21A_梟城さんは試したい
期末試験が近づくと部活動も一時停止され、放課後の図書室が混みあうようになってきた。
いつになく賑わう書庫の片隅で僕が自習に励んでいると――
「古内裏さん、ちょっとよろしいですか?」
横から声をかけられ、顔を上げる。
そこには長い髪を両おさげにしてメガネをかけた、いかにも文学少女という風体の女子が立っていた。
クラスメイトじゃない、今まで接点のなかった相手だ。
「私、三組の梟城夏葉といいます。初めまして」
「えーっと、確か入学式で新入生代表の挨拶をしてた……」
「はい、その認識で間違いありません」
文学少女改め梟城さんはにこりともせず首肯した。
新入生代表ということは、入試の成績がトップだったということだ。
それはつまり……。
「私、前回の中間テストで学年一位だったんです」
やっぱりそうか。
この人が学年で唯一、僕より陰キャな生徒……なるほど、その称号にふさわしい風格がある。
「そうなんだ。その優等生の梟城さんが僕に何か用かな……?」
同じ陰キャとして親近感が湧くけど、ただ同好の志を求めて声をかけたわけじゃないだろう。
陰キャにとって知らない相手に自分から声をかけるというのは、想像を絶する覚悟がいるのだ。
であるからには、それ相応の用があるはず……。
……というか、正直に言うとさっきから嫌な予感をひしひしと感じていた。
その予感は梟城さんの口から現実のものとなってもたらされる。
「いえ。ちょっと風の噂で、古内裏さんがお付き合いしている彼女のために学年一位を取ると豪語されている……と伺ったもので」
やっぱりその件か……!
「……ちなみに、それ誰から聞いたか教えてもらっていい?」
「はぁ……? 誰からも何も、当の鴉羽さんが方々で吹聴していましたが」
……。
…………。
か ら す ば さ ん !!!
「で、どうなのでしょう? 事実なんですか?」
「いや……それは本当のことだけど……」
さすがに他のクラスの生徒にまで知れ渡ってるのは恥ずかしすぎる。
もう手遅れかもしれないけど、あんまり他所で言いふらさないよう鴉羽さんに釘を刺しておかなくちゃ……。
羞恥と脱力でしおしおになって机に突っ伏す僕の傍らで、梟城さんは大変不愉快そうに「事実なんですね……」と眉をひそめた。
「それを確かめに来たの?」
「はい。事実だとすれば聞き捨てならないことですから」
とメガネの端を指で持ち上げながら僕を見下ろす梟城さん。
まあ無理もない。彼女にとって、それは自分を打ち負かすという宣言に他ならないんだから。
「そっか、それはごめん……あんま人に広めるつもりはなかったんだけど……」
「いえ。私が個人的に不快に思うというだけで、あなたがそれをモチベーションに結果を出せるというなら正しいことだと思います。安易に謝らないでください」
「……そ、それはごめん」
どうやら梟城さんはこだわりの強い人らしい。
「それに、本日はその件でぜひ学びを得たくお声がけさせていただいたので」
「学び?」
他の人からしたら痛い惚気にしか思えないと思うけど、何か学び取れるものがあるんだろうか。
「はい。実は私、東京大学への進学を志望してまして」
「! 東大か……すごいね」
言わずと知れた日本の最高学府だ。この天空島高校は進学校というわけじゃないけど、梟城さんくらい頭が良ければ現実的な選択肢に入るんだろう。
「何かやりたい仕事でもあるの?」
「いえそれは……ちょっとプライベートなことなので」
あらら……踏み込み過ぎてしまったようだ。
「まぁともかく。そのためにはどんなことでも試してみる価値があると考えています。具体的には、恋愛をモチベーションにすることで学力にどのような影響があるのか、とか」
おっと、なんか話が怪しくなってきた。
「いや、別にモチベーションは人それぞれでいいと思うんだけど……」
「いえ、他ならぬ学年二位の古内裏さんが選んだやり方ですから。検証する価値はあると思っています」
机に手を置きずずいっと迫って来る梟城さん。きっと真面目な性格なんだろう、何でも自分の手で確かめたがるタイプだ。
「ですからこれから期末テストまで、よく観察させていただきたいのです。古内裏さんの学力が本当に――そ、その……愛の力……で向上するのか……」
堂々とした口調だった梟城さんの台詞が、最後の方は少し声が萎んでいき、顔を赤らめて視線を逸らしてしまった。いくら梟城さんでも面と向かって「愛の力」とか言うのは、やっぱり恥ずかしかったらしい。
でも困ったな。僕も自分の勉強があるし、期末テストが終わるまでこんな感じで纏わりつかれるのは勘弁願いたい。
家や図書館で勉強してもいいんだけど、学校だと分からないところをその日のうちに先生に訊けるというメリットがあるからなるべく移動したくないし……。
どうしたものかと悩んでいると――
「――話は聞かせてもらったよ」
突然本棚の陰から現れた人影が、その本棚に寄りかかるようにして芝居がかった台詞を口にした。
誰何するまでもない、鴉羽さんだ。
「まーた盗み聞きしてる……」
「違うってば。古内裏がまた知らない女子に手ぇ出そうとしてるの見かけたから様子を覗ってたの!」
ひどい言いがかりだ。
「それよりなっちー、いいところに目を付けたね。愛の力で頭が良くなるか、うんうんいいテーマだよ」
「は、はぁ……?」
突然の闖入者に梟城さんも困惑気味だった。
(「なっちー」というのは梟城さんのことだろう)
そんな梟城さんの様子を気にすることなく鴉羽さんは彼女に近づき、人差し指を立て「結論から言うとね」と説明を始めた。
「古内裏は次のテストできっと学年一位を取る。そういう意味では確かに愛の力で成績が上がったとも言えるよね」
「む……断定しているのは気に入りませんが、やはりその可能性は捨てきれませんか」
もっともらしい鴉羽さんの言い回しに、少し興味を惹かれた様子の梟城さん。
でもそこそこ「ヒナ歴」が長くなってきた僕には分かる。ああいう風にニヤニヤしてる時の鴉羽さんは、何か新しいオモチャを見つけた時の顔だ。
「けどおかしいと思わない? 単に彼氏彼女のためってだけなら、もっと多くの彼氏持ち彼女持ちがいい成績とってるハズでしょ?」
「た、確かに……!」
「でも現実はそうじゃない。それはなんでだと思う……?」
「な、なぜなんでしょう……?」
梟城さんがごくり、と緊張気味に唾を飲み込む。
「それはね……生半可な『愛』じゃあ足りないからだよ」
「足りない……?」
「そ。相手に『このコのためならめっちゃ頑張って成績上げなきゃ!』って思わせるくらい、強い愛情がいるってこと」
「愛情の強さがモチベーションに直結するというわけですね。確かに一理あるような……」
「でしょ?」
それっぽい話術にどんどんはまっていく梟城さん。
正直この子の将来がとても心配になってきた。
一方、鴉羽さんは相手が思うように術中へはまるのが面白かったのか、次第に身振り手振りが芝居がかった大仰なものになっていく。
彼女は真剣な表情から一転、びっと自分を親指で指さし、
「ま、つまり相手がアタシくらい魅力的じゃないと、男子のモチベがそこまで上がんないってワケ!」
と自分に酔ったようなことを言い出した。
さすがの梟城さんもこれには
「なるほど! ……なるほど?」
と、違和感を覚えたようだ。
これで正気に戻ったかと思いきや、そうやすやすと獲物を逃がす鴉羽さんじゃない。
相手に考えさせる暇を与えず梟城さんの両手を握る。
「だからね、愛の力で成績を上げるには女の子の可愛さが必要不可欠ってコト! というワケで、さっそくなっちーを魅力的に改造しよ~っ♪」
「え、ちょっと待ってください……! なぜそうなるんですか?」
だいぶ強引な鴉羽メソッドに疑問を呈する梟城さん。
けど鴉羽さんは「ちっちっち」と梟城さんの目の前で指を振り、
「ダメだよなっちー、なんでも『なぜ』『なに』『どうして』ばっかり考えてるだけじゃあね。さっきなっちーも『どんなことでも試してみる価値がある』って言ってたじゃん。成績上げたいんでしょ?」
「! 上げたいです!」
「なら、どんなことでも実践あるのみ!」
「はい!」
そうして梟城さんを言いくるめた鴉羽さんは、そのまま彼女の手を引いて図書室を後にしていった。
残された僕は知らんぷりしてても良かったんだけど……さすがに(梟城さんが)心配だったので、手早く教科書やノートを鞄に詰め込むと、二人の後を追いかけたのだった。




