09_鴉羽さんは悔しがる
今日は帰りのホームルームで、先日行われた中間テストの結果が戻された。
クラスのみんなが泣いたり笑ったりと色めき立つ中、担任の鳩見先生が笑顔で「赤点の生徒は今週末補習ですよー」と無慈悲な宣告を下す。
「えー!? そりゃないぜハトちゃん!」
「鳩見先生です」
「ハトちゃんお願い、今回だけ見逃して?」
「鳩見先生です!」
そこかしこから上がる悲鳴と抗議の声……どうやら対象者は多いみたいだ。まぁ高校最初のテストだしね。
土日が補習になったら大変だなぁ……なんてことを考えながらぼんやり過ごしている内にホームルームが終わり、鴉羽さんが僕の席へとやってきた。
「古内裏ぃ、今度の土日どっちかヒマ?」
「もちろん暇だよ」
「陰キャだから?」
「うん、陰キャだから」
と冗談を飛ばし合って笑う。こんなやり取りも慣れたものだ。
「前に話した美容室さ、土日のどっちかで予約取れそうなんだけど行く?」
「ほんと? 予約するの結構大変だって言ってたのに」
「まぁアタシ常連だからね。いくつかキャンセル入ったからって連絡くれたんだよ」
「へ~そうなんだ。じゃあせっかくだから土曜日にお願いしようかな」
美咲さんに頼んでバイト代を少し前借りさせてもらおう。
「おっけー、それじゃ予約入れとくよ」
鴉羽さんはスマホをぽちぽちと操作する。
その姿を見て、僕はふと鳩見先生が言っていたことを思い出した。
「そう言えば鴉羽さんテストは大丈夫だったの? 補習の人結構多そうだったけど」
大丈夫じゃなかったら鴉羽さんの土日は潰れることになる。もしかして僕ひとりで行ってこいということだろうか?
それは困る。僕みたいな陰キャがひとりでキラキラな美容室に行ったら、オーラに阻まれて入れないかもしれない。
そんな僕の心配を他所に、鴉羽さんはにまーと笑った。
「古内裏ぃ、アタシがギャルだからってバカだと思ったら大間違いだよ? ほら、この通り」
どこから取り出したのか、各教科の点数がまとまったシートをビシッと僕に突きつける鴉羽さん。
見ればすべての教科で70~80点台を獲得している。
「おお、すごい」
「へっへーん、今回はマリに勉強見てもらったからね。ま、ざっとこんなもんよ」
と鴉羽さんは自慢げに胸を張った。
「っていうかアンタこそ大丈夫だったワケ? ちょっと見せてみなよ」
「あ」
机の上に出しっぱなしだった僕の点数シートをひょいと取り上げる鴉羽さん。
「さてさて、どんなもんかな~?」と楽しげに目を落としたけれど、そこに記された点数を見た途端、その表情が驚愕に変わった。
「ぜ、全教科90点越え!? 古内裏、アンタめちゃくちゃ頭良かったの……!?」
「はっはっは、なに言ってるの鴉羽さん。陰キャなんだから勉強ぐらいできるよ」
陰キャは普段遊びに行かない分、他のみんなに比べて時間が有り余っている。
当然勉強する時間もたっぷり取れるので、このくらい当然なのだ。
ちなみに順位は学年二位だ。つまり、もしかしたら同じ学年にひとり、僕より陰キャな人がいるのかもしれない。
そんなことを考えていると、ふとシートを持つ鴉羽さんの手が震えているのに気が付いた。
紙がシワになるほど強く握り、ほとんど顔にくっつけるぐらい近くで僕の点数を凝視している。
「古内裏……やっぱ土曜はひとりで行って」
「えっ? どうしたの鴉羽さん」
補習はないはずだよね……?
「アタシ、土日は勉強するから。つかこれから図書室行って答案見直すから、今日はひとりで帰って」
「ええ~っ!?」
じっとりした目で僕にシートを付き返すと、鴉羽さんは鞄を手に、足早に教室を去ってしまったのだった。
◆
そして図書室。
すみの席に陣取った鴉羽さんはテストの答案と教科書を見比べ、間違えた個所を黙々とチェックしていた。
その表情は真剣そのものだ。
もしかしたら僕にテストの点で負けたのが悔しかったんだろうか。
「鴉羽さんって意外と負けず嫌いなのかな……」
「はぁ? 別に負けて悔しいわけじゃないし。返ってきた答案見直すのは当たり前のことだし」
思わず呟いてしまった言葉に、即座に反応する鴉羽さん。
ものすごく悔しそうだけど、そこには触れないでおこう。
せっかくなので僕も自分の答案を見直すことにして、しばらく沈黙が続いた。
図書室には他にも同じことをしている生徒が何人かいる。テストが明けてすぐなのにこんなことをしてるのは、きっと補習を免れた人たちだろう。
もしかしたらこの中に学年一位の人もいるのかな?
答案の見直しもそこそこにそんなことを考えていると――
「……古内裏」
「ん?」
呼ばれたので見れば、鴉羽さんがものすごいぶすっとした膨れ顔で、答案の一か所を指さしていた。
「ここの問題、解き方がわかんないんだけど……」
「ああ、これはね――」
と、使うべき公式と解答の出し方を鴉羽さんに教える。
「……ありがと」
聞こえるか聞こえないかといった小声でお礼を口にする鴉羽さん。
僕に訊くの、ものすごく不本意そうだなぁ……。
「でも鴉羽さん、十分に点が取れてたしそんなに根を詰めなくても大丈夫なんじゃない?」
「はぁ?」
軽い気持ちでそう言ってみたら、鴉羽さんは心外だと言わんばかりの表情を見せる。
「全然十分じゃないでしょ。アンタとだいぶ差があったしさ」
「別に僕と比べなくても……」
いいのでは?
……と言おうとしたけど、鴉羽さんのじとーっとした何かを訴えるような視線に言葉を呑みこむ。
そんな僕の様子に、鴉羽さんは「やっぱ全然わかってない」とこれ見よがしに溜め息を吐いた。
「この関係が続いたらさ、そのうち進路はどうする?って話にもなるわけでしょ」
鴉羽さんは再び答案に目を落としながら言葉を続ける。
「そん時になって学力足りなかったら嫌じゃん。ほら、一緒の大学行ったりするのにさ」
「え」
何気なく口にされたそのひと言に、僕の思考が一瞬止まる。
それってつまり……。
僕のためにこんな真剣になってくれてたってこと?
理解が追いつくにつれ、急に顔が熱くなってきた。
単に負けて悔しがってるのかと思ってたけど、どうやらそうじゃなかったらしい。
「そ、そうだったんだ……」
照れくさくなった僕は顔を逸らして、意味もなく図書室を見回した。
今僕の顔を見れば、きっと耳まで赤くなってるに違いない。
そんな僕の姿に少しは溜飲が下がったのか、真面目な顔で答案と向き合っていた鴉羽さんもふっと口元を緩める。
「まぁ、もしも、奇跡的に、万が一、アンタと続いてたらだけどね?」
意地の悪い笑顔でひと言ひと言を強調するように言う鴉羽さん。
小声で「努力します……」と返すと彼女はニッと笑って、
「アタシの頑張りを無駄にしないでよ~?」
と、いつもの調子で僕をからかうのだった。
ちなみに、これから僕が定期的に勉強を教えることと引き換えに、何とか土曜日は付いて来てもらえることになった。




