EX03B_鴉羽さんは策謀する
そして迎えた夏休み前最後の土曜日。
アタシたちはマリの希望で、電車で一時間半ほど行ったところにある大型の水族館に来ていた。遠出というほどじゃないけど、普段あまり行かない場所だしまぁそこはいい。
そこはいいんだけど――
「これがチンアナゴ……」
「なんだか思ってたより顔つきがいかめしいというか、怒ってるみたいに見えるわね」
「言われてみればそうかも。解説によるとお隣さん同士で喧嘩することもあるらしいよ」
「それ、負けたらどうなるのかしら? 違う場所に移動するの? そもそも埋まってる部分ってどうなってるのかしら?」
「確かに気になるね。もしかしたらチョウチンアンコウみたいな『本体』があったりして」
「ふふふ、何言ってるの古内裏くん」
……。
…………。
「いや何フツーにイイ雰囲気出してんのさ!?」
「うわびっくりした!?」
思わず二人のあいだに割り込む形でツッコミを入れたアタシに驚いて、マリと古内裏が左右に飛び退いた。
「マリ、今日は何しにココ来たか分かってるの……!?」
「え、恋愛小説のヒントを掴むためよね……?」
「そうだよ! なのになんでフツーのデートみたいになってんの?」
「で、デートという言い方には議論の必要があると思うけど……取材という意味では目的に合致してるんじゃない?」
「それはっ……そう? だけどっ……」
思い切り正論で返され、アタシの声は尻すぼみに小さくなっていく。確かに、そもそも「疑似デート」を提案したのはアタシの方だ。
でもそれはマリがキョドって面白そうだと思ったからで! こんなイイカンジになるなんて聞いてなーい!
「なんか物理的にもだいぶ距離近いし……」
「仕方ないじゃない、小さい水槽なんだから」
埋め込み式の水槽はアクリル面が幅50センチもない。確かに二人で見てたら自然と肩が触れ合うくらいはしそうだ。
「でも確かに、鴉羽さんが言う通りちょっと近すぎたかも……? 気づかなくてごめん」
殊勝にもマリに気を遣って頭を下げる古内裏。そんな古内裏にマリはちょっと戸惑うようにして、
「べ、別にそこまで配慮してもらう必要はないわよ……いい加減古内裏くんにも慣れたし、突然手を握られるのに比べれば大したことないわ」
とそっぽを向いた。ちょっと待てい!
「何それ? 古内裏、マリの手握ったの? いつ? なんで?」
「そ、それは不可抗力って言うか……あの時は他にいい案が思いつかなくて仕方なかったんだよ……」
自分でも驚くぐらい低い声で古内裏を詰めると、慌てた古内裏は両手を上げて降参のポーズを取る。
詳しく聞けば例の校長から呼び出しを食らった日、進路指導室でそんなことがあったらしい。
壁越しに聞いてた限りだとうっかり触れちゃったみたいな感じだったけど、マリの暴走を止めるためワザとだったのか……。
「ふーん……まぁいいけど……」
なるほど理解した。それでマリの信頼度がアタシの予想を超えて上がってるんだな。
まぁ確かにマリを守ってくれたのはファインプレイだ。そこは素直に感謝しておこう。
しかーし! アタシはもっとあたふたするマリが見たいんじゃ!!
(断っておくけど、別にマリと古内裏が仲良くなるのがイヤってワケじゃない)
でもこの分だと、こっそり二人きりにした程度じゃ動じそうもないな。身体接触系はマリが本気で嫌がるからNGだし、どうしたもんか……。
再び水槽巡りに戻った二人を眺めながら、ぐぬぬ……と頭を捻っていると――
「ふふん♪ お困りの用ね?」
「まゆぴ……!」
横から得意気に声をかけられた。こんなこともあろうかと、マリ側が優勢にならないように連れて来ていたのだ。
「何かいい案があるとでも?」
「当然よ♪ マリぴを存分にあたふたさせた上でちゃんと取材にもなるパーフェクトな案があるわ」
「ほほう?」
自信満々に胸を張るまゆぴの姿に若干の期待を抱きつつ、アタシはその作戦を聞いてみることにするのだった――
◆
「彼氏役? ヒナが?」
「そ。せっかくの取材なんだからもっとムーディなシチュも体験しておくべきでしょ? でもナベっち相手に手を繋いだり腕組んだりするのは難しいじゃない。だからヒナちを彼氏役にして色々試しちゃおうってわけ」
――というのがまゆぴの「パーフェクトな案」の全貌だ。
確かにこれなら取材という大義名分のもとでマリを好き勝手イジくり回せるし、女同士ならちょっとくらいのお触りはオーケー。さらにそれを特等席で鑑賞できるオマケ付き。
すべてはアタシの技量にかかっているけど、自ら直接手を下すというのはアタシ自身にはなかった発想だ。
現にその提案を聞いたマリは――
「で、でもこんなに人がいる中で、恥ずかしくないかしら……?」
と既に赤面気味だ。
「何言ってんの! 実際のデートで恋人同士がそんなん気にしないから。ね、古内裏?」
「えっ、うん。まぁ恥ずかしいは恥ずかしいけど嫌ではないかな……」
マリを説得するためむぎゅっと古内裏の腕に抱き着き実演してみせた。ま、多少の恥ずかしさはあるけど人が大勢いるといっても注目を集めてるワケでなし。こんくらいよゆーだ。
それでも「うーん……」と煮え切らない態度のマリに対し、ダメ押しでドンと顔のすぐ横に手を突いた。
「ちゃんとした恋愛小説書きたいんでしょ? いいから全部アタシにまかせときなって」
キマった……! 渾身の壁ドンにマリも目を丸くしながら「そ、そうね」と頷く。勢いに流されやすいのもマリのきゃわいいところだ。
「それじゃ、まゆたちは少し離れてついて行くから。行こ~、ナベっち♪」
「ああ、うん……それじゃ鴉羽さん、がんばってね」
まゆぴが「ふふん♪」と上機嫌で古内裏の腕を引いて行き、その場にはアタシとマリだけが残された。ひっひっひ、さて真理花ちゃんをどう料理してやろうか、腕が鳴るというもんだ。




