↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: Yonohitomi
一章
80/184

87.鬼が染み入る

 ドサッ。


 畳に沈み込むように、蓮次の体が倒れた。息が上がっている。肩が細かく震え、乱れた呼吸が部屋の静けさに滲んだ。


 黒訝はその様子をじっと見下ろしていた。目を逸らすこともなく、蓮次に起きている変化を見定めるように。


 蓮次はその視線に気づいていたが、今はそれどころではない。


 ――身体がおかしい。


 黒訝の力が体に馴染み始めるにつれ、蓮次の中に得体の知れない感覚が浮かび上がってきた。苦痛とは違う。かといって、気持ちが悪いというのとも違う。


 ぞわりと背筋をなぞる熱。脈打つような感覚が体の奥底から湧き出し、指先まで伝わっていく。


「……っ……」


 耐えきれず、蓮次は体をくねらせた。


 肌の内側をぞわぞわと這っていくこれは――鬼の力なのか。


 奥底から湧き上がる熱が、骨と筋肉の隙間を縫うように広がっていく。


「……っ……ん、……っ」


 思わず漏れた息を噛み殺すが、どうにも抑えられない。


 ――こんな感覚に振り回されるのが、悔しい。


 意識まで塗りつぶされそうだった。収まったかと思えば、また大きな波が押し寄せ、体内を巡る。そのたびに吐息が漏れる。


 そこで、黒訝がすぐ傍にいることを思い出した。先ほどからずっと見下ろされている。


 急に恥ずかしさが込み上げた。


 蓮次は奥歯を噛み、うっすらと開いた瞼の奥から黒訝を睨む。


「……見……るな……」


 自分でも驚くほど弱々しい声だった。


 蓮次は顔を背けた。それが気まずさからなのか、悔しさからなのか、自分でもよく分からない。


 黒訝の力には感謝している。体は少しずつ軽くなり、体力が戻ってきていることも実感できた。しかし、その力とともに染み込んでくる得体の知れない感覚には、ぞっとするものがあった。


 蓮次は再び黒訝を睨んだ。


 やはり、じっと見下ろされている。


 獲物を見るような目、と言えば近いのかもしれない。だが、そこにあるのは単なる興味とも違う。何かを確かめるような、蓮次の反応を見逃すまいとするような視線だった。


「……っ、見るなって……言ってるだろ」


 声を荒げたつもりだったが、喉が震え、思ったほど強くは出なかった。


 黒訝はそんな蓮次を見て、どこか満足げに口元を歪める。


「さっさと準備しろ。待たせるなよ」


 そう言い残して、部屋を出て行った。


 去り際、襖の向こうで一度足を止めたような気がした。


 蓮次は畳に転がったまま、ぼんやりと壁を見つめる。心臓はまだ落ち着かない。


 あれほど長く目を逸らさず見られていたことに、少しばかりの恐怖さえ覚えていた。


 今から一緒に出かけることになっているが――。


(なんだか少し、気まずいような……)


 蓮次は深く息を吐いた。


(とりあえず、落ち着こう……)


 まだ時折、体が震えている。黒訝の力が完全に馴染むまでは、部屋を出られそうになかった。


 蓮次は自分の体を抱くように腕を回した。


(…………)


 気を緩めれば、このまま眠りに落ちてしまいそうだ。だが、今は眠るわけにはいかない。


 しばらくして蓮次は体を起こし、ふらつく足取りで支度を整えた。


 廊下に出ると、黒訝が壁にもたれかかるようにして立っていた。


 ――なんだろう。


 妙な圧を感じる。


 蓮次は問いかけようとして、やめた。


 ――下手に言葉にしないほうがいい。


 迷うように立ち止まっていると、黒訝が「行くぞ!」と強く言い放った。いつもの機嫌の悪い黒訝に戻っている。


 蓮次は無意識に胸元へ手を当て、ゆっくりと撫で下ろした。それでも、ざらついた違和感は胸の奥に残っていた。


 黒訝が歩き出す。


 蓮次は一拍遅れて後を追った。前を行く黒訝の背には、翼が生えた時にできた大きな穴が開いている。


(確かにあの時は、黒訝には助けられたけど……)


 蓮次は息を吐いた。


 ――なんか、癪だ。


 そう思いながらも、黒訝の背を追って歩いる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。