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  作者: Yonohitomi
一章
74/167

77.溶かす鬼火


空は見えない。

どこまでも広がる薄暗く青白い空間。

空気には冷え切った水蒸気が漂い、氷の粒が宙を舞っている。

遠くを見ようとしても、視界はぼんやりと青白く霞み、輪郭のはっきりしない世界が広がっている。

風は冷たく湿っていて、まるで氷の刃のように肌を刺した。


蓮次は地面にぐったりと横たわったまま、かすかに息をしていた。濡れた衣が肌に張り付いている。

水に投げ込まれた衝撃はとうに抜けたはずだったが。


寒い。


最初はただ息苦しく、体の奥が鈍く痛むだけだった。しかし、次第に寒さが実感となって浮き彫りになった。


熱を奪われた体は思うように動かない。

手足の指先がかじかみ、皮膚が氷に覆われたように感覚を失っていく。

体は震え、勝手に小さく縮こまった。耐えようとしても、震えを止めることはできなかった。


その様子に気づいた黒訝が振り返る。


「……寒いのか?」


蓮次と目が合った。しかし、彼は何も答えない。

蓮次の唇は青白く、体温が下がりきっているのがわかる。何もしなければ、冷え切ったまま動けなくなるだろう。


黒訝は指先を蓮次に向ける。

次の瞬間、静かな鬼火が生まれ、蓮次の体を包み込んだ。


「……っ!」


蓮次の体が一瞬、びくりと硬直した。

先ほどまで彼を焼いていた炎の記憶が、脳裏を過ったのだろう。


だが——

この炎は違った。


焼かれることはない。痛みもない。

じんわりとしたぬくもり。


蓮次の冷えた体がゆっくりと温められていく。


蓮次は息を詰めたまま、その温もりを確かめるように目を閉じた。


___



優しくて、穏やかな温もりを感じる。

暗闇に光が差し込むようだ。

この温もりに「人」を感じる。


蓮次の脳裏に浮かんだのは、ぼんやりとした母の面影。

柔らかく、暖かく、包み込むような感覚。


これは黒訝の記憶だろうか? 


まるで夢を見ているような、いや、誰かの夢を覗いているような感覚に沈む。


——眠ろう。


蓮次は静かに目を閉じた。やっと、深く息ができた気がした。


___



黒訝は、眠りについた蓮次の隣に黙って腰を下ろした。


黒訝の腕には、火傷の跡。蓮次を抱えた時に火傷をした。

普段ならば、とっくに再生しているはずの傷。まだじりじりとした痛みが残っていた。


蓮次の寝顔を見て、黒訝は深くため息をついた。



___



一方、白く閉ざされた世界の中で、二人の様子をじっと見つめる二つの影。耀と烈炎である。


「……荒っぽい助け方だな」


烈炎がぼそりと呟いたが、耀は特に反応を返さなかった。ただ、蓮次の落ち着いた呼吸を見て、少しだけ安心したように息をつく。


視界は霞み、見通しが悪い青白い世界。

空は見えず、地も遠い。ただ冷たく、静かな場所。


耀は近くの岩場に目を向けると、二つの大きな岩の間に体を挟むように腰を下ろした。


氷のように冷えた岩肌。背中にじんわり冷たさが広がる。


烈炎は横目で耀を見ていた。

寒さは特に気にしていないようだが……。


大きすぎる岩の間にいる耀の姿は、とても小さく見えた。

烈炎が手を上げる。すると、風の力で片方の岩が崩れ、少し広めの空間を作った。


「……」


耀は静かに横になる。


「冷えるか?」


烈炎が問いかけると、耀はゆるりと目を向け、「問題ない」と短く答えた。

言葉どおり、耀は寒さに関してはまったく気にしていないようだった。だが、それでも耀はしばらく考えた末、結界を貼った。


陰の気が漂うこの場所に、長居はしたくない——そんな落ち着かない気を含んだ結界だった。


結界の内側から空気の歪みを見上げる烈炎。静かに立ち上がると、黒訝と蓮次の姿が見える位置に移動し、周囲を警戒するように立った。


冷たく湿った空気は重苦しい。

昼とも夜ともわからない世界で、烈炎は微かに眉をひそめた。


 

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