18A_鴉羽さんは突き放す
球技大会以降、僕の周囲でちょっとした変化が起こっていた。
「よーっす、ナベ。お前いつも何聴いてんだ?」
「おはよう幡谷くん。『マーブルフット』ってロックバンドの曲だよ」
「ロックっておま……意外性の塊かよ!」
始業前の教室でそう僕に声をかけ、笑いながら自分の席に向かう運動部エースの幡谷くん。
彼以外にも男女問わず何人かのクラスメイトが、
「あ、おはよーナベくん」
「ナベ、こんな時間からいんのかよ。はえーなお前!」
「ナベ氏! 今週の『週刊少年ジャグラー』に載ってた新作についてでござるが……」
と声をかけてくれるようになったのだ。
どうやら僕の立ち位置が、いつもクラスのすみにある置物から、いつもクラスのすみにいる生徒くらいにランクアップしたらしい。
それは大変喜ばしいことだ。
だけどこうやって色んな人に話しかけられるようになったことで、僕はある苦手科目から逃れられなくなりつつあった……。
◆
それは球技大会が終わってしばらく経った日の放課後。
「よおナベ。お前今日これからヒマ?」
「え、これから……?」
僕の席までやってきた幡谷くんに尋ねられ、僕は戸惑うように問い返した。
「ああ、この後何人かでボウリング行こうぜって話になってんだけどさ。あんまお前と遊んだことねーし、たまには一緒にどうかなと思って」
屈託なくそう言って「一緒にバスケ最強目指した仲だしよー」と頭をかく幡谷くん。
なるほど、そういうことか……。
「誘ってくれてありがとう。でも悪いんだけど――」
と反射的に言いかけて、止める。
いつもの僕ならこうした大勢の集まりは避けているところなんだけど、でもここ最近せっかくクラスのみんなが仲良くしてくれているのに、無碍にするのも躊躇われた。
それに入学してからこっち、鴉羽さんのおかげで色々な体験をさせてもらって僕も少しは成長しているはずだ。
いつまでも空気が読めないからと逃げてばかりいないで、そろそろ自分の足で一歩を踏み出す時なのかもしれない。
「いや、やっぱり一緒にいってもいいかな?」
「お、そうこなくっちゃな!」
僕が軌道修正すると、幡谷くんはぱちりと指を鳴らしてニカッと笑った。
「面子は俺とお前と稲葉と、あと三~四人ぐらい来る予定だぜ」
「そ、そんなに来るんだ……」
勇気を出して誘いを受けたはいいものの、思いのほか大人数の集まりになるようで、さっそく不安で押しつぶされそうになる。
(せいぜいバスケやったメンバーくらいかと思った)
どうしよう。みんなを白けさせずに楽しむことができるかな……?
不安がる僕の様子をどう解釈してしまったのか、幡谷くんはさらに、
「おっ、まぁ野郎だけってのもつまんねーよな。女子も何人か誘ってみるか」
と、とんでもないことを言い出した。
女子がいたら余計緊張するし、そんなに大所帯の中で上手く立ち回る自信はないんですけど……!?
そう思ったところで彼を止める術はない。幡谷くんが「えーっと……」と教室内を見渡して誰かを探しているのを、僕はただ黙って見守るほかなかった。
ほどなくして目当ての人物を見つけたのか、「お、いたいた」と教室の一点に向かって手を振る幡谷くん。
彼が声をかけたのは、
「おーい、鴉羽ぁ! ちょっといいかー?」
なんと鴉羽さんだった。
自分が呼ばれたことに気付いて、トコトコとこちらへ歩いてくる鴉羽さん。
「ん~? どしたの幡やん」
「これから何人かでボウリング行こうって話してんだけどさ、悪いんだけど女子メン集めてくんね?」
やって来た鴉羽さんに、幡谷くんは片手で拝むようなポーズで頼んだ。
僕としても鴉羽さんがいてくれるなら心強い。今日は他に予定があるとは聞いてないし、ぜひ一緒に来て欲しい……!
そんな切なる願いが届いたんだろうか。
鴉羽さんは僕が珍しく自分以外のクラスメイトと出かけるらしいと知るや、祝福するようにニコっと笑ってみせた。
(鴉羽さん……!)
その慈愛に満ちた笑顔に僕が安堵しかけたところで――
「ごめーん、今日ムリだわ。また今度誘って?」
と可愛らしく断り、僕の方を見てぺろりと舌を出して見せたのだった。
鴉羽さぁぁぁぁんっ……!!
◆
そして場所を移し、隣駅の大型ボウリング場。
鴉羽さんに見捨てられた僕は、十数人のクラスメイトと共にずらっと並んだレーン脇のベンチに座っていた。
あの後、幡谷くんはクラスメイトの女子・雀田さんに頼んで女子の面子を集めてもらい、僕を含めて男子七名、女子五名という大所帯で遊びに行くことになった。
(ちなみに雀田さんは小柄な体躯にショートカットが特徴的な、運動部女子の中心的人物だ)
「ナベくん、さっきから何観てるの?」
座ったままスマホの画面をじっと見つめる僕に、優等生で爽やかイケメンの稲葉くんが不思議そうに声をかける。
「ボウリングのコツを紹介した動画を、ちょっとね。みんなに迷惑かけると悪いから……」
「おいおいナベ~。迷惑って誰視点だよ? ボウリングは個人競技だぜ」
同じベンチに座っていた幡谷くんが笑いながらツッコむ。
すると横で会話を聞いていた雀田さんが、
「あ! じゃあさ、じゃあさっ! せっかくだし団体戦にしてみるってのはどうかな? 丁度六人ずつで分けられるし、合計スコアで負けた方がジュース奢りって感じでさ」
と、背もたれに手を置き元気よくぴょんぴょん跳ねながら提案してきた。
「お、いいなそれ」
幡谷くんもやる気のようで、バシッと拳を手のひらに撃ちつける。
「えぇ……それ、僕のいるチームが不利なんじゃ?」
「心配すんなって。1ゲーム目は練習ってことにしてやるよ。そんな動画より分かりやすく教えてやるから、こっちこい!」
そう言って幡谷くんは心配する僕の腕を掴むと、初心者向けのガターなしレーンへと引っ張って行ったのだった。
そして練習の1ゲーム目を経て、本番の2ゲーム目が終わる頃――
「なぁんで俺よりいいスコア出してんだよナァベェ~~~??」
「ぐえぇ……ごめんって……」
どういうわけか、僕は幡谷くんに首を絞められていた。
(といっても本気というわけじゃなく、じゃれ合ってるだけだけど)
最初の数投こそガター防止のバンパーにぶつけながら端っこの数本を倒す程度だったけど、1ゲーム目が終わる頃には何となくコツを掴み始め、2ゲーム目では141までスコアを伸ばすことに成功した。
そのおかげもあって僕と幡谷くんのチームは勝つことができたんだけど、個人スコアでは僅差で僕が幡谷くんを上回り、結果的に師匠(?)の面目が丸つぶれになってしまったというわけだ。
「幡谷くんの教え方が上手かったからだよ……」
「どんなに教え方が上手くてもなぁ、普通今日始めたばっかの初心者はぁ、スコアが100超えたりはしねぇんだよぉぉ~~~!」
僕のお為ごかしな誉め言葉も効果はなく、がくがくがくと揺さぶられて目が回る。
「でもでも本当、すっごいよね! 初めてでそんな高得点出せるなんてさ」
「でしょ~? 古内裏ってば意外と何でもできちゃうんだよね」
「あー思った。案外器用なんだよなナベ……そういや美術で描いた絵もめっちゃ上手かったし、調理実習ですげぇ美味いオムライス作ってたなぁ」
「あんまり話したことなかったけど、結構面白いよね! ナベくん」
揺れる世界の中でみんなが話しているのが断片的に聞こえてきたけど、酸欠でほとんど頭に入ってこなかった。
ようやく僕を解放してくれた幡谷くんが、
「俺は前から知ってたけどな!」
と僕の肩をがっしり掴む。
僕は軽くせき込みながら、いや幡谷くんと喋るようになったのって校外学習あたりからじゃなかったっけ……?と思ったけど口には出さないでおいた。
「でも実際、最近ちょっと雰囲気変わったよね、ナベくん」
稲葉くんがペットボトルのジュースを渡しながら(稲葉くんは負けチームだった)、不意にそんなことを口にする。
「そ、そうかな……?」
「そうだよっ! なんか全体的にお洒落になってると思う!」
雀田さんも同意して、じっと僕の顔を観察するように覗き込んだ。ちょっと恥ずかしい。
「そーいや前はすげぇ変な髪型で学校来てなかったっけ? あんときゃまだ仲良くなる前だったから笑っていいか分かんなくてビミョーだったぞマジ」
「そ、その日のことはもう忘れて欲しいな……」
あれは僕の黒歴史だ。
「もしお洒落になったと思ってもらえてるなら、鴉羽さんのおかげだよ。行きつけの美容室に連れてってもらったんだ」
すこし照れながらそう伝えると、僕以外のみんなは一瞬きょとんとした顔になり、互いに目を見合わせた。
すぐ僕へ視線が戻ったけど、彼らの目にちょっとだけ好奇心が混ざったような気がする。
「ナベくんさぁ……」
と口火を切ったのは雀田さんだ。
「最近、よく鴉羽ちゃんと一緒にいるよねっ! もしかして付き合ってるのかな?」
「え」
屈託のない笑顔で問われ、答えに窮する。
鴉羽さんと付き合い始めてそろそろ二ヶ月。さすがにクラスメイトのみんなも気づき始めたということか。
「えーっと、そうだね……一応付き合ってるってことになるのかな」
「え、マジかよ!?」
鴉羽さんとは事前に隠す必要はないと話し合っていたので素直に認めると、周囲から驚きの声が上がる。
まぁそれも当然だ。僕みたいな陰キャが鴉羽さんと付き合ってるなんて、誰もが予想だにしていなかったことだろう。
これは最悪、この場で質問攻めに遭ってオモチャにされるのも致し方ないかも……?
そんな僕の予想は、たぶんとんでもなく甘かったんだろう。
「そうかそうか。お前ら付き合ってんのかー……」
僕の肩に回したままだった幡谷くんの腕の力が増した。まるで僕を逃さないとでも言うように。
「それじゃ、この後はカラオケで二次会だな。もちろん男女別で」
と言う彼の顔は笑っている……けど目は笑ってない! 見ればその場の男子全員が同じように冷たい笑顔になっていた。
「え、みんなどうしたの……?」
呆気に取られて問いかけるものの、それに答える者はだれ一人としておらず――
まったく状況が呑みこめないまま、僕はクラスメイトの男子六人によって、ボウリング場併設のカラオケボックスに連行されていったのだった。
(その様を見ていた女性陣一同は、何だか面白がってそうだった)
果たして古内裏くんの運命や如何に!?
次回「古内裏 死す」
デュエルスタンバイ!




