18B_古内裏くんは裁かれる
「えー、ではこれよりナベによる鴉羽雛乃独占禁止法違反の裁判を始める」
「え~……?」
ボウリング場併設のカラオケブースにて、幡谷くんを裁判長とした謎裁判が開廷された。
僕は逃げられないように一番奥に座らされ、その周囲を六人の男子がガッチリとガードしている。
全員が深刻そうな顔をしていて、室内の空気も重苦しい。まるで今から魔女のサバトでも始めるような雰囲気で、とりあえずこのまま黙っていたらまずそうだということだけはよく分かった。
「いやいやいや、ちょっと待って……!? 何その法律、聞いたことないんだけど」
「被告人、発言は挙手してからするように」
裁判長に注意され、僕は仕方なく「はい」と手を挙げるものの、すぐさま「却下する」と取り下げさせられた。公平性の欠片もない……!
僕の抗議は一切受け付けられることのないまま、謎裁判の冒頭手続きが始められるのだった。
「被告・ナベは学校のアイドル的存在と言える鴉羽雛乃と付き合い、独占するという私利私欲に塗れた行為に走った。これは許されざることであり即刻死刑に処するべきである」
「異議な~~~し!」
起訴内容の読み上げから求刑、判決までが実にスピーディに展開していき、他のクラスメイトも揃って賛成を表明する。
このままでは本格的にヤバそうだと思ったその時――
「異議あり!」
僕の斜め向かいに座っていた稲葉くんがさっと手を挙げた。
(稲葉くん……!)
彼の毅然とした姿勢に、僕は微かな希望の光が射すのを感じた。
何を隠そう稲葉くんは入学直後のカラオケ会で唯一、僕が属する「盛り下げ陣営」に加わってくれたとてもいい人なのだ。
その彼が弁護してくれるなら、もう大丈夫――
そう思ったのも束の間、
「ひと思いで楽にするのはヌル過ぎるので、もっと苦しめるべきだと思います!」
「それもそうだな。うむ、採用!」
稲葉くぅぅぅぅん!?
まさかの裏切りに驚愕しながら彼を見ると、それに気づいた稲葉くんがふっと邪悪な笑顔で応えた。爽やかイケメン稲葉くんの腹の中には今、どす黒い感情が渦巻いているようだ……!
とにかくこのままじゃまずい!
「みんな落ち着いて……! 大体、何をそんなに怒ってるのさ。もしかしてここにいる全員、鴉羽さんのことが好きだったの……?」
「ナベよ……好きとか好きじゃないとかは関係ねぇんだ。可愛い女子がいたらワンチャン付き合いたい……そう思うのが男ってもんだろ……!?」
幡谷くんがぐっとこぶしを握りながら力説し、他の男子もうんうんと頷いている。
う~~~ん……まぁ分からないでもないような……?
「あと単純に妬ましい!」
「そうだそうだ!」
「幸せ者に死を!」
と思ったら本音をぶちまけてきた。一瞬でも共感しかけた僕が馬鹿だったようだ。
「つーわけだ。言い逃れなんてできると思うなよナベぇ?」
「うわわわっ!?」
隣に座っていた幡谷くんがニヤリと笑い、僕の頭を腕で拘束する――所謂ヘッドロックをかけてきた。
加減してくれているから痛くはないけど、身動きが取れなくなる。
「ぐえぇぇ……待って待って、妬ましいとか言ってるけど幡谷くんとか稲葉くんの方が絶対に僕よりモテるよね!?」
「うるせー! この場じゃそんなこと関係ねぇんだよっ……! お前一年の……いや学校中の男子の何人が鴉羽のこと狙ってると思ってんだ。その鴉羽と付き合うって、どういうことか分かってんのか?」
「それは――」
ちょっと考えたことがある。
言うまでもなく、鴉羽さんは美人で面白くて気さくで人当たりもいいから、男子には絶大な人気がある。
それこそ学校中の男子に好かれていると言っても過言じゃない。
その中にはきっと、僕より鴉羽さんに相応しい人だっていることだろう。
鴉羽さんにとっては遊びで付き合ってるとはいえ、ある意味で僕という存在は、彼女からそういった人々と出会う機会を奪っているとも言えるわけだ。
でも――
「だからって……譲るつもりはないねっ……!」
ヘッドロックをかけられた無様な姿勢から、それでも僕は幡谷くんを見上げて笑ってみせた。
「どんな理由だろうと、今一番鴉羽さんの近くにいるのは僕なんだから。卑屈になって身を引くより、他の男子を全員押しのけてでも選んでもらえるように頑張るのが男ってもんじゃないかな……!?」
先ほどの幡谷くんの真似をしてそう言い返すと、僕の頭を押さえる幡谷くんの力が僅かに弱まるのを感じた。
見れば他のみんなも、驚いたような意外そうな顔で僕のことを見ている。
あまりにもクサい台詞に白けたのか、それともあまりにも生意気な言に呆気にとられたのか、正直僕ではうかがい知ることはできない。
あるいは折角仲良くなれたと思った彼らとの友情も、早くも幕を下ろすことになったのかもしれない。
そう覚悟を決めたところで――
「おいおいおい、言うじゃねぇかナベ! びっくりして固まっちまったよ」
ヘッドロックを解いた幡谷くんが興奮気味に僕の肩をばしばし叩く。その表情は実に面白そうに笑っていた。
「ホント驚いたよ。意外と強欲なんだね、ナベくん」
稲葉くんも茶化すように言いながら笑顔を見せる。他のみんなも口々に「意外だ……!」「これが彼女持ちの余裕なのか……?」「くうぅぅぅ……」と驚いたり悔しがる素振りをしつつも、さっきまでの断罪ムードはきれいさっぱり霧散していた。
「お前がそんだけ覚悟決めてんなら、俺らから言うことは何もねぇよ。せいぜい他の奴に取られないよう頑張れよな!」
「うん、少なくともここにいる俺たちは応援してるよ」
「二人とも……」
どうやらみんな、僕の覚悟のほどを確かめようとこんな場を設けたようだ。
その事実が頭に染み渡ってくるにつれ顔がだんだんと熱くなり、目元にもぐっとこみ上げてくるものを感じる。
僕は一度みんなの顔を見回して、
「ありがとうみんな。みんなの応援に答えられるよう、頑張るよ」
と応えた。
そうしてその場の全員と、ガシっと熱い握手を交わす。
いつも教室のすみにひとりでいた陰キャな僕――そんな僕と鴉羽さんの仲を応援してくれる仲間の存在に、僕は心から勇気が湧いてくるのを感じたのだった。
……。
…………。
その後。
「よーし、そんじゃいい感じに話も纏まったところで、そろそろ始めるか。ナベ、こっちこいよ」
ぱんっ、と両手を打ち合わせた幡谷くんに促され、僕はモニター前の開けたスペースに移動した。
何のことだろうと思ったけど、思い出してみればここはカラオケのブースだ。
無事に謎裁判も終わったことだし、せっかくお金を払っているのだからそろそろ何か歌わないと勿体ない。
実はここ最近、僕は鴉羽さんお勧めの曲をいくつか聴いていたこともあり、少ないけど持ち歌ができている。
トップバッターは恥ずかしいけど、これは僕を勇気づけるためにみんなが開いてくれた催しだ。ひとつ、何かアップテンポな曲でも歌って場を盛り上げるのに貢献してもいいかもしれない――
そんなことを考えていた僕の両脇に、たくましい幡谷くんの腕が回された。
「あれ?」
突然羽交い絞めにされ困惑していると、
「さ~てナベくん。楽しい処刑タイムの始まりだよ」
と稲葉くんが僕の正面に立ち、両手をわきわきと動かした。
十本の指がそれぞれ個別に意思を持つかのようにうねり、僕はたらりと冷や汗を垂らす。
「ちょっと待って。僕のこと応援する空気になってたんじゃ……?」
「それはそれ、これはこれだぜナベ」
「うん。応援することにはしたけど、妬ましい気持ちは消えないからね」
「ちょっちょっちょっ、ちょっと待って……!」
僕は身体を捻って抵抗するものの、さすがに運動部エースの幡谷くんに力で敵うはずもない。
それでも必死に抗う僕をあざ笑うかのように、ほの暗い笑みをたたえた稲葉くんがじりじりとにじり寄ってくる。
「「さあ、覚悟しろよナベ(くん)~~~!」」
「まっ、イヤアアアアアアアアアアアアアっ!!」
こうして完全防音のカラオケブースに、僕の悲鳴が響き渡ったのだった。
◆
退店の時間が来る頃、僕はブースの長椅子でびくびくと痙攣しながら横になっていた。
「お、おぅ……すごい有様だねナベくん」
こちらの様子を見に来た雀田さんが引き気味に笑い、僕の脇腹をつんと突いた。
途端――
「あひぃぃんっ!!!♡」
長椅子の上でびくりと跳ね上がる僕。息も絶え絶えになるくらいに散々くすぐられたため、ものすごく敏感になっているのだ。
「ちょっと……触らないで雀田さん……」
「あっははは! ごめんごめん!」
元気よく笑って誤魔化す雀田さん。
「でもナベくん、やっぱ面白いねぇ! 鴉羽ちゃんがイジりたくなる気持ちもわかるよ」
「そうでしょうそうでしょう。みんなももっと古内裏で遊んでいいからね」
ん?
なんか聞き捨てならない台詞が聞こえたかと思ったら、突然脇腹をわしゃっと鷲掴みにされた。
「にゃひぃぃぃん!!!♡」
再び飛び起きた僕は、「ちょ、ちょっと!」と抗議の視線を雀田さんに向ける。
けど、そこにいたのは――
「よっすー古内裏♡ 楽しんでるみたいだねぇ」
「鴉羽さん!?」
なぜか鴉羽さんが、ひらひらと手を振っていた。
「どうしてここに……」
「いやぁ、古内裏のひとり立ちデビューが気になってさぁ。来ちった♪」
「来ちゃったって……何か用事があったんじゃないの……?」
「いや、結構前から混ざってたよ鴉羽ちゃん」
「ボウリングの2ゲーム目あたりにはもういたよな」
と教えてくれた。
つまり用事があるというのは嘘で、すぐに僕らの後をつけてきたということらしい。嘘でしょ……?
「古内裏ってば最愛の彼女がすぐ隣にいたのに全然気づかないんだもんなぁ」
鴉羽さんが大げさによよよと泣き真似をするけど、だったらもっと早く(裁判が始まる前に)助けてくれてもよかったのでは。
僕は釈然としないものを感じつつ身体を起こす。
「ま、とにかくもう帰ろうぜ。俺ら先行ってるから、ナベたちも早く来いよー」
「二人だけで延長は無しだからね!」
意味深なことを言い残して、幡谷くんと雀田さんは出口のほうへ歩いて行った。
二人きりになったのを見計らってか、鴉羽さんが口を開く。
「で、どうだった? 初めてのひとり遊びは?」
「いや、みんないたしひとり遊びではないんだけど……」
思い返してみれば首を締められたりヘッドロックされたりくすぐられたりと、散々だった気がする。
でも、それでも――
「まぁ、楽しかった……かな」
そう感想を漏らす自分の顔が、自然と笑顔になっているのを感じていた。
これまでこういう集まりを避け続けてきた人生だったけど、それはちょっと……いやかなり勿体ないことだったのかもしれない。
今後はもう少し積極的になってもいいんじゃないだろうか。そんな風に考えられるようになった自分に、僕自身も少し驚いている。
でもそんな僕の様子に鴉羽さんは「そっか」を笑顔を向けて、
「よく頑張ったねぇ。えらいえらい」
と座ったままでいる僕の頭を撫でた。
髪を梳く指の感触がむず痒くて、照れくさくなった僕はつい顔を逸らしてしまう。
「……なんかいい感じに纏めようとしてるけど、鴉羽さんが僕を見捨てたこと忘れてないからね?」
ついそんな憎まれ口を叩いてしまったのが運の尽きだったんだろう。
鴉羽さんはちょっと驚いた後ですぐにニマ~っと笑うと、
「そっかそっかぁ。古内裏はコッチの方がお好みだったんだねぇ」
突然僕の肩にぐっと力をかけ、長椅子に押し倒した。
処刑のダメージが残っていたこともあり、ほとんど抵抗できずに寝転ばされる僕。
「ちょっ、鴉羽さん!?」
さらに鴉羽さんはするりと僕に跨り、起き上がれないよう体重をかけてきた。
下腹部に感じるずっしりした重みと柔らかさ、そして体温の温かさ。
普段の僕なら大胆なスキンシップにしどろもどろになるところなんだけど――でも今は状況が違った。
何故なら僕の上に跨った鴉羽さんが、実に意地悪そうな笑顔で指をにぎにぎ曲げ伸ばししていたからだ。
「古内裏はアタシにイジメられるほうが好きだったんだねぇ? 気づかなくてゴメンゴメン♪」
「ちょまっ、ほんとに待って……!」
「ダーメ♡」
小悪魔モードに入った鴉羽さんにとってそんな静止はまったく意味を成さず、わきわき動くその手が容赦なく僕の脇腹に伸ばされる。
「あひゃいぃぃぃん!!!♡」
こうして再び訪れた処刑タイム。
それはあまりにも僕らが遅いのを気にした雀田さんが様子を見に来てくれるまで、終わることなく続いたのだった。




