EX02B_鴉羽さんは悪夢を見る
「鴉羽さん。ちょっといいかな?」
「え、なに……?」
夕日が差し込む放課後の教室。帰ろうとしていたアタシは古内裏に呼び止められそちらを振り向く。
気付けば他には誰もいなくて二人きりだ。いつもと変わらない穏やかな表情で古内裏に見つめられ、ふと自分がちゃんと目を合わせられるようになってることに気付いた。
あれ、なんか変――
「ねえ鴉羽さん、僕たちもう別れようか」
「…………は?」
予想外過ぎるひと言に、つい間の抜けた声が漏れてしまう。
「いやいやいやいや何言ってんの? アタシらフツーにいい感じでやってきたじゃん! つか、アンタついこの前アタシのこと好きだって……あんな堂々と宣言したばっかでしょーが?」
「うん。だけど僕が好きなのはかっこいい鴉羽さんなんだよね」
「かっこいい?」
ふっと古内裏が呆れたように息を漏らした。
ついさっきまで確かに夕日が輝いていた窓の外は、どういうワケかいつの間にか真っ暗になっている。
「最近の鴉羽さん全然かっこよくないからさ。いつもうっとり僕のこと見てて、なんか普通の乙女って感じだし」
「う、うっとりなんかしてないし! そもそもフツーの乙女だし! もう、何なの古内裏……あんまヘンなジョーダン言うと怒るよ?」
「いや冗談とかじゃなくて、もう飽きちゃったからさ……」
そう言うと古内裏はそっと横に身体をずらした。
ヤツの背後から姿を現したのは中学からの友人である隼瀬舞弓、通称まゆぴだ。絶対にアタシたちしかいなかったハズなのに、一体どっから湧いてきた!?
「というわけで、僕は隼瀬さんと付き合うことにしたから」
「はぁ!?」
「ふふん♪ そゆこと。悪いわねヒナちぃ~」
もう話は終わりとばかりに背を向けた古内裏。そしてアタシの目の前でその腕にぎゅっと抱き着くまゆぴ。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 全然納得できないんですけどぉ!?」
二人は腕を組んだまま歩き出した。そっちベランダだし、なんか急に眩しくてよく見えないし、だけどアタシは二人を引き留めるため懸命に手を伸ばし――
――その手は自室の天井に向かって、空を掴んだ。
…………。
ここはアタシの家の、アタシの部屋。アタシは自分のベッドで寝ていて、つまるところ今のは夢だったらしい。
天井に伸ばしていた手を降ろして目元を覆う。
目尻に残るひんやりした感覚が、涙が流れたことをアタシに自覚させてきた。
「……マジか」
思わず声が漏れた。
ここまで重症か、アタシ……。
◆
まったくバカらしい話だ。
古内裏は紛れもなくアタシのことが好きなのであり、逆はあってもアタシが古内裏に捨てられるなんてことはありえない。
……ありえないんだけど、気がかりなこともあるといえばある。
それは夢でも言ってたけど、古内裏がアタシのことを度々「かっこいい」と評することだ。
このきゃわきゃわギャルを捕まえてかっこいいとはまったく意味が分からないんだけど、どうやら古内裏にとってはそれがアタシの魅力の中で結構なウェイトを占めているらしい。
……でも、かっこいいって何だ?
別に今まで古内裏の前でカッコつけた憶えはない。
一体ヤツはアタシの何を指してかっこいいなんて思ってるんだろう?
そんなことを考えながら学校の最寄駅から出たところで、よく知った声で名前を呼ばれた。
「あ、鴉羽さんおはよう」
「げっ……ヒナち……!」
振り返ればそこに立っているのは古内裏とまゆぴだ。
この二人は通学路の大部分がカブっているらしく、よく一緒に登校していると聞いている。っていうかどーせまゆぴが古内裏に合わせてるんだろう。ご苦労様なこったね。
(ちなみにまゆぴは中学卒業と同じくらいの時期にこの辺へ引っ越したらしい)
「おはよ二人とも。つかまゆぴ、げって何、げって」
並んで立つ二人は肩が触れ合いそうなくらい近い。また性懲りもなくまゆぴお得意のボディタッチで古内裏を誘惑するつもりなんだろうけど、生憎古内裏はアタシに夢中なのだ。そんなもん効くか。
……効くかとは思うんだけど、目の前でやられるとムカつくのに変わりはない。アタシはまゆぴのツインテの片方を掴むとぐい~っと引っ張って古内裏から距離を取らせる。
「いたたたたっ!? ちょっちょっちょっ何何なに!?」
「近すぎでしょ~まゆぴ? 好きにしろとは言ったけど何しても黙ってるとは言ってないよ?」
そして空いた隙間に身体をすべり込ませる。これで古内裏・アタシ・まゆぴという並びになった。完璧だ。
「そんな風に掴んだらせっかく巻いたのに崩れちゃうじゃん! さすがにひどくないっ!? ナベっちからも何か言ってよ~!」
「鴉羽さんがこう言うなら近すぎだったんだよ、隼瀬さん」
「も~~~っ! バカップル!!」
ツインテを押さえてプンスカ怒るまゆぴ。まぁそれほど強く引っ張ったわけでなし、仲良くない相手にやったらギリいじめだけど、この子とは昨日今日の付き合いじゃない。こんくらい雑に扱っても問題ないのだ。
それより問題なのは――
「そんなことより、そろそろ行かないとホームルームに間に合わないよ、二人とも」
そう言って歩き出そうとする古内裏。必然的にアタシの少し前を行くことになり、そこから振り向くもんだからばっちりと目が合ってしまった。
「――!」
咄嗟に視線を横へと逃がす。やっば、顔赤くなってないかな? 今のはさすがに不自然だったか?
「かっこいい」アタシがこんな風にメロついてることを知ったら、古内裏はどう思うだろう?
やっぱり失望とかするんだろうか……?




