第100話 帰郷
ルミエールを発って数日後。
紅竜となったエレナは、大きな翼を広げ、大空を翔けていた。
眼下には、見慣れたフルールの街並みが広がっている。
「見えてきましたね」
シャルロットが嬉しそうに微笑む。
エレナも街を見下ろし、小さく頷いた。
「うむ」
「ようやく帰って来たのじゃ」
エレナは街外れの草原へゆっくりと降り立つ。
紅い光に包まれ、その姿は再び少女の姿へ戻った。
二人は並んで『シャルロット薬舗』へ向かう。
扉を開けた、その瞬間だった。
「シャルロットさん!」
ソレイユが勢いよく駆け寄ってくる。
続いてルーク、リュンヌ、アマリリスも笑顔で迎えた。
「おかえり!」
「無事でよかった!」
「待ってたよ!」
皆の笑顔を見た瞬間、シャルロットの頬も自然と緩んだ。
「ただいま」
その一言だけで、胸が温かく満たされる。
ここが、自分の帰る場所なのだと改めて実感した。
夕食を終え、一息ついた頃。
シャルロットは皆を見回し、静かに口を開く。
「皆さんに、お話ししなければならないことがあります」
その真剣な表情に、部屋の空気が引き締まる。
シャルロットはゆっくりと語り始めた。
自らの前世が、大聖女ミュゲであること。
百五十年前、魔王ニコラスを討伐したこと。
しかし、その核である魔王因子だけは破壊できず、封印したこと。
百年前、その使命をサンセリテへ託したこと。
そして、その封印が今、綻び始めていること。
静かな部屋に、シャルロットの声だけが響く。
話を聞き終えた仲間たちは、誰も言葉を発することができなかった。
あまりにも壮大で、想像を超えた真実だったからだ。
やがて、ソレイユが優しく微笑んだ。
「でも」
「シャルロットさんは、シャルロットさんですよ」
その一言に、張り詰めていた空気がふっと和らぐ。
ルークも穏やかに笑った。
「姉さんの前世が誰だったとしても、僕にとっては大切な姉さんだよ」
リュンヌは大きく頷く。
「うん!」
「シャルロットは、私の大好きな仲間だもん!」
エレナは静かに腕を組み、小さく笑みを浮かべた。
「我も同じじゃ」
「お主は大聖女でも英雄でもない」
「我らの大切な仲間じゃ」
その時だった。
アマリリスが、ふわりと宙へ浮かぶ。
「あー、やっぱりね!」
皆の視線が集まる。
アマリリスは得意そうに胸を張った。
「実はねー」
「私、昔のミュゲちゃんに会ったことあるんだよ!」
「えっ?」
シャルロットが目を丸くする。
アマリリスはうんうんと頷いた。
「ほんの少しだけだけどね」
「まだ小さかった頃のミュゲちゃん」
そしてシャルロットを見つめる。
「だから最初に会った時から思ってたんだ」
「なんだか似てるなーって」
「優しいところとか」
「困ってる人を放っておけないところとか」
「自分のことは後回しにしちゃうところとか」
シャルロットは思わず苦笑した。
確かに心当たりがある。
アマリリスは嬉しそうに笑う。
「でもね」
「ミュゲちゃんより今のシャルちゃんの方が好きだよ!」
「一緒にご飯食べられるし!」
「お話もできるし!」
「友達だもん!」
その言葉に皆が笑った。
張り詰めていた空気が一気に和らぐ。
シャルロットも思わず笑みを浮かべた。
「そうですね」
「今の私はシャルロットですから」
前世を知ってもなお。
皆は自分を“シャルロット”として見てくれている。
それが何よりも嬉しかった。
「皆さん……」
シャルロットは柔らかく微笑む。
「ありがとうございます」
その夜。
自室へ戻ったシャルロットは、机の上へ一冊の革張りの手帳を置いた。
百年前。
未来へ託した手帳。
そして百年間、サンセリテが守り続けてくれた希望。
ゆっくりとページをめくる。
そこには、百年前の自分が遺した知識と想いが、今も変わらず残されていた。
シャルロットは静かに手帳を閉じる。
「必ず終わらせます」
「百年前に託した、この使命を」
その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
百年越しの使命は、今再び動き始めようとしていた。




