21B_梟城さんはおちょくられる
「古内裏はここで待っててね」
「え、なんで?」
「あのねぇ……女子がメイクしてるトコ覗いたら石にされても文句言えないんだからね?」
ということなので、空き教室の外で待機すること数十分。
中から鴉羽さんの「入っていいよー」という声がしたので、扉を開けて中に入る。
するとそこには鴉羽さんと――
「へ、変ではないでしょうか……?」
恥ずかしそうに顔を赤らめ、もじもじする女子生徒の姿があった。
サイドポニーにまとめ上げた黒髪をシュシュで留めて、服はゆるく着崩してスカート丈も規定より短くなっている。うっすらとメイクの施された顔は伏し目がちに俯き、メガネから上目遣いでこちらを見ていた。誰だ?
「どう? めちゃきゃわになったでしょなっちー。ちょっとイジっただけでここまで変わるなんて、アタシもびっくりだよ!」
鴉羽さんが謎の女子生徒の背中に張り付き、興奮気味に語る。
どうやらその女子は梟城さんらしい。ギャル系な見た目に変貌した梟城さんは、容姿を絶賛され照れたように視線を地面へと向けていた。
「お~すごい。まるで別人みたいだ」
「違うって古内裏。元々の素材がよかったんだよ。ね~、なっちー?」
「そ、そうでしょうか……無事魅力が上がってるといいのですが……」
「や~もう爆アゲっしょ! 今ならどんな男子もイチコロだよ。古内裏のスケベそうな顔見てみ?」
鴉羽さんに言われてはっとなった梟城さんは、気崩してやや開いていた胸元を手で押さえた。
いやそんな顔してないし濡れ衣だからね。
「まぁどんな男子もイチコロかはともかく、確かに魅力度は上がってると思うよ」
「そ、そうですか……!」
素直に褒めるとちょっと自信がついたように元気を取り戻す梟城さん。
彼女は力ずよくぐっとこぶしを握ると、
「では、これで私も学力の向上が見込めるわけですね!」
と興奮気味に鴉羽さんを振り返った。鴉羽さんもそれに応えてぐっとサムズアップしてみせる。
けど悲しいかな、彼女はそもそもの間違いに気付いていない。
「梟城さん……言いにくいんだけど、愛の力で成績を上げるなら梟城さん自身の魅力を高めても意味ないんじゃないかな?」
「え?」
「いや、梟城さんのモチベーションを上げないといけないんだから、誰か相手になる男子の魅力を上げないと……」
「古内裏、シーっ!」
僕が指摘すると鴉羽さんが慌てて唇に人差し指を当てた。それを見ていた梟城さんもようやくはっと気づいたようだ。
この人、本当に学年一位なんだよね……?
「まさか、私を騙したんですか……?」
裏切られたショックで涙目になりながら、悲しそうに問いかける梟城さん。
これにはさすがの鴉羽さんも良心が痛んだらしく、「うっ」と気圧されたように後ずさる。
「や、やだな~騙してなんかないって。まずモチベになる男子とお近づきになるためにも、なっちーの魅力は大切でしょ?」
「むむむ……確かに……!」
またしても簡単に言いくるめられてる。
梟城さんはきっと、とても純粋なんだろうなぁ……。
「でも困りましたね。私には男子の知り合いなんていませんし……」
「いいな~って思ってる相手もいないの? あ、ちなみに古内裏はダメだかんね」
「古内裏さんは学年二位という点は尊敬していますが、恋愛対象ではありません」
そうですか。
腕を組んで「う~ん」と真剣に悩みだす梟城さん。これは放っておくと鴉羽さんが「じゃあ適当な男子を探しに行こ~♪」とか言い出しかねないな。
仕方ない。
これ以上事態がややこしくなる前に、僕は先手を打って収拾する方向へと誘導することにした。
「まぁ、無理に愛の力をモチベーションにしなくてもいいんじゃないかな? そもそも僕の場合も、大元になってるのは校長先生への反抗心だしね」
「校長先生への? どういうことですか?」
梟城さんが不思議そうに首を傾げる。
どうやら鴉羽さんのために一位を取るという話だけがひとり歩きしていて、詳細までは伝わってないらしい。
僕が先日の進路指導室での出来事をかいつまんで話すと、梟城さんは「何ですかそれは!」と憤慨して声を張り上げた。
「そんな上辺だけで人となりを判断するなんて信じられません! そもそも鴉羽さんと学力の関係にエビデンスなんてないじゃないですか!」
少々面食らってしまうくらい、予想以上の義憤っぷりだ。
もしかしたら梟城さんにも、何か似たような経験があるのかもしれない。
ちょっと気になるけど、それって訊いてもいいものなのかな?
「思った以上にヒートアップしてるね~。もしかしてなっちーも同じようなコトあったの?」
僕が悩んでるあいだに躊躇なく訊く鴉羽さん。
こういう時、迷わず踏み込んでいけるかどうかが陽キャと陰キャの違いなのかもしれない。
梟城さんは特に気分を害した様子もなく、ただ少しバツが悪そうに、
「ええ、まぁ鴉羽さんほど理不尽な思いをしたわけではありませんが……」
と答えた。
「実は私、誕生日に本以外のプレゼントを貰ったことがないんですよ」
「えー……今まで一度も?」
「はい。一度も」
梟城さんは遠い目で語り始めた。
「何なんでしょうね。私の見た目が地味で大人しそうだから、本さえ与えておけばいいと思われているんでしょうか? 友人はもちろん、実の両親までことあるごとに名作文学や古典、文学賞を取った小説なんかを渡してきて……」
「梟城さん、本嫌いなの?」
問いかけると、梟城さんはぐわっと僕の方に向き直って何かを爆発させるように声を荒らげた。
「嫌いじゃないですけど! 別にそこまで純文学が好きなわけでもないですよ! どちらかと言えば漫画の方が良く読みますし! そもそも好きとか嫌いとかの前に『どうせお前これ好きなんだろ?』って決めつけられるのが心外なんです!」
おぉう……なんか妙なスイッチが入ってしまったようだ。
「それだけじゃなく委員会決めの日にたまたま休んだら勝手に図書委員にされてるし、本の落し物があったらまず私の机の上に届けられるし、現国の授業では毎回必ず朗読させられるし、本当もう誰も彼も見た目のイメージに引っ張られすぎてるんです!」
「う、うん……梟城さんも苦労してるんだね……」
図書室で会った時、典型的な文学少女とか思ってごめんなさい……。
空き教室の中央で燃え上がる梟城さんに圧倒され、僕と鴉羽さんは並んで壁際へと追いやられている。
でもそんな梟城さんを見ていて、僕の頭にあるアイディアが閃いた。
「でもさ、文学少女っぽい見た目が原因だって言うなら、これからはその格好で過ごせば周りの人の認識も変わるんじゃないの?」
「! 確かに……!」
僕の提案に反応した梟城さんが、手のひらへ拳を落とす。
相変わらず操りやすくて助かる。
鴉羽さんにも僕の意図が伝わったのか、ぽんと両掌を合わせて、
「そういうことなら任しとき♪ そのメイクのやり方とか詳しく教えてあげるよ」
と協力する姿勢を見せた。
そんな僕らの提案に、梟城さんも興味を惹かれたのか、
「本当ですか……!? それは助かります。ぜひお願いします、鴉羽さん」
とボルテージを下降させて、深々と頭を下げた。
「オッケ~! 色々道具も必要だから、今度一緒に買いにいこっか。連絡先教えてよなっちー」
「は、はい!」
ポケットからスマホを取り出し、不慣れな手つきでメッセージアプリを起動する梟城さん。
もちろんさっきの提案も鴉羽さんの協力も、梟城さんのためを思ってのことだ。
けど100%善意の助言かと言えば、そうでもない。
梟城さんのような優等生までもがこのギャルスタイルで生活していれば、自然と校長先生も「ギャル」に対する認識を改めざるを得なくなるだろう。
つまり、僕のピアスと狙いは同じだ。
嬉しそうに鴉羽さんの連絡先が入ったスマホを眺める姿に、純粋な彼女を利用する罪悪感がないと言えば嘘になるけど……。
「古内裏屋、お主も悪よのぅ……」
僕の隣に戻ってきた鴉羽さんが、にししと笑って肘で突いてきた。
「いえいえ、お代官様ほどではございませんよ」
僕も芝居がかった時代劇で応え、二人そろって静かに笑い声をあげたのだった。
◆
その後、梟城さんと別れて図書室へと戻る道を歩いていると、
「あーっ! ナベっちとヒナち、こんなとこにいた!」
逆側からやってきた隼瀬さんと鷺ノ宮さんにばったりと出くわした。
「よっすー♪ 何やってんの二人とも。こっちは空き教室しかないよん」
「もう、貴女が図書室に行くって言ってたのに姿が見えないから探してたんじゃない」
そう言って鷺ノ宮さんが口を尖らせた。この様子だと、もしかしたら結構歩き回ったのかもしれない。
「そういえば、鴉羽さんはなんで図書室にいたの?」
ふと気になって問いかけると、鴉羽さんは「こいつマジか」みたいな顔を僕に向けた。
また何かまずいことを言ってしまったのかもしれない。
「いや、古内裏を探してたに決まってるじゃん! アタシも期末の勉強するから一緒にやろうと思ってさ」
「あ、そうだったんだ」
そこで梟城さんと一緒にいるのを見つけて、勉強より遊ぶのを優先したというわけか。
「じゃあ梟城さんで遊んでる場合じゃなかったね」
「まったくだねぇ」
鴉羽さんはたはは……と笑いながら頭をかいた。
「梟城さんって、もしかして三組の? 彼女、前回の中間で学年一位だったんでしょう?」
「え、なになに、ナベっちを学年一位にするために現一位を闇討ちでもしてたの?」
鷺ノ宮さんの問いかけに、なぜかワクワクした様子で乗ってくる隼瀬さん。
そんなことで順位だけ上げても校長先生の認識は変わらないだろう。
「大丈夫、そんなことしなくてもちゃんと勝てるよ」
「ずいぶん自信たっぷりね? 聞いた話じゃ彼女、中間では六教科合計で570点だったらしいわよ」
「570!? なっちーってそこまで頭良かったの!?」
鷺ノ宮さんの話を聞いて鴉羽さんが驚愕する。
さっきまでの簡単に騙される梟城さんを見てたから気持ちは分かるけど……学年一位ってことは僕(556点)より高得点だったということだ。そのくらいは予想の範囲内。
「こりゃうかうかしてらんないね……。もっかい戻ってなっちーが勉強どころじゃなくなるくらい深ぁ~く、ギャル沼に沈め直してこよっか?」
「いやそんなことしなくていいから……」
流石に冗談だと思うけど、それはズルすぎるよ鴉羽さん。
「それに梟城さんが期末で何点取ろうと関係ないよ」
「え、なんで?」
鴉羽さんは不思議そうに首を傾げる。
けど、そんなのは決まってるじゃないか。
「僕、次の期末は全科目で満点取るから」
何の気なくそう口にすると、鴉羽さんたち三人はぽかんとした表情で僕を見た。
「え、満点って……全部の教科で100点取るってこと?」
「そうだけど……」
「だって、100点って……100点なんだよ?」
「う、うん。鴉羽さん、なんか語彙がおかしくなってるよ?」
変なことを言い出した鴉羽さんを心配する僕。
だけど三人はむしろ僕が変なことを言い出したみたいにドン引きしている。
「古内裏くん……100点って簡単に言うけど、そう容易く取れるものじゃないでしょう?」
「?? だってテスト範囲は決まってるし、内容も全部授業でやったことじゃない?」
だからしっかり復習してケアレスミスを無くせば、普通に取れると思うんだけど……。
「ダメだわこいつ……まゆたちと感覚が違いすぎる……!」
隼瀬さんにまで人外のような扱いをされ、とどめとばかりに鴉羽さんが、
「古内裏に友達いない理由がよく分かったよ……」
長めの溜め息を吐いて呆れたような半目を向けてきた。嘘でしょ……?
何が何だか分からないという態度の僕を、もう手遅れとでも言うように視界の外に追いやる鴉羽さんたち。
「ま、でも古内裏にばっかいいカッコさせてらんないし、アタシも頑張ろっかな~。早く図書室いこうよ」
「私も行くわ。古内裏くんが成績を上げても私が落としたんじゃ意味ないしね」
置いてけぼりにされて釈然としないものを感じつつ、でもまぁやる気を出してくれたみたいだし、ここはあえて何も言うまいと不満を呑み込む。
「とりあえず、私の目標は二十位以内ってところかしら」
「お、言うねぇマリ。アタシは平均75……いや80点くらいにできたらいいなぁ」
鴉羽さんと鷺ノ宮さんはそれぞれ自分なりの目標を決めたようだ。
自然と全員の視線が隼瀬さんに集まる。
「あ、まゆは元々赤点スレスレだし関係ないわよ?」
と呑気なことを仰る隼瀬さん。
それを聞いた鴉羽さんと鷺ノ宮さんが顔を見合わせて軽く頷き合い、すぐさま両脇からがしっと隼瀬さんを拘束して、小柄な身体を宙に浮かせた。
「えっ、ちょっと、なに!?」
「そんなこと言って、ひとりだけ逃げようったってそうはいかないよまゆぴ~?」
「貴女の目標は、ひとまず全教科平均点以上ということにしておくわね」
困惑する隼瀬さんに構うことなく、ずんずんずんと図書室に向かう鴉羽さんたち。
抱えられたままじたばた抵抗する隼瀬さんの
「ちょっとちょっと、何なのよ~~~~~~っ!?」
という悲鳴が、誰もいない廊下の端までこだましていったのだった。




