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13C_隼瀬さんは奪いたい

 その後も、僕は隼瀬さんに連れ回され色々なゲームで勝負させられた。


 そしてその全てで圧勝した。

 

 メダル落としでは一気に山を崩して勝負を決め、音ゲーではフルコンボで追随を許さず、最後に選んだレースゲーではプレイ前にハイスコア上位を独占する「INK」の文字に気付いた隼瀬さんが戦意を喪失してしまったのだ。


 結局何ひとつ僕に勝つことができなかった隼瀬さんは、また入口近くのベンチに戻って魂が抜けたようにぐったりしていた。


「何で……? 何で一度も勝てないの……?」

「もう諦めようよ隼瀬さん。僕陰キャだからゲームは得意なんだ」


 慰めにもならない言葉で涙目の隼瀬さんに気を遣う。

 正直わざと負けて終わりにすることも考えたけど、真剣勝負を望む相手にさすがに失礼かと思ってやめておいた。


 結果、二人そろってへとへとだ。

 隼瀬さんは何か言いたそうにじとっとこちらを睨んでくるけど、流石に体力も限界なんだろう。もう一度「まだよ!」が来ることは無かった。


 その代わり――


「……明日! 明日の放課後またここに集合だから! 次こそあんたにまゆの実力分からせてあげるわ!」


 と翌日もリベンジマッチ継続をご所望だ。


「明日? う~ん……どうだろう」

「何よ、予定でもあるの?」

「そういうわけじゃないんだけど……」


 隼瀬さんの誘いに、僕は頭を悩ませる。


 というのも、僕と鴉羽さんは二人とも予定の無い日は一緒に帰ることにしているのだ。

 他の用事を入れちゃダメではないけど、僕としては鴉羽さんと一緒にいられる機会を無駄にしたくない。だから自分の予定はなるべく空けておくことにしていた。


 でも予定を空けておくために別の誘いを断るというのも、それはそれで失礼じゃないだろうか?

(もし鴉羽さんに別の用事があったら、僕も暇になるわけだし)


 さてどうしたものかと考えていると、僕の煮え切らない態度が不満だったのか、隼瀬さんが唇を尖らせた。


「歯切れが悪いわね……まゆが遊んであげるって言ってるのに何が不満なのよ。まさか楽しくなかったとでも言うつもり?」

「そんなことないよ。何だかんだ隼瀬さんが選んだゲームは僕もやり込んだのばっかりだったし、面白かった」

「だからどれも勝てなかったのね……! ちょっと、ナベっちが一回も遊んだことないやつ教えなさいよ!」

「それはなりふり構わなすぎじゃありませんかね!?」


 ちなみにこの施設で僕が遊んだことのないゲームなど存在しない。

 どうしてもというなら新作が入荷するのを待つしかないだろう。


「でもやっぱり明日はやめとくよ。確実じゃないけど用事が入るかもしれないし」


 そう伝えると、隼瀬さんはあからさまに不機嫌そうな顔をした。


「それは聞き捨てならないわね。まゆより大切な用事って何よ……もしかして他の女?」

「まぁそうだけど……ていうか僕、鴉羽さんと付き合ってるんだ。聞いてなかった?」


 てっきり鷺ノ宮さんあたりから聞いてると思ってたけど。


 鴉羽さんのことを伝えた途端、隼瀬さんの瞳の奥できらりと何かが光ったような気がした。


「ふーん、ヒナちと……ね」


 思いもよらず何か面白いものを見つけた……そんな感じの目だ。


「だったら尚更、引き下がるわけにはいかないわね」

「え、ちょっと隼瀬さん!?」


 突然、隼瀬さんがこちらにずいっと身体を寄せてくる。

 それだけじゃなく片手を僕の太腿に置き、もう片方の手で僕の腕を取って自分の身体に密着させた。


 思わずのけ反ると、その分隼瀬さんに距離を詰められるので、ほとんど伸しかかられてるような体勢だ。


 小柄ながら意外と起伏に富んだ柔らかい感触に、一瞬思考が止まりかける。


「あの、僕が言ったこと聞いてた?」

「聞いてたわよ? でもまゆ、昔から人のものってなると無性に欲しくなっちゃうのよね」


 妖しげに目を光らせた隼瀬さんが、そんなことを言いながら唇をぺろりと舐めた。

 どうやら彼女にはそういう癖があるようだ。


「それにナベっちとは意外と趣味が合うみたいだし、よく見れば見た目もそこそこ悪くないし、何気にハイスペだし、何よりあのINKだし? ねぇ、まゆに乗り換えちゃいなよ」

「いやいやいや……そういうわけにはいかないでしょ」

「何で? どうせヒナちには遊ばれてるだけだよ? それはナベっちも分かってるでしょ?」

「それは……」


 まぁそうかもしれない。鴉羽さん本人にも「遊びだ」って言われたし。


 でもそれは鴉羽さんを諦める理由にはならないのだ。


「……もし遊びだとしても、ずっと遊び続けてたいって思われるよう頑張るよ。だからごめん」


 僕はそう言うとやんわり隼瀬さんの肩を押して、体勢をイーブンに戻した。


「……ふーん、思ったより一途なのね。そんなにヒナちのこと好きなの?」

「うん、まぁ……」


 改めて(しかも他人から)言われるとこそばゆい。でもそれが僕の偽らざる気持ちだ。


「……なるほどねぇ。よく分かったわ」


 僕の答えを聞いた隼瀬さんは、少し醒めたようにそう言った。

 怒ったり不機嫌だったりする様子はなく、どうやら理解してもらえたようだ。


 でもこれって、一応僕が隼瀬さんを振っちゃったことになるのかな……?


 何かフォローとかした方がいいんだろうか。

 陰キャなりに精一杯空気を読んで、そんなことを考えていると――


「よいしょっと」

「あれ?」


 突然、脚に重みと温かさを感じた。

 一旦身を引いたかと思った隼瀬さんが、あろうことか僕の膝の上に、所謂女の子座りで跨ってきたのだ。

 これにはさすがの僕も何が起こってるのか分からずフリーズしてしまう。


「あの、隼瀬さん? 一体何してるのこんなとこで……」

「ん? ナベっちが全然靡かないからちょっと本気出しただけだよ?」


 至近距離で向かい合う隼瀬さんはニンマリ笑うと僕の首に腕を回してきた。


 あ、これ全然分かってくれてないやつだ。


「やっぱり僕の言ってること聞いてなかったでしょ!?」

「聞いてたってば。ナベっちこそまゆが言ったこと聞いてなかったの? 他人のものほど欲しくなるって言ったじゃん」


 つまり攻略難度が高いほど燃えるってこと?

 さすがはゲーマー……などと考えてる場合じゃない。周囲には他の人もいるのに、万一同級生にこんなところを見られたらどんな噂が立つか……あ、それが狙いか!


 実にまずい。既成事実を作られる前に何とか抜け出したいけど、膝の上に隼瀬さんが乗ってるから強引に立ち上がることもできない。


 それに僕も男子だから、こんなことされてはいくら何でも冷静でいるのは難しい。


 足に伝わる柔らかさと間近で香る甘い匂いに、少しくらくらしてきた。でも同じ甘い匂いでも鴉羽さんはもうちょっと爽やか系だった気がする。今度鴉羽さんから近づいてきたらこっそりよく嗅いでみようかな。鴉羽さんはいつも距離が近いからチャンスはいくらでもありそうだ……。


 そんな感じでだんだん思考力が鈍っていき、これはまずいと思い始めたところで、ふと現実でも鴉羽さんの匂いがすることに気が付いた。


「な~~~にやってんのかな、まゆぴ~??」


 突然、僕らが座っていたベンチの真横から声を掛けられる。

 隼瀬さんと揃ってそちらを向くと、そこには笑顔だけど眉毛をぴくぴく痙攣させている鴉羽さんが立っていた。


 急いで来たのか肩で息をしている。


「ひ、ヒナち!? 何でここに……!?」

「アンタがこんな投稿するからでしょ! 気になって探しに来たんだよ!」


 そう言って手にしたスマホの画面を見せる鴉羽さん。そこにはいつの間に撮ったのか、マスクをつけた隼瀬さんと僕の写真がアップされていた。

 一応スタンプで顔は隠されてるけど、知り合いが見れば誰が映ってるのか簡単にわかる加工具合だ。


 添えられたテキストには【とある有名人と遭遇! 誰だと思う? ヒントは「I」で始まって「K」で終わって間が「N」~!】と書かれている。何してくれてんの……?


「いや、だとしてもどうしてここが分かったの……? 背景なんか真っ暗でどこだか分かんないじゃん!」

「あ、それは多分この前、僕のスマホに位置情報アプリを入れられたからだね」

「激重!? え、ヒナちってそんな感じだったっけ……!?」


 ちょっと引き気味になりながらも鴉羽さんの剣幕に圧倒され、隼瀬さんは僕から離れて立ち上がった。


「まゆぴ~? 他人の彼氏にちょっかいかけるなんてどういうつもりなのかな??」

「あ、あはは……いやちょっとしたジョークじゃん?」


 つっかつっかと大股で詰め寄る鴉羽さんに気圧され、隼瀬さんはどんどん後ろへ下がっていく。


「やだな~、そんなマジになんないでよ……何ヒナち、もしかしてナベっちのことガチなの?」

「ガチじゃないけど! それとこれとは話が別だから! まったくアンタは昔からアタシの持ってるもの何でも欲しがって……!」


 怒り心頭という感じで隼瀬さんに迫る鴉羽さん。

 どうやら隼瀬さんの悪癖は昔からのようだ。


「お、落ち着いてヒナち……さっきのは本当にちょっとふざけてただけよ。ここでナベっちと会ったのだって偶然だし……」

「偶ぅ然~……? ホントかなぁ?」

「ほんとほんと」


 ついに壁際まで追いつめられた隼瀬さんが、チラチラとこちらを見ているのに気が付いた。

 どうやら助け舟を出して欲しいらしい。仕方ないな。


「本当に偶然会ったんだよ。僕が遊ぼうと思ったゲームを隼瀬さんが先にやってたの」

「そうそう、『るん☆キャラろわいやる』って言うんだけどね。いやナベっちもアレ好きだったなんて知らなかったなぁ~」


 ものすごく白々しい調子で合わせてきた隼瀬さんに、鴉羽さんはじと~っと疑いの視線を向ける。


 しばらくそうしてたけど、やがて鴉羽さんは大きく溜め息を吐き、ガン詰めしていた隼瀬さんから一歩離れた。


「分かった。古内裏がそう言うなら信じるけど……とにかくまゆぴはもう古内裏にちょっかい出しちゃダメだからね?」

「あはは……分かったってば。ナベっちはただのゲーム仲間! でしょ?」


 と言いながら、隼瀬さんは座っている僕の背後に回り、ごく自然に肩に手を置いた。


「ホントに分かってるのかなぁ~……」

「大丈夫だって。あ、もうこんな時間だしまゆ帰らなきゃ。ヒナちもナベっちもまた明日ね……!」


 鴉羽さんは尚も疑わし気に隼瀬さんを見ていたけど、当の彼女はわざとらしい口上を述べて逃げるように立ち去って行った。

 そんな隼瀬さんの後ろ姿を、鴉羽さんは「まったくあの子は……」と呆れ気味に見送っている。

 二人は結構付き合いが長いみたいだし、きっとこういうやり取りも日常茶飯事なのかもしれない。


 何にせよ、鴉羽さんの機嫌がこれ以上悪くならなくて良かった。

 そう思った次の瞬間――


「あ、ナベっち。次のゲーセンデートはまた今度ね! 絶対リベンジするから首洗って待ってなさいよ!」


 帰ったと思った隼瀬さんが入り口からひょっこり顔を出し、とんでもない爆弾を放り込んできた。


 隼瀬さん……! 自分だけ安全圏に逃げたと思って……!


 とんでもない愉快犯――いや、鴉羽さんの怒りを僕の方に逸らす作戦かな?

 案の定、効果は覿面だったようで「ふーん、デート?」と冷めた口調の鴉羽さんがゆっくりこちらを振り返った。


 その顔は、笑ってるけど笑ってない。


「古内裏、まゆぴと『デート』してたんだ?」

「いやデートってわけじゃ……ただ二人で色々遊んでただけだよ」

「それを世間ではデートって言うんじゃないの?」


 やっぱそうなの?


 僕としては半ば無理やり連れ回されてただけなんだけど、まぁ何だかんだ満喫してしまっていたのも事実。

 デートという認識は無かったけど鴉羽さんの無言の圧に負け、僕は素直に「ごめんなさい……」と謝った。


 鴉羽さんはしばらくじとっとした目で僕を睨んでいたけど、反省していることが伝わったのか、やがてふっと緊張を解くように息を吐いた。


「ま、許してあげる。まゆぴの誘惑にもちゃんと耐えてたっぽいしね」

「ありがたき幸せです……!」


 変に日和らなくて良かった……!


 と安心したところで、鴉羽さんが「た だ し!」と僕の服を掴んでくる。

 何事かと思いきや、鴉羽さんはほんの僅かに顔を逸らしてもごもごと言いづらそうにしながら、


「さっきまゆぴが言ってたゲーム、今度アタシにもやり方教えてよね」


 と口にした。


 どうやら鴉羽さんは鴉羽さんで、隼瀬さんに対抗意識を持っているらしい。

 僕はつい笑いそうになるのを我慢しながら、


「『るん☆キャラろわいやる』のことなら丁度もうすぐ家庭版が出るから、そうしたら一緒に遊ぼうか」


 と答えたのだった。

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