EX04C_隼瀬さんは予言する
そんな感じでちっこいツインテ女子にまとわりつかれ、早ひと月。
先生に頼まれて放課後にプリントを纏めていると、今日も今日とて隼瀬さんがやって来た。
「かーらすーばひーなのっ♪ 今日は部活ないし、もう帰るわよ」
「まーた来たよ……」
最近じゃそれぞれ別の部活に入ったンゴちゃんドルちゃんより一緒にいることが多いくらいだ。
アタシは作業の手は止めずに、ずかずか教室へ踏み入って来る隼瀬さんを見て溜め息を漏らした。
ホントは他のクラスの教室に入っちゃいけないんだぞ。
「何よ、せっかく来てあげたのに」
「あーはいはい嬉しい嬉しい」
「気持ちがこもってない!」
って言われましても。
いくら他人から嫌われないよういつもノリよく愛想よくがモットーなアタシでも、こんだけウザ絡みしてくる相手となれば話は別だ。
この子相手に気を遣ったところで今さらアタシの印象が良くなるとも思えないし、そうなりゃ自然とこっちの態度も飾らないものになっていく。
「も~、見れば分かるでしょ。アタシ頼まれごとあるからまだ帰れないんだよ。明日の授業で使う資料を人数分纏めといてってさ」
数種類のプリントを一枚ずつクラスメイトの机に置いていき、ひと纏めにしたセットを作る。いわゆるアッセンブリだ。
「ふーん……そんなのまゆにかかればあっという間ね」
そう言うと隼瀬さんは残りのプリント束を半分ほどアタシから奪い取ると、さっさと各机に配布していった。
「ふふん♪ まゆの方が鴉羽雛乃より早く配れるわ」
「いや、手伝ってくれんのはありがたいんだけど……隼瀬さんさぁ、なんでそんなアタシに絡んでくるワケ?」
こんなしょーもないコトでまで対抗意識を燃やすのは、正直フツーじゃない。
別にアタシのことが気に食わないから張り合ってるって感じじゃないし、この子の生態はマジで謎だ。
そんなアタシの何気ない問いかけに、隼瀬さんはプリントを配る手を止めることなくトンデモない答えを返した。
「そんなの、好きだからに決まってるでしょ」
「エッ!?」
予想外! 答えもだけど隼瀬さんがこんな素直に気持ちを口にするのも意外だ。
つーかアタシ、ついに女子にまでモテ始めちゃったのかー……なんて感慨にふけってる場合じゃない。さすがに女子に告られるのなんて初めてだし、この場合はどう答えるのが正解なんだろ……!?
「えっ、と……気持ちはすごい嬉しいんだけどアタシはフツーに男子が好きだからさぁ……いやフツーって言い方は失礼か? とにかく隼瀬さんとはいい友達のままでいたいなぁ~って……」
「はぁ……?」
相手が男子だったらゴメンナサイサヨウナラで済ますんだけど、流石に部活の仲間相手に好いた腫れたで気まずくなんてなりたくない。
精一杯カドが立たないようお断りするアタシを見て、隼瀬さんは一瞬ワケが分からないという風に手を止め首を傾げた。
けど次の瞬間ボンっと煙が出そうな勢いで赤くなって、
「なっ、なに勘違いしてるのよっ!? あんたのことが好きなわけないでしょっ! まゆが言ってるのは『競い合って勝つことが』ってことよっ!!」
と叫んだ。あー、なるほどね。そっちか~……って、今の流れじゃ勘違いすんのも仕方ないじゃんっ! 紛らわしいなぁもう……。
「つか、それならこないだの小テストも体力測定も、アタシらより上の人いっぱいいるじゃん。なんでアタシにだけ纏わりついてくるワケ?」
「それは――」
当然の疑問を投げると、隼瀬さんは少し言いにくそうに顔を背けながら、けど絞り出すようにして、
「……まゆが『負けたくないこと』で鴉羽雛乃に後れを取ったからよ」
ボソッと口にした。
「負けたくないこと? それってこないだのアンケのこと言ってる?」
「そうよっ! 今まで可愛さとゲームの腕だけは一番だったのに、鴉羽雛乃がズルしてまゆに勝つから……!」
「いやズルとかしてないしっ! 前も言ったけどあんなん一部男子が勝手にやっただけだから気にするコトないって」
「それでも、よ。とにかくまゆはその二つでは負けたくないの。なのにやり直し出来ないって言うんだもん。だったら他のことで全部勝って、まゆの方が上だって証明するしかないじゃない」
ふんすっ、と鼻息を荒くする隼瀬さん。
すごい向上心……と言いたいところだけど、アンタ小テストも体力測定もバスケの腕もアタシにボロ負けだったからね?
「まー大体分かったけど……なんでその二つ? いや、元々自信あるからなんだろうけどさ」
それにしたってこの執念はちょっと異常だ。
アタシが尋ねると、隼瀬さんは何の気なしに
「それは……約束だから――」
と言いかけ、はっとなってやめた。
「べ、別に何だっていいでしょ! ほら、喋ってないでさっさと配りなさいよ」
そう誤魔化して後ろを向く隼瀬さんの顔は、心なしかちょっと赤い。
おやおやおや~? アタシには分かるぞ。
「これは……オトコ絡みだね」
指摘すると、隼瀬さんがばっと振り返る。
「そそそそんなわけないでしょっ!?」
「いーや、アタシの目は誤魔化せないね! 約束って何? ほらほら、お姉ちゃんに洗いざらい白状しちゃいな?」
「誰がお姉ちゃんよ! 絶対言わないからっ!」
バンっ、と手近にあった机を叩く隼瀬さん。
そのイチゴみたいに真っ赤っかな顔を見れば、もう確定だ。
「え~……せめて相手の名前くらい教えてよ。この学校にいる?」
「知らないわよ! まだちっちゃい頃のことなんだから」
「はぁ? 何で好きな相手の名前くらい憶えてないの?」
「仕方ないでしょ。難しい漢字……ってわけじゃないけど、ちょっと変わった読み方する名前だったから憶えられなかったの! っていうか好きとかじゃないから!」
それだけ言うと隼瀬さんは「もうこの話おしまい!」と強引に打ち切ってプリント配りに戻った。
普段ウザ絡みしてくるくせに、自分が絡まれるのには弱いのか。可愛いヤツめ。
いつもの仕返しにもうちょいイジってもよかったけど、いくら素で話せる相手と言えどあまりつっこみ過ぎて嫌われるのは勘弁だ。
アタシも真面目に作業へ戻り、しばらくはお互い無言の時間が続いた。
お喋りせずに集中したおかげであっという間に人数分の資料セットが出来上がる。あとはそれぞれの机の中に入れて、作業は完了だ。
「ふ~、終わった終わった。手伝ってくれてアリガトね」
肩をぐるぐる回しながらそんなコトを言うのは、少しオジサン臭かったかもしれない。
時間にすれば三十分もかかってないと思うけど、ちゃんと全部の資料が揃ってるか点検までしてたらフツーに疲れた。つか放課後三十分の重要性ナメんなよ?
隼瀬さんも似た感想なのか、面倒くさそうに余ったプリントを一瞥すると、
「ていうか、なんで鴉羽雛乃がこんなことしてるのよ。教師の仕事でしょ?」
と文句を言った。
「あはは……クラス委員だからかなぁ?」
「そもそもなんでクラス委員なんてやってるのよ? そんな柄じゃないでしょ」
「そりゃ、友達に推されたから……」
「部活だってあるのに?」
「まぁ、バスケ部入ったのもクラブが一緒だった先輩に頼まれたからだし」
「…………あのねぇ」
隼瀬さんが呆れたように溜め息を吐く。
「そんなに他人の顔色ばっか伺ってて息が詰まらないの?」
「え」
放たれたひと言が、結構深いところに突き刺さった気がした。
こんなん教師がやるべきだろ!ってのはアタシも同感だ。
だけど頼み事を断ればカドが立つ。もちろん先生が表立ってアタシにどうこうとは思わないけど、教師に反抗する不良ギャルみたいなイメージがつけばクラスでの立場も悪くなるのは想像に難くない。
ンゴちゃんたちや先輩から何か頼まれた時も同じ。
特にアタシみたいに目立つヤツは、周囲の人間と上手いことやって嫌われないよう、ハブられないよう立ち回るしかないのだ。
そのためなら、面倒なことでも文句を言わずに引き受けた方がずっと楽。
少なくともここ数年はそんな風に生きてきた。
「……まぁ、人に頼られんの好きだからね」
嘘にならない範囲で誤魔化したような答えを零す。
隼瀬さんは納得した風じゃなかったけど、あえて興味なさげに「ふーん」と目を逸らすと、
「どうでもいいけど。そんな風に誰にでもいい顔してると、そのうち困ったことになるわよ?」
そう言い残して自分の鞄を手に、さっさと教室を出て行ってしまった。
……。
…………。
いやアンタ、一緒に帰るために来たんじゃなかったんかいっ!
◆
その日を境に何となく隼瀬さんとは気まずくなってしまう……なんてことはなく、翌日からも彼女はフツーに現れていつも通りアタシに絡んできた。
けどアタシはあの日の放課後に言われたことが、抜けないトゲみたいにずっと胸の裡に刺さりっぱなしになっている。
そして隼瀬さんが予言(?)した通り、「そのうち」は比較的すぐにやって来たのだった。




