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04_鴉羽さんは笑わない

 翌朝。


「……よし、こんなもんかな」


 僕は自宅の鏡の前でひとりドヤ顔を披露していた。

 手元には昨日の帰りにドラッグストアで買ったヘアワックス。それを使ってなんとか髪をセットし終えたところだ。


 昨晩、まんまと鴉羽さんに乗せられた僕は、さっそくこうして慣れないお洒落に勤しんでいる。


 我ながら単純だ。


 仕上がりに満足したところで意気揚々と洗面所を後にする。

 すると玄関で靴を履いている妹の乙姫ちゃんに出くわした。


「あれ、乙ちゃんもう出かけるの? 小学校はすぐ近くなのにずいぶん早いね」

「……もう8時過ぎだよおにい」

「うそ!?」


 慌てて時計を確認するとその通りだった。

 どうやら髪をセットするのに想像以上の時間がかかっていたらしい。


 このままじゃ遅刻だ。僕は急いで鞄を取りに行くのだった。




 そして学校。

 何とか遅刻を免れた僕は、教室の前で立ち尽くしていた。


 その手はドアに掛かっているけど、開けることなく固まっている。


「僕の髪型……変じゃないよね……!?」


 家を出る時は上手くセットできたつもりでいたけど、時間が経つにつれ自信がしぼんでいき、あと一歩を踏み出せずにいたのだ。


「も、もしかしたら鴉羽さんに笑われるかも……」


 と一抹の不安が頭をよぎる。


「……いや!」


 鴉羽さんがそんな人じゃないってことは、昨日よくわかったじゃないか。

 彼女は僕が思ってたよりずっといい人だ。懐も深いし、何よりかっこいい。


「鴉羽さんなら、もし髪型が多少変だったとしても笑ったりするもんか……!」


 そう思うと少し心が楽になった。

 意を決した僕は引き戸の取っ手に力を込め、教室の中へと踏み入るのだった。




 そして今。


「あっはははははは!? え、古内裏……? 何その髪型、マジうけるんだけど……あははははは!!」


 僕の目の前にはお腹を抱えて笑う鴉羽さんの姿があった。


 ……いや、教室に入った時からなんか嫌な空気は感じていたよ? すれ違うみんなが僕の頭を見てギョッとした顔をしてたし。


「……そんなに変かな」

「すごい変! 何でそんなツンツン頭になってるワケ?」


 息も絶え絶えな鴉羽さんが、指で涙をぬぐいながら訊いてきた。


 何でも何も、ネットの動画を参考にその通りやってみただけだ。

 髪を撚って毛束なるものを作り、ワックスで固めてそれを繰り返す。


 その結果がこれだ。


「いや限度があるでしょ! ワックスつけ過ぎだし、束も作りすぎ」

「とにかく多い方がお買い得かと思って……」

「細かく束感出すのは初心者向けじゃないよハリネズミくん……ぷふっ」


 まだ笑ってる!

 容赦の無い爆笑っぷりに、さすがの僕も少し傷ついて肩を落とす。


 少しでも鴉羽さんの彼氏として相応しくなるように、ひとまず昨日言われた髪型から手を付けてみたんだけど、その結果は見事に大失敗だったようだ。


 僕は未だ笑いの発作が治まらない鴉羽さんを放置して自分の席に向かった。


 そして着席すると、少し離れたところから星山と柏田が話す声が聞こえてくる。


「何だアイツ、急に色気づいて」

「昨日ので勘違いしちゃったんだろ? 鴉羽にからかわれてるだけなのにな」


 ククククと笑う二人。

 声を抑えてはいるけど、こっちを向いて喋ってるから丸聞こえだ。

 昨日の一件で溜まった鬱憤を晴らすかのような遠慮のない物言いに、悔しさと恥ずかしさがこみ上げる。


 でも舞い上がって変なことをしてしまったのは事実。

 甘んじて現実を受け入れ、似合わないことはこれっきりにしておこう……。


「はー笑った笑った。ん、古内裏どしたん?」


 僕が溜め息を吐くと、ようやく笑いが静まった鴉羽さんが寄ってきて、不思議そうに尋ねてきた。


「いや、もう髪をセットするのは諦めようかなって。このままやってても前衛芸術の巨匠になりそうだし」

「毎日アンタの芸術作品で笑うのもいいけどね。別にあの二人の言うことは気にしなくて大丈夫だって」


 どうやら星山たちの声は鴉羽さんにも聞こえてたらしい。

 そう言ってくれるのはありがたいんだけど……。


「いや、鴉羽さんだって散々笑ってたじゃん……」

「あはは、ゴメンって」


 鴉羽さんは悪びれた様子もなく謝ると、すぐに「でもね」と僕の頭を指さした。


「アタシは古内裏の変な髪型を笑ったんだよ」


 そう言うと鴉羽さんは指を少し下げ、僕の胸あたりへと向ける。


「アンタの努力まで笑ったつもりないから」


 ニッと笑って「そこんとこオーケー?」と念を押す鴉羽さんに、僕はドキっと圧倒される。


 ずるい、と思いつつもそのかっこいい台詞と振る舞いを前に、何も言葉を返せなかった。


 黙ってこくこく頷くと、鴉羽さんも満足したのか手を引っ込める。


「自己流でやるのもいいけど、一度美容室行ってみなよ。アタシの行きつけ紹介するからさ」


 「ちょっとお高いけどね」と付け加えて自分の席に戻っていく鴉羽さんの後ろ姿を目で追いつつ、僕はもう少し芸術活動を頑張ってみてもいいかもしれないと思ったのだった。

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