
ルミエールで聞かされていたなら、絶対に反対していただろう。
きっと旧魔王城へ来ることすら許さなかった。
サンセリテは再び魔王因子へ視線を向ける。
百年間守り続けてきた災厄。
そして百年間追い求め続けた答え。
その時が、ついに訪れようとしていた。




