EX02C_鴉羽さんは迷走する
古内裏、まゆぴと三人で学校に向かう道すがら、考える。
古内裏がアタシを捨てるなんてありえない。
……ありえないんだけど、古内裏がかっこいいアタシを好きだというなら、それに応えてあげるのも恋人の役目なんじゃないかな? 別に失望されるのが怖いとかじゃなく、彼女としてちょ~っとくらいサービスしてあげないとね?
けど古内裏が考える「かっこいいアタシ」というのが何なのかは、結局分かってない。
一体何すればいいんだろ? アタシが男子にされたらかっこいいと思うことでいいのかな?
例えば――
「ん? 鴉羽さん……どうかしたの?」
「いや、別に? 何でもないし」
アタシは歩道を歩きながらすっと古内裏の袖を引っ張って、お互いの位置を入れ替える。
さりげなく車道側を歩くという気遣いだ。これには古内裏も思わずきゅんとしたに違いない。
「……どう? かっこいい?」
「え? うん、まぁ、鴉羽さんはいつでもかっこいいよ……?」
「そっかそっか」
きゅんというよりはぽかんとした古内裏の顔を見て、何かが決定的に間違ってる気もしたけど細かいことは気にしないでおこう。
こういうのはちょっとしたことの積み重ねが大事なんだ。うん、多分。
と自分を納得させかけたところで、アタシは決定的なミスに気付く。
この並びだと(車道側から)アタシ・古内裏・まゆぴの順になってしまう。つまり古内裏とまゆぴが隣り合うことになるのだ。
それはよくない。アタシは再びさりげなくまゆぴの腕を掴むと、「え、何??」と困惑するヤツに構うことなくそのまま車道側に移動させた。
当然それに猛抗議するまゆぴ。
「ちょっとちょっと! なんで一番かよわいまゆを車道側にするのよ!」
「これは必要な犠牲だったんだよまゆぴ」
「なんで轢かれる前提なの! もー、まゆの可愛さが失われたらどんだけの損失か分かってるわけ?」
「その損失はアタシの可愛さで補填するから許して?」
「ぜんっぜん意味なぁぁぁぁい!」
ぎゃーすか喚くまゆぴの抗議を右から左に聞き流しながら、アタシはさらにかっこよさをアピールするにはどうすればいいか、頭をフル回転させて考えていた。
とにかく古内裏に「かっこいい」と思わせるため、考えついたことを片っ端からやってみるしかない。
◆
「古内裏、ちょっと重い物運びに行かない?」
「そんな『ちょっと遊びに行かない?』みたいなノリでは行かないかな……」
「じゃあ階段で転んで落ちそうにならない?」
「それが分かってたら落ちたりしないと思うけど」
「それじゃ後は――傘忘れてきたりとかは?」
「今朝来るとき晴れてたじゃない……」
「もー、古内裏わがまますぎ!」
午前中で授業は終わり、あっという間にやってきた放課後の教室。
古内裏にかっこいいところを見せるためにそれっぽいシチュエーションに持ってこうとしてるんだけど……重い物をさっと持ってくれる、階段から落ちそうなところを助けてくれる、傘を忘れた日に一緒に入れてくれる、どれもダメみたいだ。
そもそもよく考えたら、今まで古内裏にそんなことした憶えもない。コイツの言う「かっこいい」はもう少し別の何かなんだろうか?
「鴉羽さんどうしたの……この頃なんかちょっと変だよ?」
「へ、変って何? どこが?」
「いや、どこがっていうか……」
ぐいぐい行き過ぎたせいか、さすがの古内裏も訝しむようにアタシを見ている。そしてコイツに見られてると何故か目を合わせられない。アタシはとぼける様に明後日を向きながら、吹けもしない口笛をすーすーと鳴らす。
そんな白々しい態度をどう受け取ったのか、古内裏は右を見て、左を見て、誰も自分たちの話を聞いていないのを確認してからこっそりと、
「や、やっぱあの時のこと気にしてるの……?」
と呟いた。
「あの時のこと?」
「いやほら、この前多目的棟の裏で……」
この前。多目的棟の裏。
そのキーワードで脳内にぶわっと赤面モノの記憶が広がっていく。
それは先日、あんまりにもしつこいほっしーともっちーこと星山と柏田を黙らせるため、ヤツらの前で、それはもう見事に堂々と……古内裏にぶちゅっとかましてやった時の記憶だ。
ようやくたまに思い出すくらいまで落ち着いてたのにコノヤロウ……! アタシは思わずジトっとした視線で古内裏を刺す。
「……その話、蒸し返したら怒るよって言わなかったっけ?」
「いや言われたけど……鴉羽さんの様子がおかしくなったのってそのぐらいからだしさ……」
そうなんか?
いや、あの直後は自分でも分かるくらいにキョドってたし、言われてみれば確かに古内裏の顔をまともに見られなくなったのもそん時からかも。
自分じゃ折り合いつけたつもりでも、心の中じゃバリバリ意識してたってコト? それは恥ずかしすぎる……!
思わずぐにゃあああっと悶えたくなるところだけど、ぐっと堪えて古内裏の様子を覗う。
するとどういうワケか、ヤツは照れるでも喜ぶでもなくどこか申し訳なさそうな顔で机に視線を落としていた。
ああ、と直感する。
コイツまた何かくだらないこと考えてるな。
「……もしかしたらだけど、後悔してるのかなって」
まったく! やっぱりか。
最近はぐっとかっこよくなってきた古内裏だけど、こういう変に気を回し過ぎるところは相変わらずだ。
「後悔って、アンタねぇ……そりゃアタシもちょっとやらかしたなとは思ったけどさ」
思い出してしまうとやっぱり恥ずかしくて、つい髪を指でくるくると巻いてしまう。
「けどあの時はああするのが一番よかったし、今でもそう思ってる。もしもっかいやり直したとしても、やっぱ同じことするよ」
「そ、そう……」
「そう! だから勝手に後悔するような思い出にしないでよね」
確かに勢いでやっちゃった感はあるけど、あれは紛れもないアタシの選択なのだ。
「だいたい、今さらウジウジ悩んだって仕方ないでしょ? そんなこと考えるくらいなら、これから先! アタシにこのことを後悔させないよう頑張りなよ」
そう念押しすると、古内裏は意外なものでも見るように目を丸くした。
思わず「……なにジロジロ見てんの?」と低い声を出してしまい、はっとした古内裏が誤魔化すように「ああ、いや――」と頭をかく。
「やっぱり鴉羽さんはかっこいいなぁと思って」
「はぁ? 何度も言うけど可愛いの間違いでしょうが」
相変わらずおかしいアタシへの評価を訂正する。
っていうか古内裏が考える「かっこいい」ってこんなんでいいの? 当たり前のこと言ってるだけなんだけどな。
「う、うんゴメン……いや分かったよ」
アタシの圧に負けたにも拘わらず、にへらっと笑う古内裏。
それを見てアタシもつい溜め息を漏らす。まったく、少しは成長したかと思ったけどまだまだ手のかかるヤツだ。
けれどふと、いつの間にか古内裏と目を合わせられるようになっている自分に気付いた。口元も自然と緩んでいる。こうして古内裏の情けない姿を見ていると、何だか安心するのかもしれない。
災い転じて福となすってヤツかな。ともあれこれで一件落着――
「でもそれじゃあ、結局鴉羽さんの様子がおかしかったのは何が原因なの……?」
「!?」
せっかくいい雰囲気で会話が終わろうとしていたところなのに、古内裏が空気を読まず繋げ直してきやがった。
そういうトコだぞ、古内裏ぃ……!
「べっ、別に何もおかしくないってば!」
「でもここのところ明らかに上の空だったし……かと思えば今朝やさっきみたいに変なこと始めるし……」
「いやそれは……アンタがかっこよくないアタシからまゆぴに乗り換えるとか言うからで――」
「そんなこと言ってないよ!?」
あれ、そういやアレは夢だったんだっけ……? 古内裏が心配そうにアタシを見るもんだから、つい誤魔化しそびれて余計なことを口走っちゃったみたいだ。
と、そこへ――
「なになに~、まゆのこと話してたの?」
タイミング悪く……あるいは良く、自分の名前に反応したまゆぴがのこのこと近づいて来た。
中学時代から付き合いのあるアタシじゃなくて古内裏の方に寄り、両手をぴとっとその肩に置く。
直前まで劣勢だったこともあり、そのさりげない仕草にいつもよりイラっとこみ上げてくるものを感じた。
「――ふにっ!?」
古内裏との話は他人に聞かせるもんじゃない。まゆぴが来たことでお流れになって助かったとは言え、よくよく考えたら元々の元凶はコイツなんじゃない?
そう感じたアタシは、気づけばまゆぴのもっちりした両頬を掴んでむにーっと引っ張っていた。
「ひょ、ひょっとあにふんのよ!?」
そう、悪いのはコイツだ。
このところアタシの調子が悪かったのも、そのせいで変なマネしちゃったのも。
全部まゆぴが悪い。
そういうことにしておこう。




