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10_鴉羽さんは楽しんでる

「……これが僕!?」


 そう自分で感激してしまうくらい、鏡に映る姿はいつもの僕から想像もできないくらい見違えていた。

 ボサボサだった髪の余分な部分を軽くカットしてもらい、ほんの少しだけ色を抜いてボリュームが出るよう片側へ流す。


 それだけなのに普段からガラリと変わった自分の印象に、一瞬魔法か何かを疑ってしまう。


「あんまりセットに慣れてないって聞いたから、軽く梳かして整えるだけで再現できるようにしたわ」


 そう言って鏡の向こうでウインクするのは、美容師の早乙女さん。こんな喋り方だけど男性だ。


 ここは鴉羽さん行きつけの美容室。

 無事バイト代を前借りできた僕は、彼女に連れられて人生初の美容カットに挑戦していた。


 正直めちゃくちゃ緊張したけど、出迎えてくれた早乙女さんのキャラの濃さに圧倒されている内にあれよあれよと施術が終わり、今に至るというわけだ。


「雛乃ちゃんの紹介だから張り切っちゃった♪」

「さっすが早乙女さん! 古内裏マジ別人じゃん!」


 後ろから見ていた鴉羽さんも興奮気味にはしゃいでいた。

 椅子の背もたれに手をかけ、鏡越しではなく直接僕を覗き込む鴉羽さん。

 そんなにまじまじ見つめられると照れてしまう。


「後は教えた通りに眉毛のお手入れを頑張ること。お洒落は普段の心がけだから、これからは毎日しっかりキメていくのよ?」

「はい、ありがとうございました!」


 サムズアップで返してくれた早乙女さんに見送られ、僕と鴉羽さんは美容室を後にしたのだった。



   ◆



「どう? 生まれ変わった気分は」

「生まれ変わったって、そんな大げさな……」


 ……こともないか。

 見た目が多少マシになったというだけで、いつになく気分が上向いているのを実感できる。

 うまく言葉にできないけど、容姿という鎧によって全身が守られているような安心感だ。


 陽キャの人たちはこの安心感があるから、あんなに余裕たっぷりでいられるんだなぁ……。

 ほんの少しだけ彼らの気持ちが理解できたかもしれない。


「……結構、気分がいいかも」

「そうでしょそうでしょ」


 鴉羽さんは腕組みして満足そうに頷いた。


「じゃ、次はどこ行く?」

「え? このままどっか出かけるの?」

「あったり前でしょ! 何のためにばっちりキメて来たと思ってるの」


 そう言って「ほれ」と腕を広げ、全身を見せてくる鴉羽さん。


 黒い大きめのトップスにホットパンツという服装の鴉羽さんは、制服姿とはまた違った魅力がある。

 ピアスやネックレスといったアクセサリーも、心なしかいつもより増量されている気がした。


 あ、これ僕のためにお洒落してきてくれたのか。

 それに気づくとなんだかむず痒い。


「あの、すごく似合ってるよ鴉羽さん」

「言うのが遅い」


 おずおずと褒めると、じとっとした目で睨まれてしまった。

 たしかに、そんなのは合ってすぐ言うべきだったかもしれない。

 これは大失点か……と思ったけど、鴉羽さんはすぐににまーっと笑うと僕の手を取った。


「そんな古内裏に挽回するチャンスをあげる」

「チャンス?」


 あ、これなんか面白いこと(僕にとってはまずいこと)を思いついたやつだ。


「今日一日、アタシをエスコートすること。満足できたら誉め言葉が遅すぎたのは水に流してあげよう」

「エスコートって……どこに行けばいいの?」

「それを自分で考えるの!」

「え~……難しいな。僕、友達いないから外で誰かと遊んだことないんだよね」

「じゃ、よかったじゃん。友達を飛び越えて彼女とデートだよ♪」


 デート……! 言われてみるとそうか。

 そう思うと少し気恥ずかしくなってつい視線を逸らしてしまうけど、それを見逃す鴉羽さんじゃない。むしろ僕の反応を予想していたように、ニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる。


「あれれ、意識しちゃったかな~?」

「べ、別にそういうわけじゃないけど」


 と誤魔化す僕は、正直めちゃくちゃ意識していた。


 でもそういうことなら日和ってるわけにもいかない。先ほどの失点を回復する意味でも、また初デートで鴉羽さんに認めてもらうためにも、ぜひこのミッションはコンプリートしなくては!


「わかったよ。今日は精一杯鴉羽さんを楽しませてみせる」

「お~、期待してるよん」


 と期待しているのかいないのか掴みどころのない激励を受け、僕は鼻息荒く繁華街へと踏み出すのだった。



   ◆



 そして十数分後。


「こ、ここなんてどうかな?」


 ……と言う僕らの前にあるのは映画館。


 ど定番だと笑わば笑え。僕にあるのはせいぜいが漫画で読んだ知識くらいなのだ。


「う~ん、5点」

「低い! ちなみに10点満点だよね?」

「いんや? もちろん100点満点でだよ♪」


 厳しすぎる評価にショックを受けた僕は、ふらふらと街灯にもたれかかった。

 そりゃ満点とはいかないだろうけど、最低限ハズさないチョイスだと思ったのに。


 しおれる僕の横で、鴉羽さんは人差し指を立てて「いい?」と減点理由を解説してくれた。


「映画観てるあいだは喋れないし、一度見始めたら二時間くらいかかるでしょ。何か観たいやつがあるならともかく、とりあえずの選択で一緒の時間を削っていいの?」

「うう……よくないです」

「大体もうお昼だし。今からじゃランチタイム終わるまで出てこれないじゃん。そこまで気が回らなかったかな古内裏クン??」

「仰る通りですぅ……」


 よく考えもせずに安易な選択をしたのは失敗だったらしい。


 打ちひしがれた僕の無様な姿に満足した鴉羽さんは、「とりあえずどっかでお昼にしよっか」と僕を引きずって近くのショッピングモールへと入っていくのだった。




 モールの1階にあるサラダ専門店に入り、席を確保してどうにか落ち着いたところで、


「ちょっと古内裏、いつまでしょげてんの」


 と、まだ放心状態の僕を見て呆れる鴉羽さん。


「半分くらいは鴉羽さんのせいなんだけど……」

「あはは、ゴメンて。古内裏で遊ぶの楽しくてつい調子に乗っちゃうんだよね」


 さして悪びれた様子もなく謝ると、鴉羽さんは「ほら、注文どれにする?」とメニューを広げて見せた。

 メニューには色とりどりのサラダが何種類も載っていて、何ていうか……すっごい洒落ている。


 よく見れば内装もオーガニックテイストの落ち着いた雰囲気で、周囲のお客さんも心なしかキラキラなオーラを発してるような気がする。


 僕ひとりならまず入らないような素敵なお店だ。そこにさっとエスコート(?)してみせた鴉羽さんは、やっぱりかっこいい。


 自分との落差についつい溜め息を漏らすと、まだ僕が拗ねていると誤解したのか、鴉羽さんが困った子供をあやすような声を上げた。


「もー、いい加減機嫌直してよ。ね?」

「ああごめん。言われたことはもう気にしてないんだけど……やっぱり見た目だけ整えても僕は僕だなーって思っちゃって」


 美容室を出た直後の万能感は、今や跡形もなく粉砕されていた。


「スマートに鴉羽さんを楽しませられるようになるのは、まだまだ先みたいだよ」


 たはは……と自嘲気味に笑う僕。

 すると鴉羽さんは何かを言いたそうに口を開き、けれどやっぱり止めると、おもむろに立ち上がって僕の隣に座り直した。


 さらにずいっと身体を寄せてくる。突然のことに僕は硬直した。


「鴉羽さん? なんで隣に……?」

「別に~? 二人でメニュー選ぶならこっちの方が見やすいでしょ」


 言いながら鴉羽さんはメニューに視線を落とす。

 距離が近いのは今に始まったことじゃないけど、今のは何だかちょっと様子がおかしいかったような……?


 そんなことを考えながら鴉羽さんから目が離せずにいると、不意に鴉羽さんもこっちを向いたので、目と目が合う。


「古内裏、メニューじゃなくてアタシのこと見すぎ」

「ご、ごめん……でも鴉羽さんが急にくっついてくるから……」


 指摘されて顔を逸らすと、鴉羽さんはにししと笑った。


「古内裏はさぁ、なんか勘違いしてるよ。デートで相手を楽しませようってのは大事だけど、アタシに言わせればちょっとズレてんだよねそれ」

「ズレてる?」

「うん」


 鴉羽さんは「そもそもの話」と続けた。


「一緒にいて楽しい相手だからデートしたり付き合ったりするワケじゃん? 別にそんな一生懸命にならなくても十分楽しいよ、アタシ」


 そう言うと鴉羽さんは店員さんを呼び、いくつかの注文を伝えていく。

 その姿を横目に、僕は最初に鴉羽さんに言われたことを思い出していた。


 そういえば鴉羽さんからは「エスコートして」とは言われたけど……「楽しませろ」とは言われてなかったっけ。


「大体さっき『古内裏で遊ぶの楽しい』って言ったでしょ? あーあ、全然聞いてないんだもんなぁ」

「あ、だからちょっと不機嫌そうだったんだ……」


 確かに言ってた気がする。気もそぞろでちゃんと聞いてなかったのは申し訳ない。


「……って、その遊びは少しくらい自重してほしいんだけど」

「ダーメ♡ って言うかホントは古内裏だってアタシみたいな美少女にイジられて嬉しいんでしょ? ほら、素直に言ってごらん」

「あながち否定できない……!」


 大げさに悔しがる素振りを見せると、鴉羽さんは声を上げて笑った。

 その笑顔はとても自然で、少なくとも楽しんでいるというのは嘘じゃないみたいだ。


 いつの間にか僕の中にあったもやもやした気持ちはどこかへ行ってしまった。


 代わりに――鴉羽さんにとって「一緒にいるだけで楽しい」存在になれたことで、僕の中にほんの小さな自信が芽生えるのを感じたのだった。

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