08_鷺ノ宮さんは心配する
「古内裏くん、ちょっといい?」
放課後の教室、用事で席を外している鴉羽さんを待っていると声をかけられた。
そこにいたのは鷺ノ宮真理花さん。クラスの中でも特に鴉羽さんと仲がいいひとりだ。
真面目でお嬢様然とした人で、鴉羽さんとは正反対なタイプだけど、だからこそウマが合うのかもしれない。
(反対という意味では僕も人のこと言えないし)
「鷺ノ宮さん、どうしたの?」
鷺ノ宮さんはあっちを見て、こっちを見て、何か言いにくそうな感じで「あのね」と切り出した。
「古内裏くん、もしかしてヒナにいじめられてないかしら?」
「…………え?」
予想の斜め上をいく問いに、思わず呆けた声が出る。
「ほら、最近よくヒナに絡まれてるでしょ? 古内裏くんが迷惑してるんじゃないかと思って」
「そんな、全然迷惑だなんて思ってないよ。僕も鴉羽さんと話せて楽しいし」
「そう? それならいいんだけど……」
もしかして鴉羽さんが面白半分で陰キャをからかってるんじゃないかと心配したのかな。
鷺ノ宮さんは少し安心したように柔らかく微笑んだ。
「悪い子じゃないのは分かってるんだけど……ほら、ヒナってちょっと強引なところがあるじゃない? だから気になってたの。変なこと訊いてごめんなさいね」
「鷺ノ宮さんは鴉羽さんと仲がいいんだね」
「ええ、小さい頃からずっと一緒なのよ。ご両親からも『雛乃をよろしく』って言われてるし、実質私がヒナの母親代わりね」
「へぇ~そうなんだ」
…………そうなんだ??
得意げに胸を張る鷺ノ宮さんにちょっと違和感を覚えたけど、まあ気にしないでおこう。
「でもそれじゃあ、どうして急に古内裏くんと仲良くなったのかしら……?」
「それは……」
どうしよう? 鴉羽さんは「隠すつもりはない」って言ってたし、話しても大丈夫だよね?
「実は僕、鴉羽さんとお付き合いさせてもらってるんだ」
「え、オツキアイ……? お付き合いって、その、男女のお付き合い?」
「うん、一応」
「え、ちょっと待って、整理するわね……」
脳が情報を処理しきれないとばかりに頭を抱える鷺ノ宮さん。
しばらくそうして「う~ん……」と唸っていたけど、やがて絞り出すように、
「……つまり、古内裏くんが私の義理の息子になる……ということ?」
と首を傾げた。
「それは違うと思うなぁ……」
この先もし僕と鴉羽さんが結婚したとしてもそうはならない。
「そう……それなら話が早いわ」
はっきり否定したはずなのに、鷺ノ宮さんの中では何かが繋がったようだ。
急に真剣な顔つきになると、机に手を付きこちらに身を乗り出しながら、びしっと僕を指さした。
「そういうことなら、あなたがヒナの恋人に相応しいか……母親として見定めさせてもらうわね」
「見定める? 鷺ノ宮さんが?」
「ええそうよ」
「なぜ?」
「母親として!」
……なぜ?
という台詞が喉まで出掛かったけど、無限ループに陥りそうだったので止めておいた。
「でも、そういうの鴉羽さんが嫌がるんじゃ……」
「そうね。だから貴方たちの関係に直接口を出したりはしないけど……」
「けど?」
「あの子は見た目がああだから、遊んでるって誤解されやすいのよ。そのせいで良くない人に言い寄られることも少なくないの」
そこまで言うと鷺ノ宮さんは「だからね?」と少し顔を伏せ、
「もし古内裏くんが身体目当てのゲス野郎だったら……私の持てる全力で以って、ヒナに近づいたことを後悔させてあげるわ」
目元を陰らせたままにっこりと笑った。マジで怖い。
そう言えば鷺ノ宮さんの家は、ものすごいお金持ちだって聞いたことがある。
何をしているのかは知らないけど、もしここで下手を打ったらサングラスをかけた黒服に拉致されるなんてこともありえるのかもしれない。
緊張で、ごくりと生唾を呑みこんだ。
けど、僕だってここで引き下がるわけにはいかない。鴉羽さんへの想いは真摯なものだと証明してみせなくては。
「いいよ、受けて立とう」
僕が気丈に返したのが少し意外だったのか、ほんの一瞬だけ鷺ノ宮さんが怯んだように目を見開いた。
けれどそれも一瞬のこと。すぐに不敵な笑みに戻った鷺ノ宮さんは「覚悟はいいみたいね」と余裕を見せる。
「でも、見定めるって具体的に何をするの?」
「そうね……まずは古内裏くんがどれだけヒナのことを理解してるのかテストさせてもらおうかしら」
む、いきなり難問だ。
いくら気持ちは真摯でも、鴉羽さんと僕は付き合い始めてまだ日が浅い。
先日、友達と遊ぶのが好きとかロックをよく聴いてるという話はしたけど、僕が鴉羽さんについて知っていることは案外少ないのだ。
僕にも分かる範囲だといいけど……。
そんな風に身構える僕に、鷺ノ宮さんが出したのは予想の斜め上すぎる問題だった。
「それじゃあ、手始めにヒナのお誕生日、身長体重、血液型、スリーサイズ、お風呂で最初に洗う部位を答えてみて? うふふ♪ 分かるかしら?」
「問題がセンシティブすぎる!」
誕生日や血液型なんかはともかく、他は付き合いたての相手にわざわざ教える情報じゃない。
問題のあまりの理不尽さに、思わずツッコミを入れてしまった。
僕が答えられないとなった途端、鷺ノ宮さんは口元を押さえて愉快そうに笑みを作る。
「このくらいも分からないなんて、本当の愛情があるとは言えないわね。もうヒナとはお別れした方がいいんじゃないかしら?」
心底楽しそうにくすくす笑う鷺ノ宮さん。
この人、本当に正しく「見定める」気があるんだろうか? ちょっと疑問に思ってしまい、思わずじとっとした視線を送る。
「そんなこと言って、もし答えられたら『そんなところばかり見てるなんて身体目当てのゲス野郎なのね』とか言うつもりだったんじゃない?」
そう指摘すると鷺ノ宮さんがぴしりと固まった。
図星なのか。つまりどっちに転んでも正解はなかったということだ。ひどい。
「それはズルくないかなぁ……?」
「う、うるさいわね!」
じとっと不満気な視線を送ると、鷺ノ宮さんは真っ赤になって誤魔化した。
「……よく分かったよ。つまり鷺ノ宮さんは鴉羽さんが男子と付き合うこと自体に反対なんだね?」
「……理解が早くて助かるわ」
「何でまた……? そんなにまでして男子を遠ざけなくても大丈夫じゃないかな。鴉羽さんはしっかり者だし」
「そんなこと分かってます!」
「それじゃあ、何で?」
「私がヒナと遊ぶ時間が減るじゃない!」
こ ど も か !
この人、自認母親のくせに精神年齢が幼すぎる……!
「……そんな理由で鴉羽さんに近づく男子を追い払ってたの?」
少し呆れた口調でそう言うと、鷺ノ宮さんは少し不機嫌そうにぷく~っと頬を膨らませた。
「何よ、ヒナが心配なのだって嘘じゃないわ。どうせあなただってヒナに不純な気持ちを抱いてるんでしょ?」
「それは……まぁ否定しないけど」
「ほら見なさい! ほーら見なさい!」
鷺ノ宮さんは鬼の首を取ったかのように言うけど、それは仕方ない。僕だって鴉羽さんのことが好きだし、健全な男子なのだ。
付き合ってるからにはゆくゆくはハグしたりキスしたり……もっといろいろ恋人らしいことしてみたい!
でも……。
「偉そうなこと言えないけど、こういうのって不純な気持ち以外に何があるかが大事なんじゃないかな? 鷺ノ宮さんの言葉を借りれば本当の愛情とかさ」
「な、なによ急に……」
自分の発言を引用されたことで、鷺ノ宮さんがたじろいだ。
「っていうか、そういうのをしっかり見てくれるのが鴉羽さんのいいところだし、やっぱりそんなに心配しなくても大丈夫だと思うな」
「むむむむ……!」
鷺ノ宮さんは悔しそうに口を引き結ぶ。
頭では分かってるけど感情は納得してないという感じだ。
「な、生意気だわ古内裏くん! ヒナ歴十年の私にヒナのいいところを語り聞かせようなんて……!」
「とうとう歴でマウントを取り出した……!」
それ一番ダサくてやっちゃダメなやつ!
才媛だと思っていた鷺ノ宮さんが見せるまさかのなりふり構わなさに、さすがの僕もドン引きだ。
さてどうしたものかと考えていると――
「よーっす古内裏、お待たせー……ってマリ? 何してんの?」
「ひ、ヒナっ!?」
僕の席の横、教室の窓側から鴉羽さんが現れた。
(ここは3階だけど窓の外にベランダがあり、他の教室から回ってこれるのだ。きっと僕を脅かそうとしたんだな……)
突然の本人登場に、鷺ノ宮さんは慌てふためく。
「こ、古内裏くん! 今日のところはこのくらいで勘弁してあげるわ。それじゃヒナ、私は用事があるから先に行くわねっ……!」
そして焦ったような早口でそう言うと、鷺ノ宮さんはやられた悪役みたいなセリフを残して去っていったのだった。
いったい何だったんだ……。
◆
鷺ノ宮さんと別れ(?)、鴉羽さんと二人で昇降口まで降りてきた時のこと。
「それにしても古内裏ぃ、いいこと言うじゃん」
靴に履き替えた鴉羽さんがニヤニヤ笑いながら切り出してきた。
「なんのこと? ……あ、まさか!?」
さっきの話、聞かれてたの!?
「いや~しかし古内裏がねぇ、アタシに不純な気持ちがあったなんて知らなかったなぁ♡」
芝居がかった口調で身体を抱くような仕草を見せる鴉羽さん。
あぁあぁあぁ……これ絶対しばらくオモチャにされるやつだ。
僕がしおしおになって下駄箱にもたれかかる姿に満足したのか、鴉羽さんは笑いながら僕の手を引っ張って昇降口を出た。
「でもマリがごめんねぇ? 悪い子じゃないんだけどちょ~~~っと強引なトコあるからさ」
「……それ鷺ノ宮さんも同じこと言ってたよ」
そう考えると正反対と思っていた鴉羽さんと鷺ノ宮さんは、案外似たもの同士なのかもしれない。
「まぁ、確かに面食らったところはあるけど……」
「あはは、キツかったら無理に仲良くしなくてもいいからね」
疲れた様子の僕を気遣ってか、鴉羽さんはそう言った。
でも……。
「ううん、仲良くなれるよう頑張るよ。鴉羽さんの大事な友達なら、尚更ね」
さっきのも別に迷惑というほどではないし、僕と友達との間で板挟みになる鴉羽さんは見たくない。
鷺ノ宮さんとも仲良くなれるなら、それが一番だ。
それを聞くと鴉羽さんは嬉しそうに「そっか」と口にした。
「まぁ鷺ノ宮さんが僕と仲良くしたいと思ってくれるかはわからないけどね。なんかすごい警戒されてたし」
「いや? 古内裏がそう思ってくれるならきっと仲良くなれると思うよ」
「そうかなぁ……?」
「そうだよ!」
そう言うと鴉羽さんは両手で自分のことを指さし、ニッと笑った。
「だって二人とも大好きなものがアタシなワケじゃん。絶対気が合うって!」
「…………それもそっか」
恥ずかしげもなく自信に溢れた鴉羽さん。
そんな彼女を見ていると、僕も何となく鷺ノ宮さんとは上手くやっていけそうな気がしてきたのだった。
ちょっと(だいぶ?)長くなってしまって申し訳ありません!
鷺ノ宮さんの魅力が十二分に伝わるようにリライトしていたら文字数が1000文字くらい増えました……。




