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  作者: Yonohitomi
一章
79/165

82.背に傷と、重みと


黒訝の背から漆黒の翼が広がった。


蓮次は驚き、思わず目を見開いたが、それよりも早く腕を引かれ、強引に抱えられる。


「……なにそれ」


呆然としながら問いかけると、黒訝は淡々と答えた。


「鴉が好きだから」


「は?」


「小さい頃、鴉を食べすぎたんだ」


「……???」


言葉の意味がわからず、蓮次は混乱する。


黒訝は鴉が好きで、幼少期に食べ過ぎた結果、その能力を取り込んだ……ということなのか?そんなことがあるのか、と蓮次は考え込む。


しかし、黒訝はそれ以上説明しようとはせず、低く呟いた。


「これは、あまり使いたくない。仕方なく出しただけだ」


その声音には僅かに不快感が滲んでいた。

蓮次はその言葉の裏に何か事情があることを察し、とくに何も返さなかった。


もうすでに黒訝と共に空を舞い上がっている。


眼下に広がるのは、これまで見たことのない景色。

高く高く、風が勢いよく吹き抜ける。


蓮次はふと足元を見下ろし、ほんの少しだけ胸の奥に楽しさを感じた。


――だが、次の瞬間。


何かに吸い込まれるような感覚に襲われる。


「っ……!?」


黒訝の翼が強く揺らぎ、二人の身体が急激に落下し始めた。まるで重力が突然牙を剥いたかのように、勢いを増していく。


蓮次は咄嗟に体勢を整えようとしたが、すでに遅かった。


地面が、目の前に迫っていた。


ドンッ!


激しい衝撃音が響き、二人は岩の上に叩きつけられた。


しばらくの静寂。


蓮次は目を開き、朦朧とした意識の中で自分の身体を確かめる。痛みはあるが、意識はある。


隣を見ると、黒訝が地面に伏したまま動かない。


「……黒訝?」


声をかけても返事はない。彼の頭部からはじんわりと血が滲んでいた。


強く打ったのか――気絶している。


黒訝の背中に目をやる。先ほど生えていた翼は消えていた。代わりに、背中には抉れたような傷が二つ。


蓮次は傷を見ていたが、再生する気配がない。


焦りが広がる。


「……黒訝!」


そんな二人の様子を、遠くの岩場からじっと見つめる影があった。

二人は少し離れた岩の裏に身を隠していた。無言のまま状況を見守る。


烈炎の表情からはいつもの軽薄さが消え、耀の瞳は冷静に蓮次と黒訝の状態を見つめている。


蓮次は荒い息をつきながら、気絶した黒訝を揺さぶっている。


「おい、起きろ……黒訝!」


だが、彼は応えない。


(また、助けられた……なのに、俺は……)


蓮次は悔しさのあまり、地面に爪を立てた。


すると、指先に伝わる感触が、先ほどまでとは明らかに違っていた。

荒くざらついた地面に、確かな熱。


ここに「存在している」ことを感じさせる。

さっきまでのどこまでも底がなく、現実味のない虚ろな足場とは、異なる確かな質量。


景色はさほど変わっていない――だが、そこに漂う空気は、まるで別物だった。


蓮次は息を呑む。

ここは現実だ。


あの空間は何だったのか、それは分からない。

だが、確かなのは、今、彼がここに「戻ってきた」ということ。


気を集中する。辺りには無数の気配が渦巻いていた。

ただの霧や風のようなものではない。

それは、明確な「生き物」の気配。


そして、その中に馴染み深い気配を見つける。

耀と烈炎がいる。二人の気配が、近くで脈動していた。


「……戻れる」


蓮次は小さく呟いた。


屋敷に帰れる――。


しかし、そこに横たわる黒訝は依然として目を覚まさない。


蓮次は焦る。

なぜなら、この場所は先ほどと同じであって、同じではなかった。


空気が、異様に重い。一息吸うだけで、体の中に鉛のようなものが流れ込んでくる。


胃がひっくり返るような感覚。肺が押しつぶされ、息が詰まりそうになる。


視界がぐにゃりと歪み、足元が不安定に揺れる。

気を抜いたら、意識が遠のいてしまいそうだった。


蓮次は歯を食いしばる。

この場を、一刻も早く離れなければならない。


彼は黒訝を背負い、目を閉じた。

感覚を研ぎ澄まし、気配を探る。


――荒々しい気配。


炎のように激しく燃え、そして燃え尽きて消えていく。しかし、いくつかは蘇る熱があった。燃え尽きたはずが、また再び燃え始めていた。


――静止した気配。


まるで時間が止まったように、冷たく固まっているいくつかの存在。そこにいる者たちは、生きているのか、死んでいるのかすら分からない。


――苦しみの気配。


呻き、もがき続ける生き物の気配があちこちに散らばっている。血の匂いが濃く漂い、まるで大地そのものが血を啜っているようだった。


――あれは、きっと


血の川が流れている場所だ。どの道を進んでも地獄だ。それでも、進むしかない。


ここに留まれば、意識を奪われ、このまま沈んでしまうだろう。


蓮次は一歩、踏み出した。

足元の大地が、呼吸するように脈打つ。不快な感触が、爪先から這い上がってくる。


背中には黒訝の重み。

道を間違えてはいけない。けれど、早く戻らなければ。


蓮次は慎重に歩みを進めた。


意識を研ぎ澄ませ、地獄の気配を避けながら――。



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