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16_古内裏くんは応援する

 今日は一年生全クラス合同の球技大会だ。

 各生徒は男女ごとにいくつかの球技を選択し、他クラスのチームとトーナメント形式で競い合うことになる。


 ここ、第一体育館では今まさに男子バスケットボールの決勝戦が行われていた。


「あと1ゴールで逆転だ、いけえぇぇえ!!」


 我らが一組を率いるのはスポーツ万能の幡谷くん。

 しかし敵もさることながら、スコアは72対73で1点を追う展開だった。


 残り時間は僅か。


 中央左からドリブルで切り込む幡谷くんがシュートを決めれば逆転という場面だ。


「ここは……通さねぇよ!」


 と幡谷くんの前に、身長190cmはあろうかという巨漢が立ちふさがった。

 さしもの幡谷くんも強引に突破することは出来ず、脚を止める。


 その様子に巨漢がニヤリと笑うが――


「ナベっ、いけ!」


 同じくニヤリと笑い返した幡谷くんが、巨漢の脇から鋭いパスを出す。


 その先にいたのは――いつの間にかこっそりゴール横に移動していた僕だ。

 陰キャ特有の影の薄さを存分に発揮して、みんなが幡谷くんに注目している隙にするりとマークを抜けていたのだ。


「なっ……また6番(僕)!? あいつのマークはお前だろ、何やってんだよ!!」

「あいつ気づいたらいなくなってるんだよ!」


 相手チームが驚愕している内に幡谷くんからのパスを受け取ると、そのまま誰にもマークされることなくフリーのままシュートを放つ。


 コートにいた全員が見守る中、そのボールはゆっくりと放物線を描いてゴールネットを揺らしたのだった。



   ◆



「……いや、おかしいでしょっ!?」


 男子バスケの優勝を決めた後、体育館の片隅で鴉羽さんが声を上げる。


「なんで陰キャのくせにスポーツまで得意なの!?」

「やだなぁ鴉羽さん。陰キャだってそれなりに運動できるんだよ?」


 いかにも理不尽だ!といった様子の鴉羽さんに、入口へ続く段差に座った僕は笑いながらそう返した。


 陰キャは友達がいなくて暇だから、ひとりで筋トレしたり、スポーツのコツを紹介する動画を見たりする時間がたっぷりある。

 さすがに部活で鍛えてる人には敵わないけど、あんなノーマークのシュートくらい決めるのはわけないのだ。


 さっきの試合も74点中、実に半分近くが僕のこっそりシュートによるものだ。まぁそのほぼすべて、幡谷くんが御膳立てしてくれたものだけどね。


 鴉羽さんは尚も「絶対おかしい……」と納得いかない様子だけど、それはそれとして手にしていたタオルと水のボトルを渡してくれた。

 ありがたくいただいて汗だくになった顔を拭き、キャップを空けて冷えた水を喉に流し込む。試合で火照った身体にはどんな飲み物よりおいしく感じるから不思議だ。


 背後には鷺ノ宮さんもいる。どうやら二人で水とタオルを配って回っていたらしい。


「けどヒナ、あなたとまゆの女子バスケも次勝てば優勝でしょ?」

「お~、決勝まで進んだんだ? すごいじゃん鴉羽さん!」

「ん~? まぁウチのチームは補欠とはいえバスケ部の三人に、アタシもまゆぴも経験者だしね。当然っしょ!」


 僕が素直に褒めると、気を取り直した鴉羽さんは得意げに胸を張った。


「次も絶対勝つから、マリも古内裏も観に来てよね!」

「ええ」

「もちろん行くよ!」


 女子の室内競技はこことは別の第二体育館で行われていて、僕が出場する男子バスケと時間が被っていたため、まだ一度も鴉羽さんの応援に行けてない。


 ようやく鴉羽さんの勇姿が見られるかと思うと、自然と僕のテンションも高くなる(多分クラス全員どころか、手の空いてる同級生はみんな観に来るんだろうけど)。


 二つ返事の僕らに、鴉羽さんもやる気に満ちてきたのか拳を握って天高く突き上げた。


「よーし、これで男女バスケW優勝は貰ったも同然!」

「ところが、そうはいかなそうよ」


 と、少し離れたところから声をかけられる。

 見れば隼瀬さんがこちらへ歩いてくるところだった。


「今、第二の方見に行ってたんだけどね。決勝の相手は三組に決まったみたい」


 そう語る隼瀬さんのテンションは低い。相手が三組だと何か問題があるんだろうか?


「三組ってたしか、女子バスケ部の人が多いところだったかしら?」


 僕の疑問に答えるように、鷺ノ宮さんが心配そうに問いかける。


「そう。出場する五人とも現役バスケ部のレギュラーで、全員170cm以上はあったわ。あれ相手じゃ、まゆ達が勝つのは難しいわね」


 隼瀬さんは少し投げやり気味にそう言うと、僕の隣に腰を下ろして「ちょーだい」とボトルの水を奪っていった。

 そんなあざといムーブにも、鴉羽さんは反応しない。少し肩を落としたようにしつつも、見かけはいつも通りの感じで「そっかぁ」と頬をかいた。


「さすがにそりゃ厳しそうだね。でもま、アタシらはアタシらで精一杯やるだけっしょ!」


 そう言って隼瀬さんの肩をポンと叩く鴉羽さん。

 一見して普段と変わらないはずのその姿が、僕には何だかとても寂しそうなものに見えてしまった。


 上手く言えないけど、ちょっぴり残念そうというか、申し訳なさそうというか……。


(いや、あれは……)


 僕にも僅かに覚えがある気がする。

 あれはほんの少しだけど、自分自身に失望してしまった人の顔だ。


 望むものが目の前にあって、少し手を伸ばせば届きそうなのに取れない……それを何とか自分自身に納得させようとしている、そんな感じの顔だ。


 鴉羽さん、そんなに女子バスケで優勝したかったのかな?

 そう言えば前に隼瀬さんが「背が伸びなくてバスケを止めてしまった」って言ってたけど、そういったどうしようもない事情で辞めざるを得なかったということは、やっぱり悔しい思いをしたんだろうか。


 鴉羽さんの胸の内は分からないけど、負けず嫌いな鴉羽さんのことだ。やる前から諦めざるを得ないというのは中々しんどいことなんだろうな……。


「さ、ウチらはもう移動するよん。マリ、古内裏、また後でね!」


 そう言うと座っていた隼瀬さんを立たせ、第二体育館へ向かう鴉羽さん。


 いつもよりちょっとだけ小さく感じるその背中を見ていると……あの日、僕に勇気をくれたある人の姿が蘇ってくる。


 気づけば僕は一歩前に踏み出して、鴉羽さんに声をかけていた。


「ねえ鴉羽さん、勝負しようよ」

「勝負?」


 振り返った鴉羽さんは、怪訝そうな顔をしている。


「そう。僕と鴉羽さん、どっちがこの球技大会でよりいい結果を出せるかの勝負。負けた方が相手の好きなもの何でもご馳走するってことでどう?」

「いい結果って古内裏、アンタは――」

「うん、男子バスケは優勝してるから、鴉羽さんが勝つには女子バスケも優勝しないとだね」


 我ながら無茶苦茶なことを言っていると思う。

 つい今しがたそれは難しいだろうという話をした直後に、自分が圧倒的に有利な条件で勝負を持ち掛ける。


 隼瀬さんも鷺ノ宮さんもぽかんと口を開け固まっていた。

 普通ならこんなの、受ける道理は無いんだけど――


「逃げないよね? 他の誰かならともかく僕との勝負からさ」


 僕はあえて挑発するように堂々と言い放つ。


 普段オモチャにしている僕から思わぬ反抗に遭い、鴉羽さんは唖然として言葉が出ないようだ。

 けれどそれも束の間のこと、少し顔を伏せたかと思うと肩を震わせ、地獄の底から響いてくるような声で「いい度胸じゃん……」と口にした。


 次に顔を上げた時、そこにいたのはいつもの自信に満ちた鴉羽さんだ。


「古内裏も言うようになったねぇ? 上等だよ、その勝負受けてあげる。どっちも優勝ならキメた得点が多い方の勝ちだよね? キッチリ三組をブッ倒してアンタに四季宴堂のスイーツ奢らせたるよ!」


 そう言うと僕の目の前までつかつかと近づいて来て「言っとくけど手加減しないからね?」と凶悪な笑顔で念を押す鴉羽さん。


 ちなみに四季宴堂というのはこの近隣で有名な、目玉が飛び出るほどお高いスイーツショップだ。通うのはセレブか、大事な取引先を接待する会社員といった人たちばかりで、少なくとも学生が気軽に入れる店じゃない。


 本当に一切遠慮のない要求に「うっ……」とビビりつつ、これは早まったかな――などと思っていると、


「その勝負、まゆも乗ったわ。ふふん♪ 一回あそこのケーキプレートを並べて食べ比べてみたかったのよね。まゆもヒナちと一緒に出るわけだし、文句ないでしょ?」

「ええっ!?」


 なんと隼瀬さんまで参戦してきた。

 さらに、


「うふふ♪ じゃ、私も一枚かませてもらおうかしら」


 と鷺ノ宮さんまで乗ってくる。


「さ、鷺ノ宮さんはバスケに出るわけじゃないのでは……」

「そうだけど、もしヒナたちが負けたら私も古内裏くんに何でもご馳走するわ。それで条件は対等よね?」


 にっこり笑って悪魔のような論理を突きつけてくる鷺ノ宮さん。


 僕が何も言い返せずに口をぱくぱくさせていると、これで話は纏まったとばかりに鴉羽さんがニッと笑う。


「そういうことだから、もちろん逃げないよね?」


 あの日と同じように悪戯っぽくウインクした鴉羽さんが、挑発されたお返しと言わんばかりにそう口にしたのだった。



   ◆



 その後行われた女子バスケの決勝で、鴉羽さん達は想像以上の粘りを見せた。


 コートの中央で司令塔的に立ち回る鴉羽さんを中心に、小柄でスピードのある隼瀬さんが相手を引っ掻き回し、他の三人と連携してゴールを量産する。


 けど流石に五人全員をバスケ部レギュラーで固めた相手チームは一筋縄ではいかず、試合は106対108でリードを許したまま残り数秒までもつれ込むという、男子バスケ決勝と似た様な展開になった。


 あと一回シュートを決めれば同点に追いつけるという場面で、相手のゴール横に飛び込んだ鴉羽さんにパスが回る。それを相手チームは二人がかりで止めに来た。

 絶体絶命の状況……だけど鴉羽さんはニッと笑うと、


「アタシは古内裏とは逆なんだよねぇ!」


 受け取ったボールを素早く逆サイドへさらにパス。その先で待っていたのは隼瀬さんだ。何かと目立つ鴉羽さんがゴール前に切り込んだことで全員の意識がそちらへ向き、その隙に逆側から攻め上がっていたらしい。


 彼女はボールを受けると、ゲーセンで見せたあの流麗なフォームでスリーポイントラインの外からシュートを放つ。


 そのボールは一度ボードに当たった後、ゆっくりとリングを一周半ほど周り――


「試合終了!」


 その掛け声と共に、審判は両手の親指・人差し指・中指を伸ばした。スリーポイントが決まったハンドサインだ。


「109対108で、女子バスケットボール優勝は一組!!」


 その瞬間、コート周辺で試合を見守っていた一組の生徒たちから大歓声が沸き上がったのは言うまでもないだろう。



   ◆



「お疲れ様、鴉羽さん。本職五人のチームに勝つなんてすごいね!」


 試合後、チームメイトやクラスの陽キャに囲まれ、もみくちゃにされていた鴉羽さんがようやく解放されたところで声をかける。

 鴉羽さんは僕からタオルと水のボトルを受け取ると、


「そりゃそうでしょう。古内裏を破産させるために頑張ったんだからねぇ?」


 といやらしく笑った。


 僕との勝負はどっちも優勝なので引き分け……とはならず、事前に鴉羽さんが言っていた通り得点が多い方の勝ちだ。

 そしてこの試合で得た109点のほぼすべてを鴉羽さんと隼瀬さんの二人で決めている。


 どうやらまた美咲さんにバイト代の前借りを相談しないといけないみたいだ。

 でも優勝できて心底嬉しそうな鴉羽さんを見ていると、そんな経済事情も気にならなくなってくる。


「それにしても鴉羽さん、ずっと見てたけど現役の選手にも負けてなかったよね。その……ちょっと身長が伸びなかったからって、辞めなくてもよかったんじゃないの?」


 何か悔しい思いをするくらいならさ……とは口にしなかったけど、そんなニュアンスは出ていたんだろう。

 それを聞いた鴉羽さんはきょとんとした表情を見せた。


「身長? 何それ……あ、まゆぴが言ってたの?」


 まるで的外れなことを言われたと言わんばかりに「やだな、そんなんじゃないよ」と笑う鴉羽さん。


「それも理由のひとつではあるけどさ。アタシはフツーにネイルしたかったし遊ぶ時間も欲しかったから辞めただけ。別にバスケに未練はないよ」

「え、そうなの……?」


 おどけてVサインを作って見せる鴉羽さんの意外な反応に、僕も狐につままれたようにぽかんとしてしまう。


「じゃあ、決勝の前になんだか残念そうにしてたのは……?」


 そう問いかけると、鴉羽さんは「あ~……」と言いながら少し視線を逸らして、照れたように頬をかいた。


「そりゃ、さ。ようやく古内裏が応援に来てくれるってのに、いいとこ見せられそうにないなーってなったら……少しくらいヘコむよ。アタシだって」


 言い切ってから、やっぱり恥ずかしかったのか鴉羽さんは「言わせんなバカ」と軽く体当たりしてきた。


 それは大した衝撃でもなかったけど、少し恥ずかしそうに拗ねる鴉羽さんの破壊力は抜群だ。


 呆気に取られていた僕はバランスを取り損ねた挙句、大きくよろめいて体育館の壁に頭をぶつけてしまったのだった。

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