20A_古内裏くんは宣言する
僕が鴉羽さんと付き合い始めて二ヶ月と少しが経ち、じき期末テストを迎えようかという頃。
「古内裏くんと鷺ノ宮さん、この後ちょっと残っていただけますか?」
帰りのホームルームが終わったところで、担任の鳩見先生に声をかけられた。
意外な組み合わせだ。一体何の用事だろう?
そんな疑問を抱きながら教壇まで行くと、鷺ノ宮さんと一緒に鴉羽さんもくっついてきた。
「なーにハトちゃん、アタシの親友と彼氏が何かやらかしたの?」
並んで立つ僕と鷺ノ宮さんのあいだからひょこっと顔を出して尋ねる鴉羽さん。
その気さくな態度に鳩見先生が、
「もう、何度も言ってるじゃないですか。『鳩見先生』です!」
とぷりぷり怒りながら呼び方を訂正する。
鳩見先生はともすれば女子小中学生に間違えられそうなくらい小柄で童顔な上、ちょっとしたことで笑ったり慌てたり怒ったりと中身も子供っぽいので、生徒のほとんどに舐められ……もとい親しまれているのだ。
「古内裏くんと鷺ノ宮さんに学校からお話があるそうなので、進路指導室に来て欲しいと言われたんですよ」
「学校から?」
なんだろう? 僕も鷺ノ宮さんも呼び出しを食らうほどの問題を起こした憶えはないし、まだ一年の一学期だというのに進路指導室というのも妙だ。
「なんかアヤシ~な~。何の用か聞いてないのハトちゃん?」
「鳩見先生です! 詳しくは向こうで話すそうなので、すみませんが一緒に来ていただけますか?」
「それは構いませんが……」
と言いつつ、僕も鷺ノ宮さんも困惑顔だ。
「鳩見先生、誰が僕たちを呼んでるんですか?」
「ハトちゃんです! あ、間違えた……鳩見先生でいいです。呼び出したのは校長先生ですよ」
「校長先生?」
ますます意味が分からない。
意外過ぎる呼び出し相手の真意を測りかね、僕たち三人は顔を見合わせたのだった。
◆
進路指導室は一般教室と同じくらいの広さがあり、壁一面に備えられた本棚やラックに様々な大学のパンフレットや赤本などが収められている。
中央には向かい合わせになった長机と椅子が置かれていて、その片側に二人の人物が座っていた。
禿頭にひげを蓄えた人が校長先生(名前は知らない)、隣にいるメガネの男性が確か進路指導の富岡先生だ。
扉を開けて僕らが入っていくや否や、校長先生は豪快に笑って歓迎するように両手を広げた。
「がっはっは! よく来てくれたなァ。さ、まずは座ってくれたまえ」
「はぁ……失礼します」
僕と鷺ノ宮さん、そして鳩見先生は進められるがまま席に着く。ちなみに鴉羽さんは教室でお留守番だ。
「それで、本日はどういったご用件でしょうか……?」
鷺ノ宮さんが問いかけると、校長先生はニィっと笑うと、
「そんなに緊張せんでもよろしい。君たち二人にとって悪い話ではない、むしろ良い話だぞ?」
「良い話?」
「うむ」
そう言うと校長先生は隣に座る富岡先生に目配せした。それを受けて富岡先生が説明を引き継いで話し始める。
「君たちは来年度からわが校に特進クラスが新設されるのは知っているかな?」
「特進クラス?」
「そう。難関大学への合格率向上を目的として、より高度で洗練されたカリキュラムを組んだエリートクラスだ」
誇らしげにメガネをクイっと直す富岡先生。
僕らが通うこの天空島高校は一学年十クラスの規模を誇るマンモス校だ。
それだけ多くの生徒がいれば自然と勉強が得意な人、不得意な人がそれぞれ相当数集まるわけで……確かに各生徒の実力に見合った授業が受けられるのは合理的かもしれない。
「本来、特進クラスは来年度に入学する新一年生向けに設置される予定なんだが、新二~三年生……つまり君たちだね。在校生向けにも同じ仕組みを導入してはどうかという意見がでたんだ。それで各クラスの成績優秀者にヒアリングして、特進クラスへの転科希望者がどれくらいいるか調べているというわけさ」
なるほど、ようやく概要が見えてきた。
ただ今は一年の一学期。まだ志望大学も決めていない段階なので、すぐに答えを出すのは難しい。
富岡先生もその辺りは承知の上なのか、
「ああ、とは言っても君たちにとって進級や受験はまだ先のことだろう。別に今すぐ決めなくちゃいけないわけではないよ」
と笑って補足した。
「う~ん……お話はわかりました。少し考えたいと思います」
表面上はそう答えつつ、実際のところ僕も鷺ノ宮さんもそれほど特進クラスに興味は湧かなかった。
そこまで難関の大学を目指しているわけでもないし、何より特進クラスに進んだら鴉羽さんと離れ離れになってしまうかもしれないのだ。
そんな僕らの態度が、やる気の無さとして映ったんだろう。
思ったほど反応が良くなかったことで気を悪くしたのか、富岡先生の隣に座って話を聞いていた校長先生が「ウオッホン!」とわざとらしく咳払いをして場の注目を集める。
「富岡先生はこう言ってるが、進学を考えているなら今のうちから準備を怠ってはいかんぞ? 大学受験は高校三年間でどれだけ努力を重ねたかが如実に表れる! 特進クラスに入るかは君たちの自由だが、まだ先のことだと思って気を抜いていたら、そのツケは将来の自分が支払うことになるからなァ」
「こ、校長先生……この二人に限ってそんな心配はありませんよ。この子たちは前回の中間でも学年二位と二十一位だったんですから」
不機嫌さを滲ませる校長先生を宥めるように、鳩見先生がフォローを入れてくれる。
しかし校長先生はそんな鳩見先生をじろりと睨み、委縮した先生は「ぴゃっ」と縮こまってしまった。
校長先生はフンと荒く鼻息を吹かせる。
「そういえば君たちは一年の……何という名前だったか……鴉羽?とかいう女子生徒と仲が良いそうだな?」
突然鴉羽さんの名前を出され、鷺ノ宮さんがぴくりと反応するのが分かった。
「ピアスもだらしない服装も校則に反しとる。わが校は自由な校風を標榜しているからあまりうるさいことは言わんが……君たちも付き合う相手はちゃんと考えにゃあかん。あァいうチャラチャラ遊んでばかりの人間といたら、今の成績を維持するのもひと苦労だろう」
校長先生が口にしたその言葉に、別に悪意は感じなかった。
この人はきっと本気でそれが僕たちのためだと思っていて、自分の考えが間違ってるなんて微塵も疑っていないんだろう。
でもそれはあまりにも鴉羽雛乃という人間を無視した意見だ。
鳩見先生も、本来校長先生側だったはずの富岡先生も、唖然とした表情で校長先生を見ていた。
何より、以前鴉羽さんが話していたように、こうやって上辺だけでひととなりを判断するのは幼い彼女を傷つけたものと同じ行為。
僕でも知っているそんなことを、付き合いの長い親友が知らないはずも無かった。
「貴方っ――ひゃあ!?」
椅子から立ち上がりかけた鷺ノ宮さんが、突然変な悲鳴を上げた。
このままじゃ校長先生に食って掛かってしまうと思い、僕が咄嗟に彼女の手を握ったせいだ。
「あ、ごめん鷺ノ宮さん。手が触れちゃった」
しれっと小声で謝る僕に、「貴方ね……」と非難の視線を向ける鷺ノ宮さん。
けど仕方ない。ここで校長先生に楯突いたところで、そういった素行の悪さもすべてが「鴉羽さんと付き合ってるせい」ということにされてしまうだろう。
それならどうすればいいのか。
僕は努めて平静を装い、口を開いた。
「ご心配はありがたいんですけど、校長先生が心配してるようなことはありませんよ。僕も鷺ノ宮さんも、鴉羽さんに勉強を教えることで自分の復習になりますし、第一彼女も結構成績はいいんです」
「む、そうなのか? まァ確かにそういう面もあるかもしれんが……しかしだね君ィ、あちこち遊びに連れ回されとるのも事実だろう? 勉強時間が削られて迷惑しとるんじゃァないのかね?」
「いえ、むしろ毎日が充実してるおかげで、より勉強にも身が入っているくらいです」
疑うように僕を見る校長先生に、毅然とした態度で答える。
そしてなけなしの演技力でにっこりと笑顔を作ると――
「おかげで、次の期末テストは学年一位が取れそうですよ」
できるだけ朗らかに聞こえるように、しかしはっきりと宣言した。
両隣で鷺ノ宮さんと鳩見先生がぎょっとしているのが分かる。
校長先生もきょとんと呆けた顔になっていた。
けどこれでいい。簡単なことだ。
もし成績不良が鴉羽さんのせいにされてしまうのなら、その逆。
鴉羽さんといることが、僕らにとってプラスに働くということを証明してみせればいい。
校長先生にとっては生徒の学力が向上して進学率が良くなり、結果として自分の評価が上がりさえすれば文句はないだろう。
その証拠に一瞬呆けていた校長先生は僕の宣言を聞くなりすぐ上機嫌になって、
「がっはっは! そうかそうか、それは頼もしい! 君ィ、小平くんだったか? 結果を出してくれることを期待しとるよ」
と笑顔すら見せた。単純なものだ。
「それでは、私たちはこれで失礼する! 二人とも、特進クラスのことは親御さんともよォく相談しておくように! ではな」
結局言いたいことだけ言い終えると、もうここに用はないと言わんばかりに立ち上がる校長先生。
そんな彼の後を慌てて追う富岡先生と共に、進路指導室を後にしていったのだった。
今回はちょっとシリアスなお話。
続きます!




