EX03C_鴉羽さんはハメられる
「そ、それじゃ手でも繋いで一緒に回る?」
遠慮がちにそう尋ねるマリ。だけどアタシがその程度で満足すると思ったら大間違いだぞ☆
「そんなんじゃダメだよマリ。デートって言うからにはこんくらいやらないとね」
「ひゃあっ!?」
きらりーんと目を輝かせたアタシは素早くマリの腰に手を伸ばすと、そのままぐっと引き寄せた。
この前古内裏にやられて実感したけど、腰を抱き寄せられるというのは想像以上になんかこう……エッチだ! 傍から見てるとなんてコトなさそうでも、やられた側はめちゃドキドキするのである。
マリのトップスはフレンチスリーブのブラウス一枚(あとたぶん中にキャミソール)だけ。腰ぐいはさぞかし効果抜群なことだろう。案の定、お嬢様は真っ赤になって大慌てだ。
「ちょ、ちょっとヒナっ、急に何するの!」
「えー何ってなーに? 付き合ってたらこんくらいフツーだよフツー」
「普通って貴女ね……古内裏くんと出かけた時もこんなことしてるって言うの?」
「もちろんそうだよー? 古内裏ってば、ああ見えて結構ケダモノだからねぇ」
「……嘘おっしゃい! 古内裏くんがこんなことするとは思えないわ」
テキトーなことを並べてたらソッコー嘘がバレて、ぐいっと引き離されてしまった。実際やられたのはホントなのになぁ(一回だけだけどね)。
「まったくもう! 本当に協力する気があるのかしら……」
「え~あるある、ありまくりだって。せっかくマリで遊べる機会だからちょっとテンション上がっちゃっただけだよん♪」
「本音が漏れ出てるわよ……まったく、貴女って昔からそうよね」
「素直で可愛いってコト?」
「人をからかって遊ぶのが好きな困った子だってこと!」
ふざけてぶりっ子してみせるアタシに、マリは呆れた様子で言い放つ。
さすが、付き合いの長い親友なだけあってアタシのことをよく分かっていらっしゃる。
「あはは、ごめんって。機嫌直して、ほら行こ?」
そう言ってアタシが手を差し出すと、ぷりぷり怒りながらも仕方ないなといった様子でその手を取るマリ。
散々イジられても何だかんだ許しちゃう。こういうお人好しなところも、マリを好きな理由のひとつだ。
それからしばらくは取材のため、アタシたちはフツーに展示を見て回った。
「このメダカみたいなの、小学校の下駄箱んトコにいなかったっけ?」
「どうだったかしら。確かに小さなお魚がいたのは憶えてるんだけど、種類までは分からないわね……」
「タツノオトシゴってお父さんが子供産むんだって!」
「正確には雌が産んだ卵を雄のお腹の袋で育ててるらしいわよ。カンガルーみたいなものかしらね」
「あ! ニモがいるよ! 昔マリん家でお泊りした時おっきいテレビで観たねぇ」
「観たねぇって貴女ほとんど寝てたじゃない」
そんなことを話しながらちっこい水槽コーナーを進むと、やがて開けた場所に出た。
二~三階分くらいの高さを吹き抜けにした円筒形の巨大水槽だ。
中では(多分)イワシの大群がぐにゃぐにゃ形を変えていて、そのほかに(おそらく)サバや鯛みたいな食卓で見かける魚、エイ、そしてなんとサメが同じ水槽で泳いでいた。大丈夫なのかな?
遥か高くから射す水槽の光がイワシの群れにキラキラと反射し、木漏れ日のように暗い通路を照らす。中々ロマンチックなロケーションで、実際周囲を見渡せば腕を組んでうっとりと水槽を眺めるカップルが何組かいた。
きらりーんっ! ここが仕掛けドキだ!
「マリぃ~、デートだったらここでちょっとイイ雰囲気になるところだよ」
「変なことしたら怒るわよ」
繋いだ手はそのままに、ジト目で距離を取るマリ。先に釘を刺されちゃったけど、そんなことじゃあ引き下がらないよん♪
「えー? でもせっかくの取材なんだからもっと積極的イチャついた方がよくない? ちゅ~とまでは言わないけどハグくらいはさぁ」
「やるわけないでしょ、こんな人前で……正直、高校生にもなって友達と手を繋いでるのだってかなり恥ずかしいんだから」
「むむ、それは良くありませんなぁ」
芝居がかった口調で言うと、アタシは繋いでいた手を放す。
代わりに肘を上げて、くいくいと誘うように動かした。
「ほらほら、腕組むくらいはイイでしょ?」
「えぇ……本当にやるの……?」
「あったり前じゃん! いい小説書きたいんでしょ? アタシもハズいの我慢して協力してんだから」
「もう、貴女は絶対に楽しんでるでしょ……」
そう言いながらも、マリはアタシの腕をそっと抱き寄せる。雰囲気に流されたら断れない子なのだ。ひひひ。
さて次はそのきゃわいいお耳にそっと息でも吹きかけてやろうか……そんなことを企みながらマリの様子を覗うと、ジトっとした目を向けられた。小さい頃からずっと一緒だから、マリの方もアタシがやりそうなことくらい予想できるのだ。残念。
警戒されてるみたいだから、何か仕掛けるのはやめておこう。
大人しく大水槽を眺めていると、ふとマリが「ねえ」と声をかけてきた。
「そういえば小さい頃にも、こうして二人で水族館を回ったことあったの憶えてる? ほら、小学生の頃……」
「あ~、憶えてるよ。マリが迷子になったやつでしょ?」
「二人で、でしょ!」
「あはは、てかマリと仲良くなったのってそれキカッケじゃなかったっけ」
アタシとマリが小一か小二くらいの頃、遠足でどこかの水族館に行ったことがあった。
その館内でマリが迷子になってしまい、それに気づいたアタシはマリを探しに行って、結果ミイラ取りがミイラになったというわけだ。
「あの頃のヒナは今みたいに明るい子ってわけでもなくて、みんなと会えるか不安でビクビクしてたわね」
「そんなコト言ったらマリだってさっ……いや、マリは昔から無駄に落ち着いてたっけ……」
その時はどちらかと言うとアタシが助けに行った側だったのに、結局終始めそめそしてたアタシを宥めるようにマリが手を繋いで、先生たちと合流するところまで導いてくれたのだ。我がことながら情けない。
「そのあと、先生からどうして勝手に探しに行ったのか訊かれたら、貴女なんて答えたと思う?」
「『ひとりなら迷子だけど、学校の誰かと回るなら遠足ってことになるから』」
当時の自分が口にしたセリフを諳んじてみせる。一瞬の間があり、アタシたちは二人同時にぷっと噴き出した。
「いや我ながら謎理論すぎでしょ。多分どうしても自分が迷子になったって認めたくなかったんだろうなぁ」
「あらそうなの? てっきり私を励ましてくれてるのかと思ったのに」
「あ~、じゃあそういうコトで」
「適当ね!」
「あは☆」
思い出を自分に都合のいいようにリライトしつつ、懐かしさに思いを馳せる。
今考えたらその頃マリとはそんなに話す仲でもなかったのに、この子がいないと気づいた時、どうして探しに行ったりしたのか謎だ。
もしかしたら、当時から可愛らしいお嬢様といった感じで目立ってたマリと友達になりたい、とか思ってたのかもしれない。
「ま~でも結局マリは迷子になっても何てことないカンジだったし、勇み足だったってコトだね」
自嘲気味に肩を竦めて見せると、マリは「あら、そんなことないわよ?」とアタシの腕を離れて正面に向き合う。
「私だって不安だったもの。水族館の中は暗いし、小さかったから案内板を見てもよく分からなかったし、ちゃんとみんなに会えるか気が気じゃなかったわ」
そして、自分の両手でアタシの手をそっと取った。
「だからヒナがきてくれた時、すごく安心したのよ? 貴女の言う通りひとりじゃ不安な迷子だったけど、二人だったからちょっとした冒険気分になれたんだわ」
「ちょ、ちょいマリ……なんで今さらそんな話すんの……」
マリがあんまり真面目に話すもんだから、照れくさくてつい顔を背けてしまう。
けどマリは構う様子もなく言葉を続けた。
「あの時のヒナは王子様みたいにかっこよかったわ。思えばその時から、私は貴女のことが好きになっちゃったのかもしれないわね」
「ちょっ」
ぶわ、と顔が熱くなるのが自分でも分かった。
ふと記憶に蘇るのは、こないだ古内裏が二度目に告ってきた時のことだ。もちろんその「好き」とは種類が違うんだろうけど、こんなハッキリ、面と向かって言われたらハズカシイことに変わりはない。
「は、は、はぁ? ななな何いきなりハズいこと言ってんのさマリ……!」
アタシはだいぶキョドり気味のリアクションをかましながら、抗議の意味も込めてマリを睨む。
けど目に入ってきたマリは――ちょろっと舌を出して悪戯っぽくはにかむ笑顔でアタシを見ていたのだ。
「んなっ……!」
まさか……!
「うふふ♪ 少しはからかわれる側の気持ちが分かったかしら?」
は、ハメられた~~~!!
「ま、マリぃぃ~~~……!」
「これに懲りたら、ちょっとは自重することね」
ぐぬぬ……やってくれたなこのお嬢様め! まさかマリがアタシに逆襲をしかけてこようとは……!
夢にも思わなかった。どういうワケか古内裏だけじゃなくマリまで成長著しいみたいだ。
よくよく見ればマリも耳まで赤くなってはいるんだけど、完全にしてやられた今それを指摘しても形勢は戻らないだろう。
くっそぅ……マリのくせに……。
アタシが悔しさで涙目になっていると、さすがにやり過ぎたと思ったのかマリが「悪かったわよ、機嫌直してちょうだい」と頭をぽんぽん撫でてきた。
「べっ、べつに気にしてないし! 変なこと言ってないで、ほらもう取材は十分でしょ? いい加減古内裏たちと合流するよ!」
精一杯強がりながら、アタシは古内裏とまゆぴの姿を探して辺りに視線を彷徨わせた。願わくば、今のやり取りをヤツらに聞かれてませんように……!
そんな願いが通じたのか、軽く周囲を見回しても二人の姿はない。
ひとまず安堵の溜め息を漏らしつつ、だけど古内裏たちはどこ行ったんだろ?
「あれ、まゆと古内裏くん、いないみたいね……?」
「うん……てっきり少し離れて付いてきてるもんだとばかり思ってたけど……」
そこでアタシはハッと思い出した。別行動をとる前まゆぴが、やけに上機嫌だったのを。
「まさかアイツ……!?」
すぐさま位置情報アプリを起動するためスマホを取り出した。するとアプリを使うまでもなく、古内裏から定期的に現在位置のレポートが届いている。
さすがはアタシが手塩にかけた忠犬コダ公、誰がゴシュジンサマなのかよく分かってるみたいだ。
「なんか、二人とも水上コーナーにいるみたい。楽しくペンギンでも見てるんかね?」
「……まゆは相変わらずね。何だかこうして自分で色々体験してみるより、貴女たちを参考にした方がいいものを書けそうな気がするわ」
「否定しづらいなぁ……まったく。ほら、行くよマリ。早く合流してまゆぴにキツ~~~イお仕置きしてあげなきゃ」
中学の頃からやることが変わらないまゆぴにむしろ安心感を覚えつつ、アタシは奴らを追うべくマリの手を取って駆けだしたのだった。




