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15B_隼瀬さんは後退する

 そして放課後。

 だいぶ人も少なくなった廊下を歩いていると、後ろから隼瀬さんに声をかけられた。


「あれ、ナベっち~今日はヒナちと一緒じゃないの?」


 そう言いながら僕の袖をちょこんとつまんでくる。

 あからさまに手を繋いだりはしない、僕に気が有るのか無いのか判断に困る絶妙な距離感だ。


 鷺ノ宮さんに相談したことで確信を深めた今、むしろ隼瀬さんの一挙手一投足をより意識してしまう。

 僕は動揺が表に出ないよう平静を装って返事をした。


「う、うん。何か別の用事があるみたいで……」

「そうなんだ。じゃあまたゲーセン行こうよゲーセン。ふふん♪ 今日こそリベンジを果たすわよ!」

「あはは……それもいいかもね」


 会話を続けながら、頭の中で鷺ノ宮さんの「作戦」を思い返す。


 本当にやるのか……? 正直めちゃくちゃ恥ずかしい。

 それに何も知らず笑顔を向けている隼瀬さんに、こんなことをするのは後ろめたさもある。


 でもやらないと何も変わらない。これも鴉羽さんのため……と自分に言い聞かせ、僕は羞恥心のスイッチを切って自らを操り人形と化した。


「今日はどのタイトルにしよう……『るん☆キャラろわいやる』でもいいけど、続編が出るし今のうちに『CoF』をやり込んでおくのもいいわね。とにかく目一杯遊ぶために早く行きましょ」

「うん、分かった」


 楽しそうに話している隼瀬さんに機械的な反応を返す。

 それと同時に、僕は袖をつまんでいた隼瀬さんの手をすっと取ると、そのまま握って手を繋いだ。


 当然、隼瀬さんが驚いたように目を丸くして動きを止める。


「え、ナベっち……?」

「ん、何?」


 何でもない風を装って応える。


「その、手……」

「嫌だった?」

「いや……別に嫌ってことないけど……どうしたの? ナベっちなんか変だよ……」

「そんなことないよ」


 と言いつつ、段々と羞恥心が戻ってきて実際はそんなこと大ありだった。

 ものすごく顔が熱いし、心臓もバクバク動いている。握った小さな手のすべすべした感触が妙に生々しいし、油断したら手汗でヤバいことになりそうだ。


 こんなこといつまでもは続けられないぞ……。

 そんな焦りから早く「結果」を確認したくて隼瀬さんを見ると――


 ……照れてる?


 僕に手を握られた隼瀬さんは、振りほどいたりこそしないものの恥ずかしそうに眼を逸らし、肩を縮めるように小さくなっていた。

 その顔は耳まで真っ赤で、繋いでない方の手は動揺が表れてるのか垂れた髪をしきりに撫でている。


 これは思っている以上に上手くいっているのでは……! 鷺ノ宮さんが言ってた通りだ。


 そう、鷺ノ宮さんから授けられた策――それは「引いてダメなら押してみろ」作戦。


 隼瀬さんに距離を詰めるのを止めて欲しいと言ったところで逆効果。ならばこちらから距離を詰め、隼瀬さんに自ら退かせるという発想の大逆転だ。


 正直、自分からぐいぐい来る隼瀬さんにやり返したところで効果が薄いんじゃ……と思ったけど、鷺ノ宮さん曰く「自分から迫るのと相手から迫られるのはまったく別」らしい。


 そしてその言葉通り、隼瀬さんは照れている。

 それなら鷺ノ宮さんに言われた通り、ここで「もうひと押し」だ!


 僕は空いている手を隼瀬さんの肩にそっと添えた。

 隼瀬さんはびくっと肩を震わせる。


「ちょちょっ、ナベっちホント変だって! まゆが可愛いのは分かるけどそんな急に……」


 触れられた身体を強張らせ、一歩二歩と後ずさる隼瀬さん。

 僕はあえて何も言わず、離れた分だけ前へと詰め寄る。


 そしてついに隼瀬さんの背中が壁に付いた。普段とは比べものにならないくらい弱々しく「ナベっち……」と呟き、こちらを見つめる隼瀬さん。彼女にここまで「退かせた」ということは、作戦は大成功だ。


 それは実に結構なんだけど、ここへ来て新たな問題が浮上した。


 これ……どうやって収拾をつければいいんだ……??


 これ以上何かをする勇気も度胸も僕には無い。だけどここまで迫って何事もなく離れるのも不自然だ。

 さりとて「全部隼瀬さんを退かせる作戦でした」と説明するわけにもいかないし……。


 さて困った。こちらから攻めるのに集中しすぎるあまり、後のことなんて何も考えてない。


 でも大丈夫。こんなこともあろうかと、あらかじめ近くで鷺ノ宮さんが待機していて、困ったらその都度(手信号で)指示を出してくれることになっているのだ。


 鷺ノ宮さん、ヘ~~~ルプ!!


 そう思って首を巡らせ、彼女の姿を探そうとしたところで――


 カシャッ!


 突然廊下にスマホのシャッター音が鳴り響き、隼瀬さんと揃ってそちらを向く。

 するとそこには隠れることもせずスマホを構える鷺ノ宮さんの姿があった。


「鷺ノ宮さん……今写真撮らなかった?」

「うふふ♪ いやだわ古内裏くん、そんなことしてないわよ」


 僕の問いに笑顔で答えつつスマホを操作する鷺ノ宮さん。

 彼女の指が軽やかに動いたその瞬間、しゅぽっとメッセージが飛ぶ音が鳴り響く。


「鷺ノ宮さん……今写真誰かに送らなかった?」

「うふふ♪ いやだわ古内裏くん、そんなことしてないわよ」


 鷺ノ宮さんは尚も笑顔を崩さずスマホをポケットにしまった。


 謎に上機嫌な鷺ノ宮さんの様子に、状況が呑みこめない僕と隼瀬さんはその場で固まるしかない。


 猛烈に嫌な予感がする。

 そしてそれが単なる予感じゃなかったことは、すぐに僕のスマホへ届いたメッセージによって知らされたのだった。


【鴉羽さん:今すぐソコ行くから、全員その場から動かないよーに!】


 …………。


 は、


 嵌められたっ――――!!!?



   ◆



「で、どーゆー状況なワケ?」

「違うんだよ鴉羽さん! これは鷺ノ宮さんの陰謀なんだ……!」

「まあ酷い。私は廊下で古内裏くんとまゆが情熱的に見つめ合ってたからヒナに知らせただけなのに」

「っていうか一番の被害者はまゆでしょ!? 何よ、二人してまゆのことハメようとして!」

「そ、それは元はと言えば隼瀬さんが……!」


 鴉羽さんを前に、三者三葉にぎゃーぎゃー騒ぎながら自分の言い分を並べ立てる僕達。


 それをしばらく黙って聞いた後、鴉羽さんは「あーはいはい。事情は大体分かったから、ちょっと落ち着いて」と呆れたようにみんなを宥めた。


 僕たちが静かになると、鴉羽さんは軽く全員を見回した後で鷺ノ宮さんの前に立つ。


「まずマリ。古内裏で遊ぶのはいいけどちゃんと節度を考えること!」


 びしっと鷺ノ宮さんを指さし、言い聞かせる鴉羽さん。よかった、どうやら僕の主張はちゃんと信じて貰えたようだ。

(鷺ノ宮さんは鴉羽さんに叱られ、ぶすっと不満気に頬を膨らませている)


「で、古内裏は困ったことがあったらまずアタシに相談すること」

「はい……すみません……」


 今回、鴉羽さんに迷惑をかけたくないからと話すのを躊躇ってしまったけど、結果的にはこうして余計な手間をかけさせることになってしまった。

 その点は僕も反省した方がいいだろう。素直に頭を下げる。


「分かったら二人とも仲直りして。ほら、握手でもしなさい」

「「えぇ~~~……」」

「『えぇ~』じゃないでしょ!」


 鷺ノ宮さんと揃って抗議の声をあげたものの、鴉羽さんに一喝され渋々握手することになった。


 僕が片手を差し出すと、鷺ノ宮さんはその手を取ろうとしたところでちょっと引っ込め、


「ヒナが言うから握手するだけで、私は古内裏くんに特別な感情があるわけじゃないからね?」


 と真剣な表情で念を押された。分かってますよそんなこと。


 鷺ノ宮さんの手はひんやりしていて、隼瀬さんと比べて大きい。

 こっちの方がゲーマー向きだな……なんてことを考えていると、横に立っていた鴉羽さんが、


「で、この諸悪の根源はどうしてくれようかね?」


 と、こっそり逃げようとしていた隼瀬さんの肩をがっしり掴んだ。


 「う”っ」とそのままこっちに向き直らされた隼瀬さんは、僕を見てHELPHELPとアイコンタクトを送ってくるけど……ごめん、僕にできることは何も無いや。

 両手を合わせてご冥福をお祈りすると、隼瀬さんは「薄情者~~~っ!」と小声で僕を罵った。


 それに気づいた鴉羽さんが、


「なーにまゆぴ、また古内裏に色目使ってるのかな?? この前のゲーセンからまだ数日だよ? 反省してるのか? え、おい?」


 と笑顔で言いながら隼瀬さんのほっぺたをむにーっと引き延ばす。


「は、はんへいひへはふ……」

「そっかそっか、全然してないかぁ。あはは、こいつぅー」


 隼瀬さんの返事は一顧だにされず、タテタテヨコヨコとそのほっぺたが弄ばれる。

 まぁ痛そうという感じじゃないし加減はしてるんだろうけど、美少女の隼瀬さんが様々な変顔をさせられている様は……まぁ何とも哀れだ。


 やがて存分にほっぺたをいじくり回して満足したのか、鴉羽さんは隼瀬さんを解放する。

 隼瀬さんは「うぅ~」と涙目で自分のほっぺたをさすっていた。


「まったく、まゆぴは昔から変わんないねぇ」

「……まゆ悪くないもん。ナベっちが勝手に勘違いしただけじゃん、こんくらいフツーだし」

「ん? まだほっぺのマッサージが足りなかったかな??」


 両手をワキワキと動かしながら再び迫る鴉羽さんに、隼瀬さんは「ぴっ!?」と悲鳴(?)をあげながら僕の後ろに隠れた。

 もちろん僕の胴体をぎゅっと掴むのは忘れない。そういうとこだよ隼瀬さん……。


 そんな隼瀬さんの行動にまた鴉羽さんの機嫌が悪くなるかと思いきや、意外にも鴉羽さんは余裕たっぷりの笑みをこちらに向けた。


「まぁ何言ったところでまゆぴは聞かないだろうし、もういいよ。好きにしてみたら?」


 ひらひらと手を振ってそう口にする鴉羽さん。

 予想外過ぎるその言葉に、僕も隼瀬さんも一瞬「「えっ……?」」と思考が止まりかける。


 けど――


「た だ し」


 鴉羽さんは僕の腕を取ると、ぐいっと自分の方へ引っ張り隼瀬さんから引きはがす。

 そればかりかそのまま僕に身を寄せ、隼瀬さんに見せつけるようにぎゅっと抱き着いてきた。


 咄嗟のことで鴉羽さん以外、その場の誰もが反応できずにいる。


 そんな中で鴉羽さんは、


「奪えるもんなら奪ってみろ、だけどね?」


 と煽るように言い放った。


 時間が止まったように感じる一瞬、少し遅れて鴉羽さんの台詞が頭に染み込んでくる。

 同時に、隼瀬さんも我に返ったのか鴉羽さんの挑発に対して顔を真っ赤にしながら、


「な、何よそれ~~~っ!!」


 と叫んだ。


「言葉通りの意味だよん♪ まぁアタシがまゆぴに負けるハズないし? そんな目くじら立てるほどでもないかなって考え直したんだよ」

「むむむむ……!」


 あからさまに侮られている鷺ノ宮さんが悔しそうに唇を引き結ぶ。

 けど鴉羽さんはそんな隼瀬さんに構うことなく僕の腕を引っ張って、


「さー、帰るよ古内裏」


 と言いながら、隼瀬さんに向かってべぇと舌を出して見せたのだった。


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