06_鴉羽さんは気にしない
放課後、僕は教室に残って友達と楽しそうに話す鴉羽さんを眺めていた。
そんな光景を見ていてふと思う。
……僕らが付き合ってることって、バレてもいいのかな??
どうやら星山も柏田も誰かに喋ったりはしてないみたいだ。
鴉羽さんも、友達とそれらしい話をしている様子はない。
僕と鴉羽さんが付き合い始めたなんて、それこそクラスを揺るがす大ニュースだ。
僕はともかく鴉羽さんは体面とかあるだろうし、もしかしたらなるべく秘密にしたいと思ってるかもしれない。
つまり、僕も人に話さないほうがいいのではないか。
そこまで考えて、ふと気づく。
「そういえば僕、話す友達いないんだった」
「なーに悲しい独り言呟いてんの」
いつの間にか友達との話を終えた鴉羽さんが近くに来ていた。
彼女は隣の席(関係ない女子の席だ)に座ると「また変なネガティブ自慢してたの?」と尋ねてくる。
自慢した覚えなんてないけど……。
「鴉羽さんは僕と付き合い始めたこと、友達に言ってないの?」
「んー? そだね、わざわざ教えたりはしないかなー」
「それは……やっぱり知られたくないから?」
「ううん、古内裏って別に自慢するほどの彼氏じゃないから♪」
グサッ、とダメージを受け机に突っ伏す僕を見て、鴉羽さんはにししと笑った。
これ絶対、面白がってわざと刺しにきてるでしょ……!
「まぁこうやって喋ってたらその内みんな察するだろうし、気になったら訊いてくるでしょ。別に隠す気はないし、古内裏も自慢したかったら言いふらしてもいいよん」
「うん、暗殺に怯えたくないから止めとくね」
そんなことしたら全男子からヘイトを向けられるのは間違いない。
「でも鴉羽さんの友達に知られたらドン引きされないかな。『陰キャを飼うなんて!』って反対されるかもよ?」
「そん時は『ちゃんとお世話するから』って言うよ。それに仲いい友達は余計なこと言ってこないから大丈夫。アタシそういうの嫌いだって知ってるし」
「そうなんだ」
へー、ちょっと意外だ。
いつも明るい陽キャな鴉羽さんにも、そんな地雷ポイントがあったとは。
と呑気に考えていたけど、次に鴉羽さんが聞かせてくれたのは思いがけない話だった。
「アタシって昔から服もメイクも派手だったからさ。仲いいコの家が真面目なとこだとよく言われてたみたいなんだよね。『ああいう子と仲良くしちゃいけません』みたいなやつ」
「え、それって……」
「別にもう気にしてないけどね。今はまずそんなこと言われないし」
鴉羽さんは事も無げに言って肩をすくめる。
「でもちっちゃい雛乃ちゃんは思ったワケよ。自分は絶対そういう風に上辺だけで人を見る人間にならないぞってね。誰と仲良くするかはちゃんと自分で見極めて決めるもんでしょ? そこ他人に横から口出されんのは好きじゃないの」
「反面教師にしたってわけだね。流石鴉羽さん」
だから僕みたいな陰キャにも分け隔てなく接してくれてるのか。
いつもポジティブな鴉羽さんの意外な過去に、彼女がかっこいい理由をほんの少し垣間見た気がする。
同時に、鴉羽さんに認められるには何が必要なのか、少し分かってきた。
僕はこれまで、脱陰キャして鴉羽さんの隣にいても自然な人間になるのが彼女のためだと思ってたけど……。
たぶん鴉羽さんが求めてるのはそうじゃなくて、ギャルとか陰キャといった属性を気にしないでいられる強さなんじゃないだろうか?
だって気にしてないって言ってたけど、小さな鴉羽さんはこう言って欲しかったはずだ。
ギャルだからって関係ない、あなたは大切な友達だよって。
なるほど、見えてきた。希望も湧いてきた。
正直自分が陽キャになる未来は全然見えてなかったけど、そういうことなら話は簡単だ。
鴉羽さんに認めてもらうために必要なこと。
何てことはない、それは陰キャのまま彼女との日々を目いっぱい楽しむことだったんだ。
「ま、そういうワケだから古内裏も変なこと気にするのはやめてよね――って古内裏、聞いてる?」
「わかった、僕絶対鴉羽さんとお似合いの陰キャになるね!」
「………………はぁ?」
突然立ち上がって謎の宣言をかました僕に、鴉羽さんが過去にないほど怪訝そうな顔を向けた。
ハッと気が付くも時すでに遅し。
「…………あ”っ」
……しまったぁぁぁあああっ!!
鴉羽さんに認めてもらうための筋道がついて、ついテンションが上がりすぎてしまった……!
何たる失態、何たる羞恥!
恐る恐る鴉羽さんを見ると、彼女は今にも噴き出しそうに俯いている。
「こっ、古内裏……アンタ、一日で何回アタシを笑い殺そうとしてくるワケ……?」
「違っ、いや違くないけど……これは考えてたことがつい漏れちゃっただけで……」
「何を、どう変換したら、さっきの話からそんなトンチキなセリフがでてくるの?」
ついに耐えられなくなったのか、鴉羽さんは机を叩きながら笑い出した。
唯一の救いは他のクラスメイトは全員下校済みで、僕と鴉羽さんしか教室に残っていなかったことだ。
他の人に見られていたら、羞恥のあまり教室ぼっちからヒキコモリにジョブチェンジするところだった。
でも鴉羽さんに聞かれたってだけで、十分致命傷だ。
突っ伏してぷるぷる震えている鴉羽さんを前に、僕は恥ずかしさと後悔で真っ赤になっていた。
それからたっぷり4~5分は経っただろうか。
「あー、まったく古内裏といると退屈しないねぇ。彼氏にしてよかったって、ちょっとだけ思うよ」
「…………そりゃどうも」
荒い息のままこちらを見やる鴉羽さんに、散々笑われた僕は不貞腐れたように応じる。
窓の外はもう暗い。僕らはどちらからともなく立ち上がると、鞄を手に教室のドアへと向かった。
無言で先に行く僕に、鴉羽さんが言葉をかける。
「もー、いつまでむくれてるの。私と……ぷっ……お似合いの陰キャになるんでしょ?」
と、また笑い出す鴉羽さん。
「鴉羽さんこそ、いつまで笑ってるのさ。もう先に帰るからね」
顔が熱くなった僕は鴉羽さんを残して教室から出た。
するとすぐに背後から鴉羽さんが小走りで駆け寄ってくる気配がする。
置いて行かれると思って焦ったのかな。
そんなことを考えた矢先だ。
突然肩に手を置かれ、熱を感じたと思った瞬間、僕の耳元へ吐息が触れた。
「……期待してるぞ、陰キャくん♡」
「!?」
囁くようなメッセージを残し、「おっさきぃ~♪」と駆けていく鴉羽さん。
取り残された僕は耳を押さえて、その背中を呆然と見送るのだった。




