EX04D_鴉羽さんは相談する
「雛乃……ちょっといい?」
「え、どしたん……?」
休み時間。少し気まずそうというか、周囲の様子を気にした感じのドルちゃんに呼び出され、向かった先は誰もいない階段の踊り場だった。
そこでドルちゃんは声をひそめながら「ちょっと相談があって……」と話を切り出す。
その赤くなった顔と、普段の凛々しいドルちゃんからは想像もできないもじもじした態度ですぐにピンとくる。
あ、これ恋バナっつか恋愛相談的なヤツだ。
女子にとって他人の恋バナは花の蜜も同然。普通ならお菓子とジュースを囲みながらおいしく摂取させていただくところなんだけど――こういうガチめなヤツとなれば話は別だ。
テキトーな感想言ったり、無責任に煽ったりして軽く流せる雰囲気じゃない。
対応を誤れば即、ドルちゃんとの友情が破滅しかねない激ヤバなミッション。そんな予感がある。
アタシはごくりと生唾を飲み込んでドルちゃんの言葉を待った。
「あたし女子ソフトテニス部じゃん? 校庭の都合でたまに男子ソフテニ部と合同で練習することがあんだけど、そん時に色々教えてくれた臼木先輩が気になっててさ……」
「へ、へ~……臼木先輩ね」
ドルちゃんの口から飛び出たのは、ソフテニ部の中でもかなり目立っている二年生の名前だ。
甘いマスクに垢抜けたヘアスタイル、背も高くて明るく女子にも慣れたプレイボーイって感じで、一年女子のあいだでも結構噂になっている。
正直、クールで硬派なドルちゃんが選ぶ相手としては意外っちゃ意外なんだけど、問題はそんなことじゃない。
アタシは表向き笑顔でドルちゃんの話に耳を傾けつつ、心の中は頭を抱えて蹲りたい気持ちでいっぱいだった。
どうしてか?
まず前提として、これは恋愛相談だけど恋愛相談じゃない。
こういう場合、ドルちゃん(というか女子)が求めてるのは相手と上手くいくためのアドバイスなんかじゃないのだ。
ドルちゃんがわざわざアタシにこんなことを明かす意図。
それは「私はこの人が好きだからあなたは手を出さないでね」という牽制であり。
つぎに「私とあなたは友達だから私のこと応援してね」という要請も兼ね。
最後に「他の誰かがこの人を狙っててもそっちは手伝わないでね」という密約でもある。
そしてここからが肝心っていうか、非っ常ぉ~~~にマズいところなんだけど――
アタシ、つい先週その臼木先輩に告られてるんだよね。
まだ入学したばっかだし、軟派すぎて合わなそうだな~と思って断ったから臼木先輩とは何もない。
何もないんだけど、アタシが先輩に告られたという事実をドルちゃんが知って、何事もなく友情が続くと考えるのは楽観的過ぎるんじゃないかな?
そんなワケでアタシは頬を染めたドルちゃんが先輩のいいところをあれこれ語る中、脂汗ダラッダラの心臓バクバクでほとんどなんも聞かないまま「へ~」とか「ふんふん」とか相槌だけで対応していた。
「――て感じなんだけど、雛乃はどう思う?」
「えっ、あっ、うんっ?」
結果、唐突に話を振られて馬鹿みたいな返事をしてしまう。いやマジでどうしよう?
ロクな考えも纏まらないまま、ドルちゃんが「どうかした?」と改めて返事を催促する。
アタシは悩んだ末――厳密には悩んでると見せかけて思考を放棄した末に、ひきつった笑顔で何とか、
「う、うん……いいんじゃないかな?」
とだけ答えた。
「そう? は~……ハズかったけど、やっぱ雛乃に話してよかったよ。気持ちが整理できたし、ちょっと自信でてきた」
一応、アタシから肯定的な答え(っていうかお墨付き)を引き出したドルちゃんは満足とも安堵ともとれるような長い息を吐き出し、「それじゃ、あたしはお手洗い寄って戻るから」と踊り場から立ち去って行ったのだった。
ふー……マジで生きた心地がしなかった。
でもまぁ、よく考えたらこれで何も問題はないんじゃなかろうか。
臼木先輩は「フラれたばかりで次の恋に踏み出せない」とかいうナーバスなタイプじゃなさそうだし、プライドも高そうだからアタシにフラれたことを誰かに言ったりもしないだろう。
ドルちゃんの恋が上手くいくかは分からないけど、アタシがフったという変数は何の影響も及ぼさない……ハズだ。
ならばこれにて一件落着。
めっちゃ変な汗かいたから、アタシもお手洗い寄ってメイク直してから戻ろ……そんなことを考えつつ踊り場を離れようとした時だ。
「あ、ひなのん! 探したよぉ~」
階段下からンゴちゃんがとてとてと駆け寄ってくる。
少し息を切らしていて、どうやらだいぶアタシのことを探し回っていたみたいだ。
……何のために?
ぞわ、と第六感的なものを感じて思わず二~三歩ほどンゴちゃんから離れるように後ずさる。
まさか、まさか……まさかだよね?
そういやンゴちゃんは男子ソフテニ部のマネージャーになってたけど、今それ関係ないよね?
ドルちゃんから相談されたすぐ後になんて、そんな偶然あるはずないよね……!?
祈りにも似たアタシの想いは、しかし当のンゴちゃんに届く様子もなく。
ほんのり顔を赤らめたンゴちゃんは、もじもじしながら恥ずかしそうに切り出したのだった。
「あのねひなのん、ちょっと相談したいことがあるんだよぉ~……」
◆
「……どうしてこうなった?」
その日の部活終わり。体育倉庫にボールやその他備品を戻しに来たところで、アタシはクソデカ溜め息を吐き出した。
ンゴちゃんからの相談は嫌な予感の通り、彼女も臼木先輩が気になっているというものだった。
友達同士で同じ人を好きになる……これが不幸に終わらない未来なんてあるの?
一体アタシはど~すりゃいいんだよ~~~!?
「鴉羽雛乃、ちょっといい?」
思わず頭を抱えてぐにゃああああと(心の中で)叫んでいると、背後から隼瀬さんの声がした。
「えっ、なに、まさか隼瀬さんも……!? だ、ダメだかんねこれ以上はっ!」
「…………? なに言ってるのよ。ちょっとルールについて訊きたいことがあるの」
そう言ってバスケのルールブックを持ち上げてみせる隼瀬さん。なんだそっちか……。
バスケ初心者はまずルールと戦術を憶えるところから。そう言われて先輩からハウツー本を渡された隼瀬さんは、分からないことがあるとよくアタシに訊きに来るのだ。
いつもならフツーに相手するところなんだけど……。
「ごめん、また今度でもいいかな? 今それどころじゃなくて……」
「むっ、まゆより大事な用って何よ?」
すげなく袖にしたことでぷく~っとほっぺを膨らませる隼瀬さん。
なんかもはや一周回って、このウザ絡みチビ(流石にひどいか?)を見てると癒されるまであるな……。
「いや、隼瀬さんとは関係ないコトだから」
たはは……と愛想笑いで誤魔化そうとすると、却って隼瀬さんの興味を引いてしまったらしい。
「なんか本当に疲れてる感じね。ふふん♪ お姉ちゃんに洗いざらい白状してもいいのよ?」
こないだの意趣返しなのか、隼瀬さんは得意げに胸を張った。
本当ならこんな挑発くらいで関係ない彼女に相談したりはしないんだけど、今のアタシは藁にも縋りたい思いでいっぱいだ。
正直ひとりで悩んでても仕方ないし、今はマジで誰かに話を聞いて欲しかった。
「ほ、ホント……!?」
「え」
結果、もう逃がさないとばかりにがっしりと隼瀬さんの両肩を掴み、「ちょっと聞いてよ、ホントにさぁ」とアタシが悩んでることを(人物名は伏せて)一部始終話して聞かせたのだった。




