03_鴉羽さんは惚れさせる
「あー、面白かった!」
教室を後にした僕たちは、二人並んで正門へ向かっていた。
鴉羽さんはさっきの出来事を思い出しておかしそうに笑ってるけど、僕は正直まだ戸惑いから立ち直れていなかった。
思い出したら恥ずかしいのに、目の前にいる鴉羽さんを見てると気分が高揚していく。
これが恋。人生で初めての感覚だ。
僕が誰かに恋をするなんて想像だにしていなかったけど、意外と悪くない気分だった。
けどそろそろ、どうしようもない“現実”にも目を向けなきゃいけないわけで――。
「あの、鴉羽さん」
「ん~?」
呼び止めると、少し前を歩いていた鴉羽さんが振り返る。
「今日はありがとう。鴉羽さんが庇ってくれたおかげで助かったよ」
「そうでしょそうでしょ。その恩を一生忘れず生涯アタシに服従してね」
「代償が重すぎやしませんか!?」
恩は感じてるけど人生を捧げさせられるとは……。
「……まあ生涯はともかく、何かで恩返しできるようがんばるよ」
冗談めかして言う鴉羽さんに、僕は乾いた笑いで返事を絞り出す。
改めて言うまでもなく、鴉羽さんはクラスの人気者だ。
さっきは僕を助けるために告白を受けてくれたけど、それはあくまでも星山たちを騙すための演技。
きっと明日になれば、僕らはまた何の接点もないクラスメイトに戻ることだろう。
恋心を自覚したばかりの僕にとって、それは少し……いやかなり寂しい。
けどそれが“現実”だ。
「それじゃ、僕は自転車だから駐輪所の方から帰るね。鴉羽さん、また明日」
後ろ髪を引かれる思いだったけど何とか気持ちに区切りをつけて、僕は駐輪所へ向かおうとした。
が、
「ちょい待ち」
「グェ―――っ!!」
鴉羽さんに襟首をつかまれ引き戻された。
「ゲホっ……な、なに?」
「『なに?』じゃないでしょ。何で付き合って初めての下校なのにバラバラに帰ろうとするワケ!?」
「え? だって……」
あれは付き合う「フリ」だったんじゃないの?
そんな僕の心中を察したのか、鴉羽さんは呆れたように溜め息をつく。
「あのねぇ、ちゃんと『付き合ったげる』って言ったでしょ? 大体あの二人を黙らせるためにOKしたのに、明日からなんも無し!じゃ意味ないじゃん」
「そ、そうかもしれないけど……」
いやそこまで頭が回ってなかったけど。
「そこまでしてもらったら悪いよ。鴉羽さん、別に僕のこと好きじゃないでしょ?」
「うん、全然」
僕は膝から崩れ落ちた。
こうもはっきり言われたらさすがにショックだ。
「だったら何で……?」
「別にぃ? 今アタシ、フリーだし。しばらくアンタで遊ぶのもいいかなと思って」
「今僕『で』って言った? 言ったよね??」
不穏な一文字について言及したものの、鴉羽さんはどこ吹く風とスルーした。
「古内裏はさぁ、さっきの告白もだけどいちいち固く考えすぎ! イマドキ付き合うなんて『試しに付き合ってみる?』『いいよー』とかそんなんだよ?」
「そうなの……? でも僕と鴉羽さんじゃ全然釣り合ってないし、付き合ってるなんて知られたら鴉羽さんまで陰キャの仲間入りしたと思われちゃうんじゃ……」
「万一そうなったとしても可愛い陰キャ女子で大人気間違いなしだから大丈夫大丈夫」
と両手で自分を指さし可愛らしくポーズをキメる鴉羽さん。
それはまぁ確かに……と納得せざるを得ないのがすごい。
「大体アタシは釣り合いとか気にしないし。まぁ古内裏が気になるなら釣り合うように自分を変えてみればいいと思うよ」
「変えるって……例えば?」
「そうだねー、まぁ見た目かな? そのボサボサの頭とか」
「こ、これでも毎日ちゃんと梳かしてるよ。これは風のせいでこうなっちゃうだけで……」
「ちゃんとセットしないからちょっとの風で崩れるの!」
鴉羽さんは「え~~い」と、僕の髪をわしゃわしゃとかきまぜてくる。「や、やめてよ……」と口にはするものの、正直悪い気はしないのでそんなに強く抵抗はしない。
その代償として、ただでさえボサボサだった頭がさらにひどいことになってしまった。
「あっははは、これを機に少しはお洒落に興味持ってみたらいいんじゃない?」
「一応、僕もお洒落しようと思ったことはあったよ……続かなかったけど」
毎日髪を整えるのは大変だし、眉毛の手入れは難しいしで、すぐに止めてしまったのだ。
「へ~、じゃ今度はちゃんと続けられるね」
そんな僕の失敗談を聞いた鴉羽さんは、ニッと笑うと数歩を駆け出し、僕の前に立つ。
何を根拠に言っているのか気になって、「その心は?」と訊いてみた。
「だってアタシが古内裏の彼女になるんだよ?」
言いながら両手を広げ振り返る鴉羽さん。
もう陽が落ちかけて薄暗くなった正門前、まるでタイミングを計ったかのように街灯が点り、スポットライトの如く鴉羽さんを照らした。
「いくら古内裏だって『このコのために理想の彼氏になってやる!』ってなるに決まってるじゃん!!」
鴉羽さんはまっすぐ僕の方に手を差し伸べ、高らかに宣言した。
そんな彼女の姿に思わず見とれ、僕はその場に立ち尽くす。
「そんぐらい夢中にさせちゃうから……覚悟しといてよね?」
そう言って僕を撃ち抜くような仕草に、またしても顔が熱くなっていくのを感じていた。
鴉羽さんは、やっぱりかっこいい。
正直彼氏として隣に立つ自分は想像できないけど、彼女のためなら面倒に感じていたお洒落ももう少し頑張ったっていい。
まんまと乗せられていることは自覚しつつ、不思議とそれを楽しく感じている自分がいた。




