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20B_鴉羽さんは照れている

 進路指導室からの帰り道、職員室に向かった鳩見先生と別れ、廊下を歩いていると――


「古内裏くん、さっきはありがとう」


 隣を歩いていた鷺ノ宮さんがおもむろに立ち止まり、深々と頭を下げた。

 長い髪が少し遅れて、はらはらと肩から滑り落ちる。


「え、お礼を言われるようなことはしてないよ」

「いいえ。貴方が止めてくれなければ、私は感情に任せてヒナの立場を危うくするところだったわ。本当にありがとう」


 いつになく真剣な声音で、頭を下げたまま微動だにしない鷺ノ宮さん。


「鷺ノ宮さんが僕に頭を下げるなんて、なんか怖いなぁ」

「……怒るわよ古内裏くん」


 その素直な感謝に照れと戸惑いを感じてしまい、ついおどけたら顔を上げた鷺ノ宮さんにじろりと睨まれてしまった。


 鷺ノ宮さんが「まったく……」と呆れた調子で溜め息を吐くと、それを合図に僕らは再び並んで歩きだした。


「こういうことって、前にもあったのよね」

「それって、鴉羽さんが友達の親御さんとかから『ああいう子と仲良くしちゃいけません』って言われてた、みたいなやつ?」

「……知ってたのね」


 前に鴉羽さんから聞いた話だ。小さい頃から鴉羽さんは同級生の保護者たちにあまりいい印象を持たれていなかったらしい。

 ということは、同じように教師陣の中にも鴉羽さんの派手な格好を疎んじる人がいただろうということは容易に想像がつく。


「私、小学校はヒナと同じところだったんだけど、中学からは籠乃森(かごのもり)学園に通っていてね。それでもヒナとはいつも一緒に遊んだりしてたんだけど……」


 私立籠乃森学園。隣の学区にある中高一貫の名門お嬢様学校だ。

 偏差値はこの天空島高校より高く、大学進学率も良かったはず。本来エスカレーター式に進学できる鷺ノ宮さんがわざわざこちらに入学してきたということは――


「何となく想像がつくよ。たぶんお嬢様校の先生に今回と同じようなこと言われたんでしょ?」

「他人の話のコシを折る人は友達ができないわよ? 古内裏くん」


 容赦なくバッサリと斬られ、よろめいた僕は廊下の壁に激突してしまった。

 言いづらいかと思って気を遣ったのに……。


「まぁその通りよ。それで煩わしくなった私はこっちの高校を受けることにしたんだけど……それを聞いた籠乃森の友達がすごい怒ってね。その子はヒナとも仲が良かったんだけど、私が転校することにした理由をヒナに教えちゃって、かなりひどい責め方をしたみたいなの」

「それはなんていうか……鴉羽さんを責めたってしょうがなくない?」


 転校を決めたのは鷺ノ宮さんの意思だし、そもそも教師だからって生徒が誰と仲が良くするか口をはさむ権利なんて無い。それを鷺ノ宮さんが煩わしく思うのも当然のことだ。


「もちろんそうよ。だけどその子にとっては、ヒナが原因で私が転校することになったっていう表面的な事情だけが事実だった。そしてヒナも……表面上は気にしてない風だったけど、内心では結構気に病んでたと思うの」

「まぁ……」


 そうかもしれない。鴉羽さんだって何を言われてもへっちゃらというわけじゃないし、彼女自身、自分のせいで鷺ノ宮さんが名門校から去ることになったと考えていても不思議じゃない。


 それだけに、もし先ほどのように鴉羽さんのことを発端として鷺ノ宮さんが校長先生に食って掛かり、その評価を下げていたら――


「だから古内裏くんが止めてくれなかったら、私は危うくまたヒナに同じ思いを味わわせるところだったわ。貴方は恩人ということね」

「恩人って……僕も腹が立っただけだよ。あそこで鷺ノ宮さんに暴れられたら僕が何も言えなくなっちゃうし」


 感謝されるのがむず痒くて少し冗談めかした言い方をすると、鷺ノ宮さんも少し口元を緩めた。


「腹が立ったから『学年一位を取る』なんて大それたことを言ったの?」

「うん。怒りに任せてつい、ね」


 僕が答えると、鷺ノ宮さんはくすりと零して、


「変な人ね」


 と笑みを見せたのだった。




 その後、僕と鷺ノ宮さんが教室に戻ると他に誰もいなくなった教室で鴉羽さんが待っていた。


 僕らが教室に入ると「二人ともおつかれー」と笑って立ち上がる鴉羽さん。けど気のせいか、何だか少し元気がないようにも見えた。

(いつもなら「おっつかれーぃ♪」くらいの勢いでくるのに)


 でも本人が何でもない風を装ってるんだし、その場では特に追求しないでもう帰ることにする。

 予想外に時間を取られたため三人で遊ぶ予定はキャンセルし、鷺ノ宮さんとは校門前で別れた。

(ひとりで帰る日は家から車を回してもらってるらしい。さすがはお嬢様だ)


 それからしばらく、鴉羽さんと二人で帰りの通学路を歩いている。

 普段なら鴉羽さんがあれこれと話しかけてくるところなんだけど、今日に限ってはひと言も発さないまま黙ったきりだ。


 けれど時折、何かを言いたそうに口を開く気配は感じる。

 鴉羽さんと付き合って二ヶ月以上、僕にも少しだけ鴉羽さんの行動のわけが分かるようになっていた。


「……鴉羽さん、進路指導室での話を聞いてたんでしょ?」


 呆れた調子でそう指摘すると、鴉羽さんは肩を跳ねさせ分かりやすく動揺を見せた。


「あ~、あはは……バレてたか」

「バレてたっていうか、なんか様子が変だからさ」


 笑って誤魔化す鴉羽さんに、じっとりした視線を送る。


 今までも鴉羽さんはこっそり僕に近づいてきて、様子を覗いたり会話を盗み聞いてることが何回かあった。

 その前科を踏まえれば想像するのは容易いことだ。きっとこっそりついてきてドア越しに聞き耳を立ててたんだろう。


「案外いたずらっ子なんだね、鴉羽さんは」

「お茶目なアタシに惚れ直した?」


 とおどけるものの、その態度にもぎこちなさがある。


「校長先生が言ってたことなら気にしなくていいと思うよ。完全な言いがかりだし」

「うんにゃ、あんなん全然ノーダメよノーダメ。まぁコンニャローとは思ったけどね」

「そうなの? なんか中学の時にも同じようなことがあって、友達から結構ひどいこと言われたって聞いたんだけど……」

「え、それマリから聞いたの? やだなーもう……」


 そう言って鴉羽さんは恥ずかしそうに頬をかいた。


「別にホントに気にしてないよ。てかそん時はアタシが何か言う前にまゆぴがキレて大変だったからね。相手に飛びかかろうとするの止めるのに精一杯で、ヘコんでる余裕も無かったなぁ」


 隼瀬さんもその場にいたのか。負けん気の強い彼女のことだから、友達が言いがかりをつけられて黙っているなんてことはなかったんだろう。


「もちろんアタシのせいでマリに迷惑かけたなーって落ち込んだこともあったけど、そんなのくよくよしてても仕方ないじゃん? マリがアタシの()()()名門を蹴ってこっちに来たなら、その価値があったなって思えるようなメチャ楽しい高校生活にするしかないっしょ! うじうじ悩んでばっかいたら、それこそ友達がいのないヤツになっちゃうしね」

「う~~~ん、鴉羽さんらしい……」


 どうやら本当に心配するほどのことでもなかったようだ。

 それならそれでひと安心なんだけど……。


「ん? てことはさっきから何をそわそわしてたの?」


 そっちの疑問は残ったままだ。


「なんか妙に落ち着きがないっていうか、態度がおかしかったと思うんだけど」

「あー、あはは……言わなきゃダメ?」

「ダメっていうか気になるし……」


 やんわりと先を促すと、鴉羽さんは両手の人差し指を合わせて照れたように俯いた。

 なんで今日に限ってそんなに乙女なの……?


「だってさ……校長に文句つけられた時、マリはソッコーでキレそうになるし。古内裏は言い返しただけじゃなくアタシのために学年一位取るとか言い出すし。えっ、アタシ超愛されてるっ!?って思ったら、なんかこう、恥ずかしくて……」


 と言い終わるや「言わんせんなよなー」と身体をぶつけてくる鴉羽さん。照れ隠しだからか、いつもよりだいぶ勢いが強い。


 けどそうか。言われて気付いたけど、確かにあれって「鴉羽さんを守るために学年一位を取る」って宣言したも同然なのか。

 そう考えると、確かにちょっと気恥ずかしさがこみあげてくる。


「でも庇ってくれたのは嬉しかったよ。ありがとね、古内裏」

「うん、まぁ、どういたしまして……」


 まんまと恥ずかしさを感染させられた僕も、そっぽを向いて答えるしかないのだった。


「まぁ、それもこれも古内裏に『学年一位を取る!』とまで思わせちゃうくらい罪作りな、雛乃ちゃんの魅力が為せる技だけどね!」

「うーん、事実だから否定しづらい……」

「人がボケてんだからツッコめよ! そういうとこだよ古内裏ぃ」


 そう言って軽く僕の肩を殴る鴉羽さん。

 何にせよ、彼女が気に病んでないのならそれは良かった。




 でも、これで終わりじゃない。


 校長先生に自分の考えが間違ってると知らしめるためには、あと一手が必要だ。


 その一手に使うものを買うため、駅で鴉羽さんと別れた僕は、そのまま近くのドラッグストアへ向かったのだった。



   ◆



 そして翌日。

 とある事情から始業ギリギリの登校になってしまった僕が教室の扉を開けると、すぐ近くにいた幡谷くんが反応してこちらを見た。


「よーっすナベ。今日はおせーな……っておまっ、どうしたんだそれ!?」


 幡谷くんの驚く声で、教室の視線が僕に集中する。


「うん、ちょっとね」


 僕は涼しい顔で応えて見せた。


 幡谷くんが驚くのも無理はない。

 いつも教室のすみにいる陰キャな僕……そのはずが、登校してきた僕の耳には銀色に輝くピアスがはまっていたのだ。

(といっても派手なものではなく、いわゆる「ファーストピアス」というやつだけど)


「どーいう心境の変化だよナベ……」

「心境の変化ってほどじゃないけど……耳に穴が開いてても学力や素行には何も関係ないって教えてあげたい人がいてね」

「誰だよそいつ?」


 片眉を上げて疑問を投げる幡谷くんに、曖昧な笑顔で誤魔化す僕。

 すると騒ぎを聞きつけた鴉羽さんがやって来て、僕の耳に視線を向けた。


「古内裏、それ……!」

「似合うかな?」


 鴉羽さんが何かを言う前に、とぼけたように肩を竦める。


 彼女は何かを言おうと口を開き、けれどそれを呑みこんで、はにかむように俯くとぽつりとひと言だけ、


「……もう、それはかっこつけすぎでしょ」


 と零した。


 それだけで意図が伝わったことが分かり、僕もニッと笑ってみせる。


 釣られたように鴉羽さんも笑顔になり、状況が呑みこめずに首を傾げる幡谷くんの横で、僕らはしばらく可笑しそうにくすくすと二人だけの空間をつくっていた。


「でも古内裏、ひとつだけ言っていい?」

「ん、何?」


 急に少し真面目な声音になった鴉羽さんが、ポケットから折りたたみの小さな鏡を取り出すと、それを両手で持ち僕の方に向ける。


 何事かと思って覗き込むと――


「耳、めっちゃ腫れてる」

「えぇーーーーっ!?」


 思わず叫び声をあげてしまった。

 鴉羽さんの言う通り、ピアスをしている耳たぶが真っ赤になって腫れあがっていたのだ。


「通りでめちゃくちゃ痛いと思った……今朝はこんなことになってなかったのに……!」

「あっはっはっは! やせ我慢してあんなかっこつけてたの?」


 慌てて鏡の中をよく観察する僕と、それを面白がる鴉羽さん。


「もー、それピアッサー使って自分で開けたでしょ? 消毒が甘かったか、アレルギーかなぁ。とりあえず放課後まで様子見て、腫れが引かなかったら病院行こっか」

「はい……」


 こんな感じで、目一杯格好をつけた僕のピアスデビューは、何とも締まらない形で幕を閉じたのだった。


 鷺ノ宮さんが話していたエピソードについては、裏側をXで紹介しています。

 ハッシュタグ「#つよギャルこぼれ話」で読めるので、よければそちらもご覧ください!

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