14_乙姫ちゃんは驚愕する
「ね~古内裏、この漫画の続き借りてもいい?」
放課後、帰り支度をしているところにやってきた鴉羽さんが、一冊の本を見せながら訊いてきた。
彼女が手にしているのは先日僕が貸した漫画で、孤独なギタリストの少女がバンド仲間を見つけ、ドーム公演を目指して成り上がっていくという内容の青春ストーリーだ。
ロックが好きという鴉羽さんに刺さるかなと思って選んだんだけど、どうやら想像以上にのめり込んだらしく、このシリーズを貸し出した数はもう十冊目だ。
「うん、もちろんいいよ。また明日持ってくるね」
読み終えた本を受け取りながら僕が了承すると、鴉羽さんはうーんと悩むような様子を見せる。
「続きが超気になるからすぐに読みたいんだよね~……あ、そうだ! 今日これから古内裏ん家行っていい?」
「え、鴉羽さんがうちに来るの?」
それはまずいんじゃないだろうか。
「あ、玄関先で本だけ渡せばいいのか」
「何言ってんの。せっかく行くんだからおうち上げてよ~。古内裏が作ったぬいとか色々見てみたいし」
「で、でもうち親は仕事で夜遅いし女の子を上げるのはちょっと……」
「な~に? 何かイケナイことするつもりなワケ? 古内裏ってばケ・ダ・モ・ノ♡」
「我が家は安心安全なので全然オーケーです!」
自分の身体をぎゅっと抱くようにして挑発する鴉羽さんに乗せられ、つい了承してしまった。
こうして僕は突然、自分の家に彼女を連れていくという極めて大きなイベントを迎えることになったのだった。
◆
僕の家は学校から駅に向かい、そこからさらに少し進んだところにある。
(鴉羽さんは電車通学なので、いつも駅までは一緒だ)
取り立てて何もない住宅街の一画、黒い外壁の家の前で、鴉羽さんはめずらしいものでも見るように我が家を眺めていた。
「おぉ~……一軒家! しかも想像してた倍くらいデカい!」
「そうかな……?」
確かに小さくはないけど、豪邸とかお屋敷と呼べるほどではない。
立ち話もそこそこに「じゃ、どうぞ」と玄関を開け家の中へ。鴉羽さんも元気よく「お邪魔しまーす♪」と言いながら靴を脱ぐ。
するとたまたま廊下を通りかかった妹の乙姫ちゃんと出くわし、鴉羽さんとばっちり目が合った。小学校は高校より早く終わるしここから近いので、いつも先に帰宅しているのだ。
不意の遭遇に両者の時間が一瞬だけ止まる。
先に動き出したのはもちろん鴉羽さんだ。「カワイイ~~~!」と叫びながら乙ちゃんに近づいていき、少ししゃがんで目線を合わせた。
「古内裏の妹? アタシは鴉羽雛乃。妹ちゃんのお名前は何ていうの? 乙姫ちゃん? 名前まできゃわいいねぇ。ヒメちゃんって呼んでいい? アタシのこともヒナでいいよ~。何年生? 小四! じゃあもうすぐ十歳になるのカナ??」
ずずいっと乙ちゃんとの距離を詰めた鴉羽さんは、目をキラキラ輝かせながら怒涛の勢いで話しかけている。
(子供好きなのかな? いつにも増して随分とハイテンションだ)
ちなみに細かな質問に答えてるのは僕だ。乙ちゃんは僕に輪をかけた陰キャなので、突然のギャル襲来に驚いてフリーズしたまま立ち直れていない。びっくりしたハムスターみたいに固まったまま「あぅ、えぅ、おぅ……」と言葉にならない音を出し、されるがままになっている。
けどやがてハッと自我を取り戻すと、慌てて鴉羽さんから離れて僕の後ろに隠れた。
「ありゃ……」
露骨に警戒されて、珍しく鴉羽さんが残念そうな表情を見せる。
まぁあれだけガンガン攻めてこられたら無理もないだろう。僕は少しだけ身体をずらして二人を向き合わせると「僕の彼女だよ」と紹介した。鴉羽さんもそれに合わせて「彼女でーす♪」とVサインをして見せる。
「彼女……!? おにいの……?」
それを聞いた乙ちゃんは信じられないものでも見たように目を見開いた。
まぁ気持ちは分かる。僕だって乙ちゃんが「彼氏です」と言って陽キャなスポーツ少年でも連れて来ようものなら、驚いて卒倒するかもしれないし。
「そういうわけだから、ちょっと騒がしくなるけどごめんね。行こう、鴉羽さん」
僕は固まったままの乙ちゃんにそう言い残し、鴉羽さんを自分の部屋へと案内していった。
◆
「へ~、ここが古内裏の部屋かぁ……って何ここ! 本多すぎてウケる!!」
僕の部屋に入った途端、そう声を上げる鴉羽さん。
そんな感想が出てくるのも無理はない。元々八畳ほどの広さがある部屋は壁のほとんどが本棚に覆われていて、その中には様々な漫画がぎっしりと詰まっていた。
ちなみにクローゼットの中には最新のものから僕が生まれる前のものまで、これまた色々なゲームハードとそのソフトが並んでいる。
その他には角にセットされたゲーミングPCと(ゲーム用の)テレビ、鉄フレームの平凡なベッド、申し訳程度に置かれた衣装箪笥にラグとテーブル。
我ながら趣味全開な陰キャ部屋だ。
鴉羽さんは部屋のすみに荷物を置くと、物珍しそうに部屋の中を見回した。
「これだけ本があると目的のブツを探すのも大変そうだねぇ。ん~ここかな?」
などと言いながら、ベッドの下をゴソゴソと物色し始める鴉羽さん。ただでさえ短くした制服のスカートでお尻を突き出すように探すものだから、目のやり場に困る。
「……あの漫画の続きはこっちだよ。まったく何を探してるのさ」
「あはは、やっぱ定番じゃんこういうの」
「悪いけど、期待してるようなものはないよ」
ベッドの下なんて分かりやすい上に取り出しにくい場所に「そういうもの」を隠すのはフィクションの世界だけだ。
本当の隠し場所は鴉羽さんが探したところで見つけられるはずも無し。
僕は適当に流して例の漫画を取ろうと背を向けた。
が、
「古内裏、随分と余裕だねぇ?」
気に留めない態度が逆に裏目となったのか、鴉羽さんは確信を深めたような口調で僕を制する。
その鋭い声に、思わず足を止めてしまった。
「てことは……『ブツ』はパソコンかタブレットの中にあるんでしょ?」
ギクゥ……!
「な、何のことかな?」
「とぼけても無駄だよん♪ 探すのを止めもしないで視線を外すなんざぁ、もう白状してるようなもんだからねぇ?」
思わず振り返ると鴉羽さんがすっと立ち上がり、こちらへにじり寄って来た。
「さ、ロックパスワードを教えてもらおっかな」
「ひぃ! ご勘弁を……! 大体『そんなもの』見てどうするのさ!?」
「ん~? やっぱ彼女として彼氏の趣味くらい把握しとかないとかなって。ギャルものが多ければ言うこと無いんだけど……もしひとつでもゴスロリものがあったら、しっかり話し合わないとだしねぇ?」
可愛いスマイルでエグいことを仰る鴉羽さん。
どんどん追い詰められた僕は、とうとう背中が本棚にぶつかる。
しかしそういうことなら、尚更鴉羽さんに見られるわけにはいかない。
何故なら僕のコレクションで一番比率が高いのは、ギャルでもゴスロリでもなく「清楚お嬢様もの」だからだ!
決して他意はないけど、あれを見られたら終わる……!
「あ、ぼ、僕お茶と食べるもの持ってくるね! 鴉羽さんも適当にくつろいでて!」
ひとまずの窮地を脱するため、僕は苦しい言い訳を残して自分の部屋から逃げ出したのだった。
◆
キッチンでアイスティーを注いだグラスとクッキーを用意して、お盆に乗せる。
鴉羽さんをひとりで残してきてしまったけど、まぁ勝手にロックを破ろうとする人じゃないから大丈夫だろう。
用意したお茶とお菓子を持って自分の部屋の前まで戻ると、そこにはドアの陰に隠れて中の様子を覗う乙ちゃんの姿があった。
背後から近づく僕に気付くこともなく、じっと中を覗いている。けど中にいる鴉羽さんからは丸見えだったのか「あ、ヒメちゃ~ん♪」と声をかけられていた。
乙ちゃんは少し慌てた様子を見せるものの、逃げ出すことなくそのままドアの陰から鴉羽さんを観察している。
「どうしたの~? お姉ちゃんと遊びたくなったのカナ??」
鴉羽さんが猫なで声でそう言うのが聞こえた。
もちろん乙ちゃんが初対面のギャルと遊びたいなんて思うはずはなく、彼女はちょっと言葉に迷うように「えと……」と口にすると、
「…………ほんとうにおにいの彼女なの?」
と遠慮がちに鴉羽さんに問いかけた。
「あはは、本当だよ~。な~に? ニセモノの彼女だと思った?」
「うん。おにいに彼女なんてできるはずないし」
妹よ。気持ちは分かるけどそんなはっきり断言するのは止めようか。
僕が打ちひしがれているのなんて知る由もないだろうけど、鴉羽さんが「あははは」と笑うのが聞こえる。
「どうしてそう思うのかな? お兄ちゃんにもいいところがたくさんあると思うけど」
「おにいのいいところ?」
妹よ。気持ちは分かるけどそんな不思議そうに訊き返すのは止めようか。
完全に声をかけるタイミングを逸した僕は、そのまま廊下で聞き耳を立てる形になってしまう。
「おにいのいいところって何?」
「え? そうだなぁ……実は色んなことができたりとか、案外気遣い屋だったりとか、色々あるけど……」
鴉羽さんは「うーん」としばらく考え込んだ後、
「やっぱり、アタシが言うことでいちいち派手に落ち込んだりするところかな」
と朗らかに答えた。
僕は膝からがっくり力が抜けそうになるけど、飲み物が載ったお盆を手にしていたため何とか耐える。
そりゃないよ鴉羽さん……。
と少し恨み節がこぼれそうになるけど、鴉羽さんは「例えばさ」と言葉を続ける。どうやら話はまだ終わってないみたいだ。
「ちょっと何か言う度に落ち込んだり、逆に褒めたりすると嬉しそうにしたり、何か頼んだら頑張って応えようとするし、何かアドバイスしたら迷わず実践してみたりとかさ。まぁとにかくいっつも大真面目にアタシの話を聞いてくれるんだよね」
そう語る鴉羽さんの表情は、ここからでは窺い知れない。
けどその声音には何となくだけど、どこか嬉しそうな感情が感じられるような気がした。
「それってつまり、いつでも全力でこっちと向き合ってくれてるってことじゃない? やっぱりちゃんと自分を見て、上っ面だけじゃなく自分のこと理解しようとしてくれる相手がいるって嬉しいからさ。それがお兄ちゃんのいいところかな~ってお姉ちゃんは思うわけですよ」
部屋の中で鴉羽さんが立ちあがる気配がして、ドアの方に近づいてきた。
乙ちゃんの目線から察するに、目の前でしゃがんで目線を合わせてるみたいだ。
けど玄関の時とは違って、乙ちゃんは固まったり逃げたりする様子はない。
代わりにぽつりと、こんな問いがこぼれた。
「じゃあ、おにいのこと、好き?」
「う~ん、どうかな~」
乙ちゃんの純粋故に遠慮のない質問に、鴉羽さんは思案するそぶりを見せた。それを聞いて僕はちょっとだけ期待に胸が高鳴る。
けどそれも束の間。鴉羽さんは少し声量を上げて廊下まで聞こえるように、
「なにせ、こうやって乙女の内緒話を盗み聞きするような奴だしなぁ~~~」
と芝居めいた口調で言い放った。
ギックゥぅぅううっ!!
鴉羽さんに言われ、乙ちゃんもはっと振り返った。そこで初めて僕がいたことに気付き、「お、おにい……!?」と目を丸く見開いて後ずさる。
そうして出来たスペースに、部屋から出た鴉羽さんが入り込んできた。
「か、鴉羽さん……気付いてたの?」
「当たり前でしょ。何か言う度にずっこけそうになる気配がしてたもん」
鴉羽さんの察知能力、恐るべし……!
「それにしても盗み聞きは無いんじゃない? 可愛い彼女と可愛い妹が何話してるか気になるのは仕方ないけどさ」
「いやこれはっ……部屋に戻ったら二人で話してたから、入るタイミングを逃しただけで……!」
「ふ~~~ん? だってさ、どう思うヒメちゃん」
慌てて言い訳を並べる僕を見て、鴉羽さんはニヤニヤと口元を押さえながら背後の乙ちゃんに問いかけた。
妹よ、何とか兄をフォローしてくれ……と一縷の望みを託すものの、乙ちゃんは鴉羽さんの背後に隠れるように貼りついてしまい、その希望は無残にも打ち砕かれる。
「……おにいが悪い」
玄関の時とは立場がまったく逆になってしまった。
これはまたしばらくの間、オモチャにされる覚悟を決めた方がよさそうだ。
けど優しく笑って乙ちゃんの頭を撫でる鴉羽さんと、くすぐったそうにしながらも嬉しそうな乙ちゃんを見ていると、まぁ仕方ないかという気持ちになってしまうのであった。




