第98話 運命の手帳
応接室。
静かな空気の中、サンセリテはゆっくりと立ち上がった。
「シャルロット殿」
「あなたへ、お返ししなければならないものがあります」
そう言うと、部屋の奥に置かれた古い木箱の前へ歩み寄る。
その木箱には幾重もの魔法陣が刻まれ、長い年月、大切に守られてきたことがうかがえた。
サンセリテは静かに封印を解き、蓋を開く。
中から取り出したのは、一冊の古びた革張りの手帳だった。
色褪せた革表紙。
擦り切れた角。
それでも、その一冊は百五十年という歳月を感じさせないほど丁寧に保管されていた。
それを見た瞬間。
シャルロットの瞳が大きく揺れる。
「その手帳は……」
忘れるはずがない。
百五十年前。
自らが書き続けていた手帳だった。
旅の記録。
魔法の研究。
魔王因子についての考察。
未来へ残した知識。
そのすべてを書き記した、かけがえのない一冊。
サンセリテは優しく微笑む。
「覚えておられますか」
「あなたは、私へこう仰いました」
懐かしむように目を細める。
「もし封印が解かれた時」
「未来の誰かが、この手帳を必要とする日が来るかもしれません」
その言葉に、百年前の記憶が鮮明に蘇る。
未来を信じ。
世界を信じ。
まだ見ぬ誰かへ託した希望。
サンセリテは両手で大切そうに手帳を抱え、シャルロットの前へ差し出した。
「百年間、お預かりしておりました」
一呼吸置き、穏やかに微笑む。
「ようやく、お返しできます」
シャルロットは震える手で手帳を受け取る。
指先へ伝わる、懐かしい感触。
ゆっくりと表紙を撫でる。
思わず涙が零れ落ちた。
「まさか……」
「未来の誰かへ託した手帳が……」
小さく笑みを浮かべる。
「巡り巡って、私のところへ帰ってくるなんて……」
百年前の自分は、想像もしなかった。
未来へ託した希望が。
未来を信じて残した知識が。
転生した自分自身を導くことになるなど。
応接室は静まり返っていた。
エレナは手帳を見つめ、静かに呟く。
「未来の誰かへ託したものが……」
「巡り巡って、お主自身の元へ帰ってくるとは」
ゆっくりと首を振る。
「これほど不思議な巡り合わせが、本当にあるのじゃな……」
ソフィアも胸の前で両手を重ね、目を潤ませていた。
「百年前の大聖女様が、未来を信じて託された希望……」
「その『未来の誰か』が、シャルロットさんご自身だったなんて……」
静かに微笑む。
「まるで、運命が最初から決めていたみたいです」
サンセリテは二人の言葉を聞きながら、穏やかに頷いた。
「私も、この日が来るとは思っておりませんでした」
「ですが、今なら分かります」
「この手帳は、最初からあなたの元へ帰る運命だったのでしょう」
シャルロットは大切そうに手帳を胸へ抱き寄せる。
それは、百年前の自分から、今を生きる自分へ贈られた一通の手紙。
時を超え、想いは受け継がれた。
そして希望は、再び本当の持ち主のもとへ帰ってきたのだった。




