12B_鷺ノ宮さんは警戒する
ブース式の大型なプリ機と言えど、中は三人で横並びになるには手狭だった。
必然的に鴉羽さんが中央のコンソール前に陣取り、その背後に僕と鷺ノ宮さんが並ぶことになる。
「こ、古内裏くん近いわよ……! もう少し離れてちょうだい」
「そんなこと言われても……」
お互い限界まで壁際に寄ってるけど、それでも少し動くと肩や手が触れてしまいそうな距離だ。
いつも鴉羽さんがつけてる爽やかな柑橘系の香水とは違った、花のような優雅で上品な香りがする……気がする。
正直ちょっと……いやだいぶ気まずい。
そんな僕らのことなど気にするそぶりもなく、鴉羽さんは「さ~て、どんな感じにしようかな~?」と楽しそうにタッチ式のコンソールをいじっていた。
これが結構低い位置にあるので、自然と鴉羽さんは前かがみになる。そうするとバランスを取るためお尻を後ろに突き出すことになるわけで……。
無意識なのか、それともわざとなのか、お尻をふりふりと動かしながら操作するものだから、油断してると手が触れてしまいそうだ。
(おっと……)
そうならないように手を引こうとしたら、隣にいる鷺ノ宮さんと指先が触れ合ってしまった。
途端、びっくぅ!と音が聞こえそうなくらいに驚いて肩を竦める鷺ノ宮さん。
「古内裏くん……! 今、私の手を握ろうとしたわね……!?」
僕と触れた手を庇うように胸元に寄せ、警戒感を露わにする。
僕も慌てて、
「ち、違うって! 鴉羽さんのお尻に近かったから引っ込めようとしただけで……」
と弁明するけど、それを聞いていた鴉羽さんが、
「え、古内裏アタシのお尻触ろうとしたの? いくら付き合ってるからって、それはまだ早いんじゃないかなー?」
とか言ってくるものだから、そっちにも「違うってば!」と言い訳するハメになった。
(鴉羽さんは絶対、分かっててからかってる! なぜなら顔がニヤついているからだ)
「とにかく、不注意で触っちゃったのは悪かったけど、そんなつもりは無いよ……」
「どうかしら……?」
必至に説明すると、鷺ノ宮さんは疑わし気な視線を向けてはいたものの、一応は矛を収めてくれた。
けれど手は胸に抱いたままだ。どうやら警戒レベルはMAXまで上がってしまったらしい。
また一歩、鷺ノ宮さんと仲良くなるまでの道を後退した気がして、こっそり溜め息がでてしまう。
でも同時にふと思い至ることもあった。
もしかして鷺ノ宮さんって――
そんな風に思考を巡らせていると、諸々の設定を終えた鴉羽さんが「さーて準備オッケー」と身体を起こす。
「それじゃ撮るよー? ……て古内裏、ほとんど見切れてんじゃん!」
画面に映ったカメラ映像を見て、鴉羽さんがそう声を上げた。
それもそのはず。限界を超えて距離を取った結果、僕はブースの入り口に下がった垂れ幕を突き抜け、身体が半分ほど筐体の外にいたのだ。
「なんでそんなスミッコにいるのさ。ほら、もっとこっちおいで」
「え、でも……」
ぐいぐい腕を引っ張る鴉羽さんに、やんわりと抵抗を示す。
僕としてはさっきと同じ轍を踏まないよう気を付ける意味もあったし、何より――
「多分だけど、鷺ノ宮さんって男子が苦手なんじゃないの……?」
「……!」
本人に聞こえないようにそっと耳打ちすると、鴉羽さんもぴくりと反応を示した。
「……なんでそう思ったの?」
「いや、だって手に触っちゃった時すごい驚いてたし……今考えたら、さっき鴉羽さんが色んな服を着て僕に見せようって言った時もすごい嫌がってたからさ」
教室では普通に男子と話してるのを見たことあるし、初めて僕と喋った時も向こうから絡んできたから気付かなかったけど、そう考えると色々なことに合点がいく。
距離のあるところで普通に話すのは問題なくても、こうやって過度に近づくのはまた別なのかもしれない。
「だから、ちょっと離れてた方がいいのかなと思って」
そう伝えると鴉羽さんは少し嬉しそうにニッと笑って、僕の胸に拳を当てる。
「古内裏、ちゃんと『観察』できるようになってるじゃん」
「そ、そうかな……」
そうだといいんだけど。
「でも、ま大丈夫だよ。いいからおいで」
と鴉羽さんが言うので、僕も再びブースの中へ。
本当に大丈夫だろうかと鷺ノ宮さんの様子を覗うと、当の本人はいたく不機嫌そうに膨れていた。
「さっきから何を二人でこそこそ話しているの? 私もいるってこと忘れてるんじゃないかしら……?」
のけ者にされていると思ったんだろうか。警戒感よりも不満の方が大きかったようで、拗ねたみたいにぷいっと顔を背ける鷺ノ宮さん。
それを見て鴉羽さんは「あはは、忘れてないよ。寂しかったの~? よしよし」と頭を撫でていた。
しばらくそうしてようやく鷺ノ宮さんの機嫌が直ったのを見計らい、「じゃ改めて、撮るよー」と鴉羽さんが撮影スタートのボタンを押した。
僕は証明写真を撮るかのように直立して、一応口元だけは笑顔を作る。
カシャリと電子的なシャッター音が何度かブースに響き、少しずつポーズを変えながら複数回の撮影を終えると、中央の画面に撮られた画像が表示された。
案の定、僕も鷺ノ宮さんもどこか表情がぎこちない。
う~ん……やっぱり「一緒にプリクラで仲良し作戦」は、少し時期尚早だったんじゃないかな……?
そんな僕の不安が伝わったのか、コンソールを前にした鴉羽さんが不意にこちらを振り返った。
「心配しなくても大丈夫だって。プリの魔法はこっからが本番だよん♪」
自信満々にウインクした鴉羽さんは、備え付けのタッチペンをくるりと回して「ほれちょちょいのちょいっと」と素早く写真の加工と落書きを終え、僕らに見せることもせず「はい終わり~」と終了ボタンを押した。
ほどなくしてプリントされてきたシールを手に取ると、「どうよ!」とそれを得意気に掲げて見せる。
そのあまりの出来栄えに、僕は「ちょ……」と言葉を失ってしまった。
まずひと目見て違和感を覚えるのが僕の目だ。
プリ機の「盛り」機能で限界まで大きくされたそれは、まるで漫画のキャラクターみたいなサイズになっている。
おまけにまつ毛まで盛りに盛られているため、全体の印象は人間と言うよりグレイ型の宇宙人に近い。
さらにひどいのは鷺ノ宮さん。
本来は形のいい薄い桜色の唇が、タラコを二本並べたみたいに太く、長く、大きくされていた。
顔の上半分は何も加工されてないみたいだけど、それが却って中途半端に美人の面影を残してしまい、アンバランスさがより際立っている。
どっちも不気味を通り越して、一周回って滑稽だ。
思わず噴き出しそうになるけど、加工されているとはいえ女性の顔写真で笑うのはデリカシーに欠ける。
そう思ってぐっと耐えたんだけど――
「…………ぷっ」
狭いブースの中で、誰かが小さく噴き出す声が聞こえた。
僕も鴉羽さんも、揃って発生源に目を向ける。
「鷺ノ宮さん、もしかして今笑った?」
「…………笑ってないわ」
そう誤魔化すものの、鷺ノ宮さんは顔を背けたまま小さく肩を震わせている。
「いや、絶対笑ってるよね!?」
「し、しつこいわよ古内裏くん。笑ってないったら笑ってないわ!」
一度、二度と小さく咳払いして気を落ち着けた鷺ノ宮さんが、抗議しながらこちらを向く。
けど目の前には加工写真が掲げられたままだ。
(もちろん、鴉羽さんがわざと見せびらかしている)
振り返ると同時にそれが視界に入った鷺ノ宮さんは、とうとう堪えきれずに「ぷっふっ……!!」と漏らし、咄嗟に口元を押さえた。
「やっぱり笑ってる!」
「……仕方ないじゃない! 古内裏くんの顔が面白過ぎるのが悪いのよ……うふ、あはははっ」
とうとう開き直った鷺ノ宮さんが、我慢するのをやめて笑い声をあげた。ブースの壁に寄りかかるように身体を預け、お腹を抱えて身体をくの字に曲げている。
ついには涙をぬぐい始める始末。
いや、別に笑うのはいいんだけどさ……。
「その言い方だと写真で笑ったのか元々の顔で笑ったのか分からないんだけど……」
「ふふ……ご想像にお任せするわ」
「そこははっきり『写真だ』って言ってくれないかなぁ!?」
さすがにそんな笑われるほど、元の顔はひどくないはずだ。
……はずだよね?
まだまだ発作が治まらない鷺ノ宮さんに釈然としないものを感じつつ、けどその様子を見ていると、それ以上何か言うのも野暮な気がしてきた。
ようやく楽しそうに笑ってくれた鷺ノ宮さんに釣られ、僕もふと口元が緩みかけたところで――
「二人ともや~~~っと緊張が取れてきたみたいだね?」
とツッコむ声に、僕も鷺ノ宮さんもはっと我を取り戻す。
見れば悪戯が成功した子供のようにニヤケた笑顔で僕らを見る鴉羽さんの姿があった。
「うんうん、ばっちし仲良しになったみたいでアタシも嬉しいよ」
腕を組んでしみじみと頷く鴉羽さんに、「いや別に……」「仲良くなったというわけでは……」と二人そろって弱々しく反論する。
けど確かに僕と鷺ノ宮さんのあいだにあった緊張感は、いつの間にか感じなくなっていた。
どうやら僕も鷺ノ宮さんも、上手いこと鴉羽さんに乗せられてしまったようだ。
さすが鴉羽さん……と感心するけど、一方で見事思惑にはまってしまった感もあり、ちょっとばかり気恥ずかしい。
それを誤魔化すため、僕は少し不満そうに鴉羽さんが手にした写真に目を向けた。
「これを狙ってこんなに変な写真にしたの?」
「傑作だったでしょ。二人とも美人にしてあげたんだから感謝してよね?」
「ちゃっかり自分だけ何も加工してないし……」
「それはホラ、アタシは盛らなくても十分きゃわいいし?」
と、鴉羽さんはいつも通りにおどけてみせる。
けど――
「その理屈だったら鷺ノ宮さんだって盛らなくて良かったんじゃない?」
何の気なしにそう言い返したら、鷺ノ宮さんが「んなっ……!?」と驚いたように固まった。
鴉羽さんも「ほほーん?」と半目のニヤニヤ顔で口元を押さえ、意味深な視線を僕に向けている。
一体どうしたんだろう……と思っていると、
「こっ、古内裏くん……今、私のことを口説こうとしたわね……!?」
「え」
真っ赤になった鷺ノ宮さんが、僕を指さして声高に叫んだ。
「へーえ? 古内裏ってばマリのことそんな風に思ってたんだ?」
鴉羽さんも肩ごと僕にぶつかってきて「うりうり」と肘で突いてくる。
そう指摘されて、僕もようやく気付いた。
さっきの発言……要するに「鷺ノ宮さんも十分可愛い」って言ったようなものじゃないか……!?
「違っ……あれは言葉の綾というか……!」
「ん? つまりマリを可愛いとは思わないってコト?」
「いや、そういうわけじゃないけど……!」
慌てて言い訳を並べるものの、時すでに遅し。否定しても肯定しても、後に待っているのは地獄ばかりだ。
こうして僕は散々鴉羽さんにからかわれた挙句、鷺ノ宮さんには「ヒナと付き合ってるのに私にまで……」と軽蔑するような目を向けられてしまったのだった。
鷺ノ宮さんの警戒対象に戻ってなきゃいいんだけど……そこはこの後、鴉羽さんのフォローに期待するしかないか。




