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  作者: Yonohitomi
一章
79/177

86.鬼の手ほどき


「寝過ぎなんだよ!」


黒訝の怒声と同時に、蓮次の布団が乱暴に引きはがされた。

蓮次が、「はぁ?」と、不機嫌そうな声を漏らしながら、ゆるく身を起こす。


だが、全く鋭さのない目つきで黒訝を睨んだあと、すぐにまた布団を引き寄せ、背を向けるように寝転がってしまった。


それを見た黒訝のこめかみあたりから、ぴきっと苛立ちを含んだ音が鳴る。


「ほら、さっさと支度しろ! いつまで寝てるつもりだ!」


響く怒鳴り声。蓮次は微動だにしない。

むしろ、布団をさらに深く被ろうとする始末。


「聞いてるか! おい! 蓮次!」


黒訝の声は廊下に響いていた。


相変わらず、蓮次は返事もせず、ただ布団の中でじっとしている。


黒訝の怒りが頂点に達する。


「いい加減に! 起きろ!」


ドカッ!


鈍い音とともに、蓮次の体が揺れた。黒訝は布団を力任せに引きはがし、ついでに拳を振るったのだ。


「やめろよ、大事な布団なんだ!」


「布団が大事とか、ふざけてんのか!」


黒訝は怒りのままに声を荒げた。


――冗談にしても笑えない、布団が大事だと?


こいつは俺をどこまで馬鹿にするのか、と 内臓が煮えくり返る。


「いい加減にしろ!」


「うるさい、俺は体調が悪いんだ」


蓮次は布団を取り返そうと手を伸ばす。

しかし、黒訝はそれを無視し、蓮次の襟を掴んで力任せに引き起こした。


「お前がわがままばかり言ってるからだろ!」


「…………」


蓮次は黒訝の手を振り払い、布団の上に座り直した。


「……なんだよ……」


「なんだよじゃねぇ! お前が鬼のことを教えてほしいって言ったんだろうが!」


それを聞いて、蓮次の顔がわずかに歪んだ。


――地獄谷で、たしかに言った。


「ああ……確かに言った。でも、本当に今は体調が悪いんだ。明日でもいいか?」


気怠そうに蓮次が言うと、黒訝はさらに表情を険しくする。


「……明日? 明日だぁ?」


拳を握り締める音が微かに響く。だが、黒訝はそれをぐっと堪え、深く息を吐いた。


「着物を変えに行く。お前も来い」


少し落ち着いた声でそう言ったあと、黒訝は蓮次に背を向けて見せた。


翼が生えたときに着物が破れてしまったせいで、新しいものを取りに行かなければならない、と。


蓮次は黒訝の背中を見て表情を変える。


少しの間を置いて、「……わかった」と小さく答えた。


声色も、先ほどとは異なっていた。

とはいえ、すぐに立ち上がれない蓮次。


黒訝は静かに振り返り、蓮次の動きをじっと見つめていた。


「おい、何してんだ」


「……少し……待ってくれ……」


「は?……待つ?……だと?」


黒訝の片眉が上がる。

そして、座り込んだままの蓮次に近づき、蓮次の腕を掴んで乱暴に引き上げた。


ぐらっ……


蓮次の体がぐらりと傾ぎ、まるで力が抜けたように、黒訝の方へ倒れかかってきた。


「!?」


咄嗟に支える。


(――こいつ、本当に動けないのか?)


黒訝は眉をひそめ、蓮次の横顔を見下ろした。


いつも憎らしい余裕の表情を浮かべる蓮次。それが、今。

目を閉じ、血の気が引いた顔には青白い隈も刻まれている。ぐったりとして、まるで人形のように動かない。 


蓮次の苦しそうな表情に、黒訝の勢いが止まった。


(なんだ……)


ふと、以前のことを思い出す。

蓮次の首にひび割れが生じていたときのこと。


あの日、咄嗟のことで首のひび割れに手を当てた。それが蓮次の傷を癒すことになった。

偶然かと思っていたが、その後、蓮次が「あれで元気になった」と言っていた。


お前のおかげで、と。


そこで黒訝は、蓮次の首筋に視線を落とす。

以前ひび割れていた部分には、今は何の痕跡もない。だが、なぜか。


確かめたくなった。


深く考えることはない。黒訝は手を伸ばしていた。

蓮次の肌に指先が触れる。


「……っ!」


蓮次の体が小さく強張った。

その反応に、黒訝の口元がわずかに歪んだ。


(……ああなんか……)


湧き上がる感情を言葉にできない。けれど。


――いいかもしれない。


蓮次の体が、自分の何かに反応している。

試しに、黒訝は意識的に強めてみた。


――俺の力。


気でもない、念でもない。


(父上が……蓮次にしていたように……)


力を流し込んでやろうと思う。


すると――


「っ……!」


蓮次が息を詰まらせ、小さく喘いだ。

黒訝はその様子をじっと見つめた。


――これは


蓮次は明らかに黒訝の力の影響を受けている。


(……俺の力が……蓮次を……)


そう思った瞬間、またさらに胸の奥に何か得体の知れないものが込み上げてきた。


(……だから何だってんだ)


妙な気分だった。

気に食わない、はずなのに……。


黒訝の目が細まる。


黒訝にとって蓮次とは目障りな相手だった。

朱炎からの特別扱い。

黒訝とは比べ物にならないほどの「何か」を持っている特異な存在。


そんな蓮次が、今。


――俺の手のひら一つで揺らいでいる。


黒訝は無意識にもう一度、指先に力を込めた。

蓮次の肩が震える。


「ぁぁっ……」


「……なぁ、蓮次……」


黒訝は、胸の内に湧き上がる感覚の正体を掴めずにいた。


 

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