11_鴉羽さんは練習する
今日は校外学習で県境近くの川原に来ている。
ひと班男女三人ずつの計六人組で、班ごとに飯盒炊爨でカレーを作るというイベントだ。
普段の僕なら余りに余った末、どこかにお情けで入れてもらうところだけど、今回は違う。
鴉羽さんが僕を捕まえ、ぱぱっと人数を集めてひと班を結成してしまったのだ。
僕と鴉羽さんの他には、鷺ノ宮さん、彼女と同じく鴉羽さんと仲がいい隼瀬さん、あとは男子の稲葉くんと幡谷くんだ。
「おお~、結構いいトコじゃん、テンションあがるね♪」
川原併設のキャンプ場を見渡し、鴉羽さんが楽しそうに声を張り上げた。
Tシャツにジーンズというラフな格好ながら、強い日差しの下で見ると輝いてるようだ。
「おい、ちょっと川入って遊ぼうぜ川っ! 魚とかいっかな~釣り竿持って来りゃよかった」
「ここ釣り禁止だって書いてあったよー」
活発で明るい幡谷くんが大はしゃぎして、優等生気質の稲葉くんがそれを諫めている。この二人はそれぞれ運動部系男子と文化部系男子の中心的な人物だ。
「まゆはちょっと休みたーい。夏前なのに日差しキツすぎ……」
「まゆぴはインドア派だからねぇ」
着いて早々お疲れ気味にしゃがみ込んだのは隼瀬さん。今日は結構暑いのに黒を基調としたフリフリな服を着こんでいる。これじゃあバテるわけだ。
そんな隼瀬さんの頭を鴉羽さんがよしよしと撫でていた。
鴉羽さんが集めただけあって、班員はみんな個性豊かなメンバーだ。
それだけにこのままじゃ収拾がつかなくなりそうだけど、浮ついたみんなを集めるように鷺ノ宮さんが「はいはーい、注目」と声をかけた。
「カレー作りと片付けが済んだ班から自由時間らしいから、さっそく準備を始めましょう。みんなで手分けしてやればすぐ終わるだろうし、遊ぶのはその後からね」
「「「はーい」」」
鷺ノ宮さんの号令にみんな集まって元気よく応える。さすがお母さん力は伊達じゃないようだ。
「じゃあまずは火起こしだな。結構体力仕事だし、ここは男子に任しとけよ」
幡谷くんがバシッと拳を手のひらに撃ちつける。遊びだけじゃなく課題もやる気十分といった様子だ。
ただ、そんな彼には申し訳ないんだけど――
「あ、火ならもう起こしといたよ」
一同の「え?」という視線が僕に刺さる。
川の近く(僕らに割り当てられた一画だ)には既に石を積み上げた簡易的なかまどが出来ていて、その中では薪がぱちぱちと音を立てながら燃え盛っていた。
「薪に火をつけるの結構時間がかかるからさ、着いてすぐにやっといたんだ」
「お、おおそうか……ありがとな古内裏……」
そう言って幡谷くんがすごすごと引き下がる。
出鼻を挫かれた彼に代わって、鷺ノ宮さんが「それじゃ、ほかには――」と気持ちを切り替えるように進行を続けた。
「食材の下ごしらえね。これは女子の誰かにお願いしようかしら」
「それならアタシが――」
「下ごしらえもやっといたよ」
言いながらひと口大にカットされた肉や野菜を机代わりのクーラーボックスにどんと置く。
下ごしらえは水道を使うから、来る途中の炊事場であらかた済ませてきたのだ。また戻るのも手間だしね。
「じゃ、じゃああとはご飯の準備を……」
「うん、それも終わってる」
みんなからは見えづらいけど、かまどの裏側には飯盒が吊るしてあって、中には洗ったお米と水が入っている。
もう少しお米に水を吸わせたら火にかけてもいい頃合いだ。
「だからあとは食材を炒めて煮るだけだね。あ、気にしないで。僕がやっておくから――」
みんなは思う存分遊んできて大丈夫。
そう言おうとしたところで――
「はい古内裏イエローカーーードっ!」
突然笛(指笛)を鳴らした鴉羽さんが近づいてきて、胸ポケットからカードを取り出すような仕草を見せた。
「え、イエロー……なに?」
「ダメじゃん古内裏、何でもかんでもひとりでやっちゃ」
「ダメ……かな?」
呆れ顔の鴉羽さんに指摘されて見回すと、他のみんなもぽかんと口を開けて微妙な顔をしている。
訳が分からず鴉羽さんに視線を戻すと、彼女は腰に手を当て「あのねぇ……」と説明してくれた。
「こういうのはみんなで一緒に苦労するのも思い出なんだからさ。古内裏だけでぱぱっと片づけてちゃ意味ないじゃん」
「そういうものなの……?」
「そういうものなの!」
「ご、ごめん……」
指摘されて頭を下げると、固まっていた班員のみんなも「ああいや……」と金縛りが解けたように動き出した。
「ま、まぁ気にすんなよ古内裏! つかお前料理とかできたんだな」
「まゆ的には楽できて全然おっけ~。むしろ残りもよろしく、みたいな?」
「さすがに炒めて煮るくらい俺らでやろうよ隼瀬さん。そういうわけだから、古内裏くんは休んでていいよ」
そう言って稲葉くんが食材を手にして、続きを引き受けようとする。
「え、でも」と遠慮しようとすると、幡谷くんに
「うっせー! この先もひとりでやったら、今日からお前のあだ名は全自動調理鍋だ」
と言われ、仕方ないのでカレーができるまで休憩していることになった。
◆
キャンプ場の端にあった岩の上で手持無沙汰に休憩していると、背後から誰かが近づく気配。
「よっ、古内裏。釣れてる?」
「釣りしてるわけじゃないよ……」
やってきたのは鴉羽さんだ。彼女は僕の隣に腰を下ろすと、腕を支えにぐ~っと身体を伸ばした。
「カレー作りはいいの?」
「鍋の周りに五人いたって仕方ないでしょ。アタシは古内裏係になったからいいの」
「何それ?」
「落ち込んでる古内裏を慰める係」
何その貧乏くじ。
「別に落ち込んではいないよ」
「そ? じゃ慰めるから落ち込んで」
「無茶言うなぁ!」
本当に落ち込んでるわけじゃない。ただやらかしたことは反省したほうがいいだろう。
大勢で集まると、たまにこういうことがある。僕としては良かれと思ってやってるんだけど、結果として場を白けさせてしまうのだ。
今回はたまたまメンバーの懐が深かったから事なきを得たけど、一歩間違えれば楽しい校外学習が台無しになっていたところだ。
「う~ん……みんなに溶け込むのって難しい」
心の底からそう思い、つい言葉に出てしまった。
「そんな難しくはないよ。相手のことよく観察すれば、どんな気持ちか大体分かるでしょ?」
「陽キャってみんなエスパーなの?」
「古内裏は観察が足りてないんだよ」
そう言うと、鴉羽さんは立ち上がって僕の正面に回った。
「ほら観察。何か気づくことない?」
「え……?」
言われた通り、目の前に立つ鴉羽さんをじ~っと観察する。
ラフだけど細身のシルエットで纏まった私服姿は、しゅっとしててかっこいい。普段と違って髪を纏めた上にキャップを被ってて、全体的に少しボーイッシュな印象だ。
こういう服装も似合ってるけど、特に変わったところは無い。前回の反省を踏まえて服の感想はすぐに伝えたし――
……と、そこまで考えてある事に気づいた。鴉羽さんの指に絆創膏が貼られているのだ。
「鴉羽さん、その左手……」
指摘すると、鴉羽さんはばっと手を前に出して見せた。
「やっと気づいたか! そうだよ、古内裏にイイトコ見せようと思って練習してきたのに、全部台無しじゃん!」
「そうだったの……? それはごめん……!」
今日のためにわざわざそんなことをしてくれてたのか……!
それなのに僕は勝手に先走って、その機会を潰してしまった。
っていうか、よく考えたら僕が余計な事をしなければ鴉羽さんの手料理(と言えなくもないもの)を食べられたってことなのでは……!?
「どう? 観察の大事さが分かった?」
「はい……」
改めて自分のやらかしたことの重大さが身に染みてきた。
その場に崩れ落ちる僕の頭をぽんぽん叩きながら、鴉羽さんが「分かればよろしい」と声をかける。
「じゃーそろそろ戻ろっか。もうカレーも出来上がる頃だしね。ほら立って」
「うん……」
鴉羽さんに促されてよろよろと立ち上がるものの、僕の足取りはゾンビのように重い。
彼女の手料理を食べ損ねたというのはそれほどまでに重大なことなのだ。
はぁ……と溜め息を吐くと、そんな僕を見かねたのか鴉羽さんが「元気だせって」と軽く肩をぶつけてきた。
「そんな落ち込まないでよ。練習の成果は今度別の機会に見せたげるからさ」
「え」
それってどういう――?
僕が問い返そうとすると、鴉羽さんははぐらかすように笑って「ほら、急ぐ!」と僕の手を引いてきた。
「今度」って一体いつなんだろう。どこで手料理を披露するつもりなんだろう。
気になることはいっぱいあったけど、それをここで訊くのは野暮な気がしたので、僕は黙って鴉羽さんに引っぱられるままみんなの元へと戻って行ったのだった。




