19A_乙姫ちゃんはおでかけする
金曜日の夜。
僕が自室でFPSのマッチを終え、ヘッドホンを外して振り返るとすぐ後ろに乙ちゃんが立っていた。
「うわぁっ!?」
何の気配も無かったので、驚いた僕は悲鳴を上げてしまう。
「乙ちゃん……こっそり後ろに立つのは止めてって言ったでしょ……」
「おにいがゲームしてたから待ってた」
「そうなの……それは待たせてゴメン」
つい謝ってしまったけど、それなら真後ろじゃなく漫画でも読みながら待っててくれたらいいのに。
一体何の用かと思っていると、乙ちゃんは「ん」と一枚のチラシを目の前に突き出してきた。
「なにこれ、町内会・商店会合同スタンプラリー……って乙ちゃん、これふたつくらい隣の駅のイベントだよ?」
「ここ、ここ見て」
「んーと……景品は『フォーライオ』缶バッジ……これが欲しいの?」
問いかけると、乙ちゃんは鼻息荒くぶんぶんと首を縦に振った。
フォーライオというのは様々な二頭身マスコットを世に送り出しているキャラクターブランドのことだ(正式には「R4io」と書く)。可愛らしいキャラクターグッズを数多く展開していて、子供から大人まであらゆる年代の女性に圧倒的な人気を誇る。
女児向けアニメを卒業した乙ちゃんも、フォーライオにはまだまだご執心な様子。
でもまだひとりで電車に乗れないから、僕に連れてって欲しいということだろう。
「まぁいいよ。明日は土曜日だし一緒に行こうか」
「……!」
そう了承すると、興奮した乙ちゃんは僕に飛びついてきて頭をぐりぐりとこすり付ける。これは彼女なりの感謝と喜びの表れだ。
「それじゃあ明日に備えて、今日はもう寝ようね」
「今日はおにいの部屋でねる」
「じゃあ僕は乙ちゃんの部屋で寝ようかな」
そう言うと、ぶすっとした乙ちゃんががんがんと頭をぶつけてきた。これは彼女なりの不満と怒りの表れだ。
でも仕方ない。
乙ちゃんは可愛い可愛い妹だけど、一緒に寝ると死を身近に感じるくらい寝相が悪いのだ。
◆
そして翌日。
まだ朝も早い時間から、僕と乙ちゃんはふたつ隣の駅前にある商店街を訪れていた。
「ふぁ……」
と大きなあくびがでる。
昨晩は結局どこで寝ても乙ちゃんが潜り込んでくるので、あまり眠れてないのだ。
「おにい、はやくはやくっ」
興奮気味に僕の手をぐいぐい引っ張る乙ちゃんは実に楽しそうだ。
それだけでも来た甲斐があると思えて、ふっと口元が緩むのを感じた。
すでにスタンプは残りひとつを除いて集め終わっている。
残すは終点、商店街のはずれにある自然公園で押すことができ、景品もそこで貰えるらしい。
「乙ちゃんちょっと待って。最後のひとつに行く前に何か歩きながら食べられるものでも買おうか。あと父さんと母さんのお土産にするお菓子でも探そうかな」
「たべる」
こういう催しは商店街に人を集めるためのものなので、景品だけ貰って帰るのはさすがに気が咎める。
僕は商店街を離れる前にお土産の焼き菓子を買い、店先で売られている串焼きとフルーツジュースを注文して半分を乙ちゃんに渡した。
それらを食べながら自然公園まで行くと、そこにはいくつか日よけのテントが設営されていていてスタンプ台と景品の交換所になっていた。
串焼きを食べ終わった乙ちゃんはさっそくスタンプ台まで走っていくと、残りひとつのスタンプをシートに押す。これで全種類コンプリートだ。
「はい、お疲れ様。景品はあっちで交換してもらってね」
テントにいた人の良さそうなおばさんが隣のテントを指さす。
景品はそちらで配っているらしく、既にちびっ子たちによる人だかりができているようだった。
乙ちゃんを連れてそちらへ向かうと――
「はい、みんな押さないように! バッチは無くならないから焦らなくてもだいじょぶだよん♪ はい、よく集めたねーがんばったの? えらいえらい、きゃわいいねぇ、ご褒美にちゅーしちゃおうかな。むちゅちゅちゅちゅー♪」
そこには未就学~小学校低学年くらいまでの子供に囲まれ、猫なで声で対応に当たる鴉羽さんの姿があった。
ラフな私服姿の上から他のスタッフと同じベストをつけ、景品の缶バッチを配りながら頭を撫でたりほっぺたにキス(する真似を)したりしてる。
「あ、おねえ」
という乙ちゃんの声が聞こえたのか、ふと顔を上げこちらに気付く鴉羽さん。
「あ、ヒメちゃーん……と、古内裏……!?」
子供に囲まれ緩み切ったところを見られたためか、鴉羽さんは僕の姿に目を留めた途端すこし焦った様子を見せる。
「なんで古内裏がここに……!?」
「こんにちは鴉羽さん。妹がスタンプラリーに行きたいって言うから連れて来たんだ」
「そ、そうなんだ……よんリオ好きなんだねヒメちゃん」
「うん、好き」
ふんすっ、と鼻息荒く乙ちゃんが答える。ちなみに「よんリオ」というのはフォーライオの通称だ。
「スタンプも集めた」
「お、すごーい。はい、じゃあこれ景品ね」
「……!」
乙ちゃんは缶バッジを受け取ると、鴉羽さんにどんとぶつかり頭をごしごしこすり付ける。鴉羽さんはそんな乙ちゃんの頭をよしよしと撫でていた。
「鴉羽さんはアルバイト?」
「いんやボランティアだよー。この辺地元だからさ、人手が足りないからって急に頼まれちゃった」
「そ、それは大変だね……」
そんなことを話しているあいだにも、鴉羽さんの周囲には大勢の子供が集まったままだ。
よく見ればほとんどの子は既に缶バッジを手にしていて、景品の交換を終えている。
にもかかわらず鴉羽さんから離れないのは、単にもっと遊びたいからだろう。どうやら鴉羽さんは子供にも大人気らしい。
「おねえちゃ~ん、バッジつけてー」
「ん~、服につけると痛んじゃうからなぁ。リュックの紐のとこにつけよっか」
「お腹すいた~……」
「食べ物はないけど飴ならあるよ。あっちのおばちゃんからもらったやつだけどね」
「おねえ、次はいつうち来る……?」
「毎日でも行きたいねぇ。あ、でも今度はヒメちゃんをウチに連れてっちゃおうカナ??」
わちゃわちゃと群がる子供たちにしゃがんで目線を合わせ、ひとりひとり丁寧に対応する鴉羽さん。
子供たちはけっこう無遠慮に手や服を引っ張ったりしてるけど、嫌な顔ひとつしないで優しく相手をしている。
そんな様子を眺めていると、ひとりの女の子が鴉羽さんのシャツの襟元をぐっと掴んだ。
そのせいで胸元が大きく広がり、立っている僕の位置からだとモロに中が見えてしまう――!
まずい、と思いつつ視線を外すのが遅れてしまい、
「おねえ、おにいがおっぱい見てる」
「え?」
「!!」
乙ちゃんにそう指摘された鴉羽さんが、じとっとした目で僕を見上げた。目と目が合い、一拍遅れて僕はさっと視線を逸らす。
「いや、もう遅いから」
「…………はい」
鴉羽さんは特に慌てる様子もなく、優しい口調で「ごめんねぇ、すぐ近くにえっちなお兄ちゃんがいるからちょーっと放してね」と襟元を掴んでいた女の子の手を外すと、すっと立ち上がった。
自然、子供たちの視線も僕に集まる。
「えっちなお兄ちゃんだって」
「い~けないんだー」
「けーさつに言っちゃおうか?」
「おにいが悪い」
ひそひそがやがやと話す子供たち。
そんな中、鴉羽さんは
「アタシ、あとちょっとで休憩だから。逃げんなよー?」
とニヤニヤ顔で容赦なく僕を指さしたのだった。
二話連続、古内裏くん死す!?
続きます!




