22_鴉羽さんはやっぱりかっこいい
梟城さんの襲来から一週間。期末試験も無事終わり、答案の返却が行われた。
僕は宣言通りに満点で学年一位を獲得し、鴉羽さんや鷺ノ宮さん、ついでに隼瀬さんも中間から点数を上げていた。
梟城さんも順位は落としたものの、点数は中間より上がったと言っていた。もしかしたら、ギャル化して自信が付いたのが良かったのかな?
また、聞いた話によると僕がピアスを開けた日、職員室ではひと悶着があったらしい。
ピアスのことを知った校長先生が鳩見先生に、僕をちゃんと指導するよう小言を言いに来たんだそうだ。
けれど進路指導室での一件からかなりの鬱憤が溜まっていたんだろう。鳩見先生がとうとうキレて、校長先生に猛抗議したらしい。
普段は小柄で子供っぽい鳩見先生が喚き散らす姿に校長先生はたじたじになり、さらにその場にいた女性の先生方がみんな鳩見先生に味方してくれたとか。
最終的には騒ぎを聞いてやってきた富岡先生の提案で、僕が必ず学年一位を取るからという条件でこの件は不問となり、校長先生はすごすごと校長室に引っ込んでいったという。
自分の知らないところでいつの間にかそんな条件になっていたとは驚いたけど、無事学年一位も取れたし一件落着だ。
鳩見先生(あと味方してくれた先生方)、ありがとう!
とまあ、そんな感じで校長先生へのささやかな反抗も成功し、あとは終業式を待つばかりとなった七月半ばのとある日の放課後。
午前授業でまだ日が高く、教室や学食、校庭のベンチなんかでたむろしている生徒がいる中、僕が図書室からの帰り道に渡り廊下を歩いていたところ――
「なぁ鴉羽。お前いつまでこんな遊び続けてんだ?」
図書室のある多目的棟の裏側、人気のない一画(鴉羽さんと付き合うまで僕がよくお昼を食べていた場所だ)から憶えのある声と名前が聞こえてきた。
星山だ。ということはいつも一緒の柏田もいるに違いない。
「遊びって……あー、古内裏のこと?」
と問い返す鴉羽さんの声もした。
「クラスどころか学校中で話題になってんぞ。あいつお前のために学年一位取ったつもりでいるんだろ?」
「勘違いも極まってるよな。こんな噂が広まっちゃ、鴉羽も引っ込みがつかなくて困ってんじゃないのか?」
嘲り笑うように僕を貶める星山と柏田。どうやらまだ懲りずに、僕の株を下げようと頑張っているらしい。
(最近幡谷くんや稲葉くんが僕と仲良くしてくれてるから、教室では大っぴらに悪口を言いにくいんだろう)
この二人が僕のことを何と言おうと気にはならないけど、鴉羽さんを直接問いただしているのは気がかりだ。
僕はそっと声のする方に向かうことにした。
「いや別に困ってないし、いつまで続けるかはアタシの自由じゃん? いざ付き合ってみたら古内裏ってばけっこー面白いしイイ奴だからさ、ほっしーともっちーも仲良くしてみたら? 楽しいよ」
「いやいや、前までは普通に仲良くしてただろ。なぁ?」
「ああ。最近付き合い悪いのはあいつの方だ」
仲良くっていうのは鴉羽さんと付き合い始める前までのことかな?
あれを仲良くしていたと言うのはだいぶ無理がある気がする。
ともかく僕のことでこれ以上鴉羽さんに不愉快な思いをさせる必要はない。僕はそのまま三人の前に姿を現すと「鴉羽さん、探したよ」と何食わぬ顔で声をかけた。
鴉羽さんは軽く驚いただけだけど、星山と柏田は目に見えてぎょっとした様子を見せる。
完全に無視するのも気まずくて、僕はぎこちない笑みを浮かべながら「やぁ……」と二人にも声をかけた。
「……んだお前、聞いてたのかよ?」
「うん。たまたま声がしてたから。僕のこと話してたの?」
「お前じゃなくて鴉羽のことだよ。誰も生きてる陰キャ像の話なんかしてねぇって」
「ひどいな、何その悪口?」
「いやお前が自分で言い出したんだろ!?」
そうだっけ? そういえばそんなこと言った気もする。
「お前マジ調子乗ってんな……やっぱ何か勘違いしてねーか?」
「勘違い?」
「鴉羽がマジにお前と付き合ってると思ってんのかよ。いい加減、遊ばれてるだけだって気づかねぇの?」
「いや知ってるけど。鴉羽さんに直接言われたし」
それを聞いた二人は「えっ」という顔で僕と鴉羽さんを見比べた。星山たちに意外そうな目を向けられ、鴉羽さんも肯定するように肩を竦めて見せる。
「し、知ってんなら何そんなのほほんとしてんだよ!?」
「いやまぁ、遊んでもらえるだけでもありがたいかなって……」
「……お前ドMなのか?」
失礼な! 断じて違う。
…………うん。多分違う。
そのちょっとした自問自答のためにすぐさま言い返すことができず、微妙な沈黙が生まれた。
それをどう受け取ったのか、調子を外されっぱなしだった星山たちは少し落ち着きを取り戻したようにニヤリと笑って「そもそもよぉ」と強引に話を引き戻す。
「お前だって鴉羽に気があったわけじゃねぇだろ? 俺らに言われて仕方なく告っただけだもんな」
星山があの日の出来事を引き合いに出してきた。鴉羽さんが僕をどう思っているか、という方向からは突き崩せないと見てアプローチを変えてきたのだ。
「そーそー、最初は嫌がってたもんな。それが形だけでも付き合うことになって棚ボタだってのは分かるけどよ」
「いい加減、好きでもない相手との恋人ごっこに振り回されんのも疲れんじゃねーか? 古内裏くんよ」
柏田も乗ってきて、あくまでも僕と鴉羽さんの関係を上辺だけのものだと否定しようとする。
それを聞いた鴉羽さんがむっと不愉快そうに顔を顰めたけど、二人は僕の方を向いてるから気づいていないようだ。
まぁ実際彼らにやらされて告白するまで鴉羽さんと付き合うなんてことは、望むどころか考えたことも無かったのは事実。
だけど――
「確かにきっかけは二人に言われて告白したからだし、正直付き合い始めの頃は勢いと雰囲気に流されてたところもあるけど……」
あの日、夕暮れの教室で鴉羽さんに嘘の告白をして「その気」にさせられた。
それから二ヶ月半、色々なことを話し、色々なことを一緒に体験して、色々な鴉羽さんをこの目で見てきた。
最初は単にクラスの人気者という認識だった。
でも、実はすごくかっこいい人なんだということを知った。
けれど結構やきもち焼きだったり、負けず嫌いという子供っぽい一面もあることが分かった。
いつもポジティブで明るい鴉羽さん。だけど過去には色々と理不尽な思いもしてきたことを知った。
それでも腐らずに立派な夢を持ち続け、誰にでも優しく、時に悪戯好きで、たまに意地悪なこともある。
鴉羽雛乃という人間の様々な面を知った上で今、僕は自信を持って言える。
「本当ならずっと教室のすみで終わるはずだった僕の高校生活が、鴉羽さんのおかげで信じられないくらい楽しいものになってるんだ。でもまだ全然十分じゃない。鴉羽さんと一緒にやりたいことが山ほどあるし、行きたい場所も数えきれないくらいある」
そして、その内の何ひとつとして諦めるつもりはない。
「もっともっと僕の未来に鴉羽さんとの『予定』を詰め込みたい。たぶん、誰かを好きなるってそういうことを言うんじゃないかな。……うん、だからはっきり言えるよ」
僕は星山たちではなく、鴉羽さんの方を向く。
「僕は鴉羽さんのことが好きだ」
はっきりと、真っすぐに鴉羽さんに想いを届けた
それを聞いて、鴉羽さんがどう思ったのかは分からない。
少なくとも僕から見えた変化は、少し目を見開いて僅かに口元が緩んだくらいだ。
でも今はそれで充分。
「だから、もし遊ばれてるだけでも僕は全然構わないよ。もちろん、本当に好きになってもらえるよう頑張りはするけどね」
「古内裏、お前……マジにどうかしちまったのか……?」
以前の僕からは考えられないようなポジティブ発言を受け、星山も柏田も恐れ慄いた様に固まっていた。
僕も言い終わってからちょっと恥ずかしさを覚えたけれど、それでも今の言葉に嘘偽りは一切ない。
よほどの衝撃を受けたのか、星山たちはなかなか立ち直ることはできずに長い沈黙が流れた。
それでも格下の僕に言い負かされて終わるわけにはいかないと、僅かに残った気力を振り絞ったのか。
星山が「アホなこと言ってねぇで――」と口にしかけた瞬間、
「はーいはいはい、そんくらいにしときなねー」
パンパンと両手を叩きながら、鴉羽さんが僕らのあいだに割って入った。
有無を言わさない介入に、星山もぐっと言葉を呑みこまざるを得ない。
たった一言で場を支配した鴉羽さんは僕の方を振り向くと、どことなく楽しそうに口を動かす。
声は聞こえないけど、僕にはそれが「バーカ」と言っているように見えた。
鴉羽さんはそのまま星山たちの方へと顔を向ける。
「古内裏のハズいカミングアウトはいったん置いとくとして、ほっしーにもっちー。アンタらねぇ、ちょ~っと勘違いしてるよ」
「何だよ、勘違いって」
鴉羽さんの堂々とした立ち居振る舞いに若干気圧されながらも、柏田がいぶかしそうに聞き返した。
「アンタたちさ。要するに、あんま遊びにのめり込み過ぎんなよってアタシのこと心配してくれてんでしょ?」
「……まぁ」
「そんなら話は簡単だね」
それだけ言い残して鴉羽さんはつかつかと僕に近づいて来た。
そして目の前まで来ると、突然ぐいと僕のシャツの襟をつかんで自分の方に引き寄せる。
「!?」
いきなりのことでバランスを崩す僕。
そんな僕に鴉羽さんはちょっと背伸びをすると、自分の唇を僕のそれに押し付けてきた。
「んなっ――!?」
星山たちの驚愕する声が聞こえた気がするけど、それどころじゃない。
唇に信じられないくらいの熱を感じ、同時に自分の胸の真ん中にも同じくらいの熱量が湧き出ているような感覚がある。
鴉羽さんの僅かな身じろぎすら触れている部分から伝わってくるようで、きっとどんなロックより激しくアップテンポな僕の鼓動も向こうに伝わっているはずだ。
それは紛れもなくキスだった。
僕は混乱して何も考えることができずに、ただされるがままその姿勢を維持するので手一杯になってしまう。
そのままたっぷり十秒ほどが経っただろうか。
僕にとっては一時間にも二時間にも感じられる時間が流れた後、ほんの微かな水音と共に僕の唇が解放された。
鴉羽さんは唇を舐めとりながら、そのまま視線だけで星山たちを振り返り、
「――ま、こういうことだから。心配ご無用ってことで♪」
ウインクをしながらそう言い残すと、僕の手を掴んでその場を後にした。
けど僕は今の衝撃が抜けきっていなくて、引っ張られた拍子に足をもつれさせて校舎の壁に激突してしまう。
「もー、何やってんの古内裏。しっかりしてよ」
と鴉羽さんの呆れた声を聞きながら、何とかその後に続いて行ったのだった。
◆
そのまま渡り廊下を越え、教室棟に入った辺りでようやく今の出来事が頭に染み込んできた。
「か、鴉羽さん。今の……」
「うっさい。別にそんなあたふたすることじゃないでしょ? アタシら付き合ってんだから」
鴉羽さんはこちらを振り返ることなく言った。
「で、でも僕初めてだったし……! あんないきなり、しかも人前で……!」
「もう、古内裏ってば狼狽えすぎ!」
「そんなこと言ったって……」
僕にとっては人生初のファーストキス(?)だ。そんな何事も無かったように振る舞えないし、狼狽えるなと言う方が無理がある。
一方で、鴉羽さんはそれほど動揺してないように見える。もしかしたら彼女にとっては何てことでもなかったのかな……?
と思ったところで、僕は気づいてしまった。
僕の手を引いたまま前を行く鴉羽さん。その両耳が今まで見たことがないほど真っ赤に染め上がっていることに。
これはまさか――
「……もしかして、鴉羽さんもその……初めてだったの?」
遠慮がちに問いかけると、鴉羽さんがぴたりと歩みを止めた。
そして振り返りざまにじろりと僕を睨みつけてくる。その顔はやはり、耳と同じく真っ赤だ。
「……だったら何?」
鴉羽さんの声は恐ろしく低い。
「いや、何って……ダメだよ鴉羽さん、あんな勢いに流されたみたいにさ――」
「もー、うっさいな。いいんだってば!」
びったん!と音がするくらいの勢いで僕の両頬を手で挟み、言葉を遮る鴉羽さん。
彼女はそのまま照れくさそうに、しかし毅然とした口調で、
「ファーストキスより大事なものを守ったんだから、あれでいいの!」
とまるで自分に言い聞かせるみたいに口にした。
「分かったら、この話はおしまい! 次何か言ったら怒るから! いい?」
鴉羽さんは僕の両頬を挟む手にぎゅっと力を込め、そう念押しする。
僕がこくこくこくと首を縦に振るとようやく顔が解放され、鴉羽さんは何も言わずに再び歩き出したのだった。
つかつかつかと前を行く鴉羽さんは普段よりだいぶ早足だ。
きっと……いや間違いなく、羞恥を抑えるために身体の方が動いてしまっているんだろう。
そんな鴉羽さんを見ていると、突然のファーストキスがもたらした衝撃からようやく立ち直れてきた。
自分も顔から湯気が出そうなくらい恥ずかしがってるのに、それでも鴉羽さんは誰かのため……いいや、僕のためにこんなことができる。
僕はそんな彼女の背中を見て、こう思うのだ。
鴉羽さんって、やっぱりかっこいい!!
ここまでお読みくださった皆様、まずはお疲れ様でした。
そしてありがとうございます!
本作『つよギャル鴉羽さんはかっこいい』はここまでを第一章としてひと区切りとなります。
元々この作品は最初の告白と最後のキスシーンを初めに思いついて、そのあいだを埋める形で十万字くらいの話にしよう、と考えたところからスタートしました。
いざ公開したら予想以上に多くの方に読んでいただけて、望外の喜びにニヤけつつ、結構プレッシャーも感じていました……!
(とりあえずここまでは毎日更新を崩さないようにしようと決めてたので……半分くらいはストックしてましたが、残りは更新中に書き進めていて結構シビアでした)
そして今、目標としていたところまで書き上げることができて、ひとまず胸をなでおろしています。
改めて、ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました!!
ただ、夏休みや文化祭、クリスマスなど書きたいエピソードはまだまだたくさんあるので、更新はしばらく先になるかもしれませんが、鴉羽さんと古内裏くんの物語はこれからも書き続けたいと思っています。
もしよければ感想・★・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。
た だ し !
ここから先はタイトルが変わって
『ちょろギャル鴉羽さんは可愛らしい ―ノリで嘘告OKしたら急成長した陰キャに情けなくメロつくことになった―』
になります。
さらば、かっこいい鴉羽さん……。




