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  作者: Yonohitomi
一章
82/166

85.鬼の目覚まし


耀は蓮次の部屋にいる。

蓮次は布団に伏したまま、どこかぼんやりとして反応がない。


地獄谷の帰還から数日。


蓮次の意識は戻っているものの、ぐったりとしている。目の下の隈の様子から、眠れていないのだろうと分かった。


「気分はいかがですか?」


耀が静かに尋ねた。しかし、蓮次は何も言わず、耀に背を向けるような形に寝返りを打った。


やはり気分が沈んでいるのかもしれない。


地獄の谷での出来事が影響しているのは間違いないが、それだけでもなさそうだ。


(黒訝様も……)


耀は、少し前に黒訝の部屋にも足を運んでいた。


黒訝はまだ眠っていた。その姿はとても心地良さそうで熟睡しているように見えた。

しかし、翼が消えた背中の傷は深く、完全には癒えていなかった。

耀は手当を施し、治癒の術もかけたが、術の効果は薄かった。


鬼であれば本来、多少の傷などすぐに回復するはずだった。それができないほどに、地獄の谷は彼らの力を削いだのだろう。


耀は黒訝の様子をしばらく見ていた。

よく寝ていたが寝返りを打つ時は顔をしかめているのが気になった。


「……少しでも楽になりますように」


静かに寝具を整える。


その後、耀は黒訝の部屋を出て、その足で蓮次の部屋に向かった。

今は蓮次の具合を見ているが……。


「蓮次様、これを」


薬湯を差し出す。だが、蓮次は反応を返さない。


(まだ怠さが抜けない、か……)


耀は静かに息を吐く。


地獄谷――あの場所は、長居するものではないと改めて思う。

単に過酷な環境というだけではなく、あの谷には何か底知れぬ瘴気のようなものが渦巻いていた。

耀ですらわずかに体に違和感を覚えた。蓮次や黒訝のような若い鬼なら、なおさら影響が大きいのも無理はなかった。


「……蓮次様、薬湯を」


少しでも口に含んでほしいと、背中を揺さぶる。

蓮次はしぶしぶといった様子で身を起こし、薬湯を受け取った。


(蓮次様に外傷はない。が、これは少々厄介だな)


耀は蓮次の顔をそっと覗き込んだ。


「…………」


蓮次は薬湯を飲み終えたあと、また布団へ沈み込む。

まるで何かに押し潰されるような、苦しさにまみれた表情を浮かべている。


「少しでも休めますように」


耀は蓮次の目元に手を当て、少し強めの術をかけた。

深い眠りに誘う術。


これで、ほんのわずかでも眠れるはずだ。


(……蓮次様はまだ完全ではない。体調不良が長引くのも仕方ない)


本来、鬼は過酷な状況でも耐え抜くもの。だが、彼らはまだ未熟だった。

とくに蓮次は鬼になりきれていない。黒訝もまた、完全な鬼とは言い難かった。


彼らは、強い鬼としての存在を求められている。朱炎からの圧も強かろう。


(お二人とも、どうか乗り越えてください)


耀はそう心の中で願いながら、静かに部屋を後にする。


しかし。


背後から、ドンドンと大きな足音が響いた。

蓮次の部屋を出てすぐの廊下を歩いていた耀だったが、その気配に足を止める。


荒々しい気配。耀は振り返るよりも先に、その人物が何者で、どこへ向かっているのかを察した。


(黒訝様……)


その後、襖が勢いよく開かれる。


「起きろ! いつまで寝てる!」


荒々しい声が響く。


「寝過ぎなんだよ!」


その言葉と同時に、何かが乱暴に引きはがされる音がした。布団を奪ったのだろう。


「はぁ?」と、やる気のない蓮次の声が返ってくるのが聞こえ、耀は思わず口元を緩めた。


(さすがは黒訝様……)


耀がどれだけ手を尽くしても、蓮次の心はどこか遠くにあるようだった。


だが、黒訝のやり方は、蓮次の体調不良などお構い無しだ。


「ほら、さっさと支度しろ! いつまで寝てるつもりだ!」


黒訝の怒声が続く。


耀はそのまま静かに廊下を歩き出した。


黒訝の言葉は、単純に蓮次を起こすためのものなのか、それとも単に鬱陶しいから叩き起こしているのかは分からない。


しかし――


(問題なさそうだ……)


「聞いてるか! おい! 蓮次!」


黒訝の怒鳴り声がさらに大きく響いた。


「いい加減に!起きろ!」


ドカッ!!


(……私の出る幕は無さそうか……)



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