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第8話 成人の儀

 魔王討伐から百五十年。


 世界は長き平和の時代を迎えていた。


 ナルシス王国。


 辺境を治める名門、メシャント伯爵家では、一人の少女が人生の大きな節目を迎えようとしていた。


 シャルロット・メシャント。


 本日、十五歳となった伯爵令嬢である。


 屋敷の廊下を歩く彼女は、どこか緊張した面持ちだった。


 窓から差し込む朝日が金色の髪を照らし、純白の儀式衣装が柔らかな光を受けて輝いている。


「お嬢様、お支度が整いました」


 侍女が恭しく頭を下げる。


「ありがとうございます」


 シャルロットは深く息を吸い、小さく微笑んだ。


 今日はいよいよ成人の儀。


 十五歳を迎えた若者が、生まれ持った魔法の才能と適性を正式に判定される神聖な儀式である。


 人は生まれながらに魔法の才能を宿している。


 才能を持つ者は、物心がついた頃から無意識に、その片鱗を見せ始める。


 火属性なら小さな火花が散る。


 水属性なら水滴が宙へ浮かぶ。


 風属性ならそよ風が吹き抜ける。


 土属性なら足元の大地がわずかに震える。


 それらは魔法の才能を持つ子どもであれば誰もが経験する、ごくありふれた前兆だった。


 しかし――。


 シャルロットには、その前兆が一度も現れなかった。


 火花一つ散らず、水滴一つ浮かばない。


 風も吹かなければ、大地が震えることもない。


 家族も使用人たちも、その事実を知っていた。


 それでも誰も希望を捨ててはいなかった。


 成人の儀で測定水晶が、まだ眠っている才能を見つけ出してくれるかもしれない。


 今日という日は、シャルロットだけでなく、家族にとっても最後の希望だったのである。


 メシャント伯爵家は代々優秀な魔法使いを輩出してきた名門だった。


 長男は王国魔法騎士団の精鋭。


 長女は宮廷魔法使い。


 兄姉たちは皆、それぞれ優れた魔法の才能を開花させ、一族の誇りとして活躍していた。


 だからこそ、シャルロットにも大きな期待が寄せられていた。


「きっと、お嬢様にも素晴らしい才能が眠っています」


「ええ、メシャント家の血筋ですもの」


 使用人たちは笑顔でそう囁き合う。


 シャルロットも小さく頷いた。


 今日から始まる新しい人生。


 家族の役に立ち、多くの人々を助ける未来を、心から信じていた。


 やがて馬車は王都の大神殿へ到着する。


 神殿には多くの貴族たちが集まり、それぞれの子息や令嬢の晴れ姿を見守っていた。


 神官の案内を受け、シャルロットは祭壇の中央へ歩み出る。


 天窓から降り注ぐ光が、巨大な魔力測定水晶を照らしていた。


 神殿全体が厳かな空気に包まれる。


 神官は静かに祈りを捧げる。


「女神よ、この者へ祝福を」


 シャルロットはゆっくりと水晶へ手を添えた。


 水晶が淡く輝き始める。


 誰もが息を呑んだ。


 父オンブラージュ。


 母フロワド。


 兄姉たち。


 婚約者。


 そして、居並ぶ貴族たち。


 その視線は、すべてシャルロットへ注がれていた。


 しかし、水晶は淡く光を放つだけで、どの属性にも反応を示さなかった。


 神官は目を見開く。


「……まさか」


 もう一度、水晶を確認する。


 再び祈りを捧げる。


 それでも結果は変わらない。


 神殿中に、不安な静寂が広がった。


 神官は震える声で神託を読み上げる。


「シャルロット・メシャント」


「魔法適性――」


 一瞬の静寂。


「……魔法なし」


 その言葉が、神殿中へ響き渡った。


 誰も動かなかった。


 誰も言葉を発することができなかった。


 期待に満ちていた空気は、一瞬にして凍り付く。


「……えっ?」


 シャルロットは自分の耳を疑った。


 魔法なし。


 そんな判定は聞いたこともない。


 何かの間違いではないのか。


 しかし、水晶は何度測り直しても、どの属性にも反応を示すことはなかった。


 静まり返る神殿。


 向けられる無数の視線。


 そのどれもが、先ほどまでの期待とは違う色を帯びていた。


 戸惑い。


 困惑。


 そして――失望。


 誰もが理解していた。


 メシャント伯爵家始まって以来の異例の判定であることを。


 そして、シャルロット・メシャントの運命が、この瞬間、大きく動き始めたことを。

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