17_鷺ノ宮さんはイジられる
球技大会の翌日。
僕は放課後に鴉羽さん、鷺ノ宮さん、隼瀬さんたちと、バイト先であるカフェ「HIRAGINO」を訪れていた。
本来なら大会での賭けに負けたことで三人に超高級スイーツを奢るはずだったんだけど、流石に四季宴堂で何でも頼まれたら冗談抜きに数ヶ月分のバイト代が飛んで行ってしまう。
そのため必死に頼み込んで、何とかこのバイト先で何でも食べ放題に変更してもらったのだ。
(ちなみに、大会当日の放課後にそのまま行けばよかったんじゃ?と言ったら三人から呆れ果てた目で見られた。なんで?)
これでひと安心……かと思いきや、鴉羽さんたちはそれ以上手加減をする気はさらさら無いようで――
「店員さーん! アタシ、レアチーズケーキとカスタードホイップタルト追加ね♪ あとカフェモカおかわり!」
「まゆはチョコブラウニーとダークショコラテリーヌ、あとホットチョコレートで」
「…………はい」
遠慮なしにどしどし出される注文を、店員用のエプロンをつけた僕はしおしおになりながら伝票に書き留める。
これで鴉羽さんが五個目、隼瀬さんが六個目のオーダーだ。
いくら学生も気軽に来れる街角カフェと言えど、代金の合計はそろそろ一万円を越えそうな勢いだった。
「二人ともそんなに食べて大丈夫なの……?」
「「全然ヘーキ」」
少しばかり心配になって訊ねてみても、揃ってこんな返事だ。
まぁ今日の会計はバイト代にツケておいてもらえることになってるから手持ちの心配はしなくていいし、これは鴉羽さんたちが女子バスケで優勝したお祝いでもある。
鴉羽さんの笑顔の対価と考えれば安いもの……と納得して、空いた皿やカップをトレイの上に回収していく。
そこでふと遠慮なしの二人とは対照的に、最初にイチゴのパイ・ミルフィーユを頼んだきりの鷺ノ宮さんに気が付いた。
「鷺ノ宮さんはこれだけでいいの?」
問いかけると鷺ノ宮さんは紅茶のカップに手を伸ばしながら、
「ええ、私はもう結構よ」
と答えた。
「そう? 僕に遠慮するなんてらしくないなぁ……」
「どういう意味かしら!?」
つい素直な感想が出てしまい、カップに口をつけかけていた鷺ノ宮さんにじろりと睨まれる。
苦笑いで誤魔化すと、「まったく……」と溜め息を吐きながらカップを口に運ぶ鷺ノ宮さん。そして今度は呆れた視線を鴉羽さん達へと向ける。
「……別に遠慮してるわけじゃないわよ。大体、こんなに甘いものを食べたら太るじゃない」
そのひと言で、鴉羽さんと隼瀬さんがぴしりと石化した。
二人ともまったく気にしてないというわけではなかったようだ。
「べ、別にこんくらい大丈夫だし? 明日からひと駅分歩くことにすればよゆーだし」
「ちょっとくらいぽちゃってた方がフォロワーも喜ぶのよ? まゆの体積が増えてみんな喜ぶ……はず!」
額に汗を滲ませながらお腹や二の腕を触り、誰に対してなのか(たぶん自分自身だ)言い訳を並べ始める二人。
そんな様子を冷めた目で見ていた鷺ノ宮さんが、
「そんなこと言ってヒナ、次にダイエットすることになっても今度は付き合わないからね。まゆも、またお気に入りのスカートが入らなくなっても知らないわよ?」
と厳しいことを口にするものだから、鴉羽さんも隼瀬さんも食べかけのケーキを前に、揃ってうりゅ……と涙目になってしまう。
まぁ、僕としてもそろそろ勘弁してもらえるとありがたいんだけど――
「せっかくのお祝いなんだし、今日ぐらいは楽しんでもいいんじゃないかな……?」
「古内裏くん……あんまり二人を甘やかさないでちょうだい」
僕まで怒られた。
しゅんとして肩を落とすと、背後からくすくす笑う声が聞こえてくる。
振り返ればケーキが載ったトレイを手にした美咲さんが立っていた。
僕が話し込んでるから、代わりに持ってきてくれたようだ。
「ごめんなさい、聞こえてしまったものだから」
「あ、僕こそすみません。わざわざありがとうございます」
慌てて受け取ろうとするも、僕は空き皿満載のトレイを抱えたままだ。
美咲さんは「いいのよ」と僕を制してそれぞれの前に注文の品を並べていき、最後に「これはサービス」と鷺ノ宮さんの前に新しい紅茶を置いた。
「それにしても――」
諸々を終えた美咲さんが、去り際にお盆を抱えたまま僕と鷺ノ宮さんを交互に見やる。
そしてにっこり笑うと、
「今のやり取り、まるで子供に手を焼くお父さんとお母さんみたいだったわね」
と特大の爆弾を放り込んできた。
鷺ノ宮さんがすぐさま「んなっ……!?」と反応する。
「てっ、訂正を要求します! 私と古内裏くんはそんな関係じゃ……!」
椅子から立ち上がってわたわたと説明する鷺ノ宮さん。だけど美咲さんはなにを慌ててるんだろう?という感じに首を傾げている。この人、天然だもんな……。
さらに、
「そんな慌てるところが逆に怪しいわね?」
「マジか~、マリまで古内裏狙ってんの? 親友だと思ってたんだけどなー」
と鴉羽さんたちまで乗っかって来た。
二人とも実に意地悪そう……もとい楽しそうに口角が上がっている。きっと楽しいケーキタイムに水を差された仕返しだろう。
「な、何を馬鹿なこと言ってるの二人とも!」
鷺ノ宮さんが顔を真っ赤にして抗議するものの、鴉羽さんと隼瀬さんは意味ありげなニヤニヤ顔を引っ込めるつもりはなさそうだ。
(そして鷺ノ宮さんの意識が外れてるあいだに、美咲さんはカウンターへ戻っていった。マイペースだ)
「でも実際のところナベっちって、男子苦手なマリぴにしては珍しく仲良いわよね」
「仲良くないわよ。古内裏くんがいつもヒナにひっついてるから仕方なく一緒にいるだけだわ」
「ふーん、よく言うわね……こないだは二人してまゆのことハメようとしたくせに」
痛いところを突かれたのか、むぐっと言葉に詰まる鷺ノ宮さん。
「アタシは最初からマリと古内裏は相性バッチしだと思ったけどなぁ。二人とも真面目で頭カッチカチじゃん? イジりやすいところとかそっくりだし」
「もう、ヒナ!」
前門を隼瀬さんに、後門を鴉羽さんに塞がれ、どうやら完全アウェーの状況から逃げ出す術は無いらしい。
「でも古内裏みたいのがタイプだったなんてな~。全然知らなかったよ」
「だぁかぁらぁ~……違うってば!」
鴉羽さんの後ろに回った鷺ノ宮さんが、その肩をぽすぽすと叩く。
必死に言い訳するほど二人を楽しませるだけだと思うけどなぁ……。
そう思いながらも流れ弾が来ると面倒なので、僕は空いた食器を持ってカウンターに引っ込んだ。
(美咲さんが言ってた通り、カウンターからでも彼女たちの会話はよく聞こえる)
「違うって言うならさ、マリぴはどんな男子が好みなわけ?」
「こ、好み……? そんなのどうでもいいでしょ!」
「あ、アタシも聞きたーい! マリの恋バナなんて滅多に聞けないし」
そう言ってはしゃぐ鴉羽さんと鷺ノ宮さんは、傍から見てると微笑ましいじゃれ合いにも思える。
けど二人とも今にもイーッヒッヒッヒという笑い声が聞こえてきそうなくらいにやらしい顔をしていて、鷺ノ宮さんはたじたじだ。
けれどこれは答えるまで終わらない流れだと観念したのか、溜め息交じりに椅子に座ると、恥ずかしさをぐっと押し殺すようにして渋々語り出した。
「そうね……まぁ、お付き合いするからには私のことを一番に考えてくれる人……かしら?」
「そんなのフツーじゃん! 他には?」
「他に……!? ええと、運動やお勉強はある程度できた方が望ましいわね。能力で人の魅力が決まるとは思わないけど、ちゃんと努力してる証だもの」
「真面目か! まぁマリぴらしいけど……」
「あと、やっぱり一緒にいて自然体でいられる人がいいわ。飾らない自分を見せられる相手って大事だもの」
「あ~……そういうのも大事だねぇ。ささ、もうひと声!」
二人に囃し立てられ、鷺ノ宮さんは困ったように「も、もうひと声……?」と頭を捻る。
しばらく「う~ん……」と唸った後、何か思い至ったように「あ」と声を上げた。
「そういえばひとつ、絶対譲れない条件があったわね」
「お~、いいじゃんいいじゃん。どんなの?」
鴉羽さんが答えを促すと、鷺ノ宮さんはこれまでより少しだけはっきりした口調で、
「私の友達を悪く言わないことよ」
と口にした。
その時、鴉羽さんと隼瀬さんがほんの一瞬だけ何かに反応して動きを止めたような気がした。
けれどそれはあまりにも短い間で、もしかしたら僕の気のせいだったのかもしれない。
鴉羽さんはすぐにおどけたように、
「も~~~、マリってばアタシのこと好きすぎかよ~~~」
椅子をずらして鷺ノ宮さんに近づくと、そのまま彼女の肩に手を回すようにして抱きしめた。
「そっかそっか。マリの理想はいつでも彼女を一番に考えてて文武両道で自分の素顔を見せられる相手なんだねぇ。見つかるかなぁ?」
まるで思春期の女の子をイジる親戚みたいなノリで鷺ノ宮さんの頭をなでなでする鴉羽さん。
鷺ノ宮さんは「いちいち復唱しないで……」と真っ赤になった顔を両手で覆う。今にも煙が出そうだ。
まぁこのくらいで鴉羽さんたちも満足したんじゃないだろうか――
そう思ったけど、鴉羽さんからはニヤケ顔が取れていなかった。まだ何か碌でもないことを考えてるな……。
「てかさ」
鴉羽さんがあえて鷺ノ宮さんの耳元で囁くように言った。
「マリの話聞いてる感じだと、やっぱりそれ古内裏なんじゃね?」
「はぁ?」
けらけらと笑いながら指摘する鴉羽さんを、鷺ノ宮さんが心外だと言わんばかりにじっとり睨む。
「あ、それまゆも思ったー。何だかんだ全部の条件に当てはまるよね、ナベっち」
「そんなわけないでしょ!」
隼瀬さんも乗っかったところで、鷺ノ宮さんはきっぱり否定する。
「いーや、絶対そうだって! 今言った条件を思い出してみなよ」
そう言ってひとつずつ指折り数える鴉羽さん。
「まず、古内裏はいつも彼女のこと一番に考えてるじゃん?」
「そ、それはそうだけど……」
間違いないことなので、鷺ノ宮さんも否定できない。
「勉強も運動もフツーに出来るでしょ? 何ならそれ以外にも得意なこと多いし」
「むぐっ……」
鷺ノ宮さんが求めるレベルはともかく、どちらも彼女より成績は上だ。
「で、マリも古内裏とは素で話せてる」
「そ、そんなこと……!」
「無くないでしょ~? マリがこんな遠慮なく当たれる男子、古内裏だけじゃん」
思わず否定しかけた鷺ノ宮さんに、容赦なく事実を突きつける鴉羽さん。
「ほら、やっぱり古内裏だよね?」
煽るように首を傾げて見せる鴉羽さんに、鷺ノ宮さんはぐうの音もでないようだ。
冷静に考えれば今挙げた条件はだいぶアバウトだし、当てはまるのは僕だけってわけじゃない気がするけど……冷静さを失った鷺ノ宮さんは、まともに反論できる精神状態じゃないらしい。
涙目になった鷺ノ宮さんは、「ち、ちがうからね……!」と僕の方に助けを求めるような視線を向ける。
その姿にちょっとかわいそうな気持ちも芽生えるけど、下手に庇ってこっちに矛先が向いたら厄介だ。
それに鷺ノ宮さんには先日の陰謀の借りもあることだし、ここは長いものに巻かれることにしよう。
「ごめん鷺ノ宮さん、気持ちは嬉しいんだけど僕は鴉羽さんと付き合ってるからさ」
カウンター越しにそう言って軽く頭を下げて見せると、裏切られた鷺ノ宮さんは「んなっ……!?」と絶望の表情を見せた。
「ちょっと! どうして私が古内裏くんに振られたみたいになってるのよ!?」
握りしめた両手をぶんぶん振るように抗議する鷺ノ宮さんの姿に、僕ら三人は揃って笑い声をあげたのだった。
まぁ、あれだ。
今度から誰かが甘いものを食べて幸せに浸っている時は、水を差したりしないよう気をつけよう。




