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魄  作者: Yonohitomi
一章
74/184

81.共に

 霧が淀む中、蓮次と黒訝は足を止めていた。


 二人の視線は、岩壁から足元へ、さらに頭上へと移っていく。目の前にあるのは単なる岩壁なのか。それとも、どこかに抜け道や仕掛けが隠されているのか。何かを見落としてはいないかと、確かめるように辺りを探った。


 蓮次の眉間には深い皺が寄り、黒訝も唇を引き結んでいる。


 先ほど蓮次は、横が駄目なら縦へ行けばいいと言った。


 その様子を見ていた烈炎が、にやりと口の端を持ち上げる。


「そうだ蓮次、よく気付いたじゃねぇか。早く上がってこいよ」


 片手を腰に当て、面白がるように続ける。


「グズグズしてると置いて帰るぜ?」


 蓮次と黒訝に反応はない。階層が異なるため、烈炎の声は届いていなかった。


 蓮次は足元へ目を凝らし、爪先で岩肌をゆっくりとなぞる。黒訝の指先も、何かを測るようにわずかに動いた。上へ行くという考えには辿り着いても、その方法までは見つけられていないらしい。


「上だ、上! 何やってんだ、早くしろよ」


 烈炎が再び声を飛ばす。先ほどまでの軽さに、少しばかり焦れた響きが混じった。


 その傍らで、耀は目を伏せた。


 烈炎の声が、妙に耳に障る。もともと喧しい男だが、今日はいつにも増して頭の奥へ響いた。


 身体の内側に鈍い違和感が残っている。


 顔には出さず、耀は二人を見守っていたが、


「うるさい」


 思わず、声が漏れた。


 烈炎が耀を見る。


「おぅ、悪ぃ」


 軽く肩を竦めながらも、その目は耀の顔を窺っていた。


 烈炎は辺りへ視線を巡らせた。腰を下ろして休めそうな場所を探しているらしい。しかし、霧に濡れた岩ばかりが連なるこの場所に、都合のよい場所など見当たらない。


 耀は烈炎の動きを気に留めることなく、蓮次と黒訝へ視線を戻した。


「上に、とは言っても……二人には無理だろう、この場所では……」


 声音にいつもの張りがない。


「蓮次様もまだ不完全だ。どうやってここを……」


 耀が言い終える前に、黒訝が動いた。


 烈炎の表情が変わる。耀も顔を上げた。


 黒訝は頭上を見据えている。


 先ほどまで迷うように揺れていた赤い瞳から、その色が消えていた。何をするつもりなのかは分からない。ただ、もう別の道を探すつもりがないことだけは見て取れた。


 黒訝の手が伸び、蓮次の腕をぐいと引き寄せる。


 次いで、その背で黒いものが大きく膨らんだ。


 漆黒の翼だった。


 折り畳まれていた羽が左右へ開き、霧を押し退ける。濡れたような黒は光をほとんど返さず、羽ばたくたびに周囲の霞が大きく乱れた。


 烈炎が目を見開く。


「なんだあれ……」


 しばらく呆気に取られていたが、やがて口元が歪んだ。


「どうした黒訝、鴉にでもなったか?」


 からかうような調子とは裏腹に、目は翼の動きを追っている。


 耀も言葉を失っていた。


 朱炎の近くに仕え、その息子である黒訝の力についても、ある程度は知っているつもりだった。だが、あの翼は一度も見たことがない。


 いつから使えたのか。


 黒訝自身にも、以前から分かっていたのか。


 答えはない。


 黒訝は蓮次の腕を掴んだまま、翼をさらに大きく開いた。


 烈炎が口笛を吹く。


「へぇ……そりゃまた派手なもんを隠してたな」


 耀は翼から目を離さなかった。


 黒訝が息を整え、一度、大きく羽ばたく。


 風圧に霧が割れた。


 二人の足が地面を離れる。


 もう一度、翼が空気を打つ。


 黒訝は蓮次を連れたまま、厚い霧の向こう――赤黒い空へ向かって上昇していった。



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