75.灼熱から氷獄へ
黒訝は蓮次を引きずるようにして進んでいた。
どこへ向かえばいいのか分からない。足元の赤黒い大地は、熱を帯びたまま不気味に歪んでいる。
背後では、烈炎の声が響いていた。
「おいおい、そっちじゃねぇ!右だ!右!」
黒訝は聞いていない。いや、聞こえていなかった。
だが、まるで誘導されるかのように、右へ進んだ。左の奥で火柱が吹き上がったのが目に入ったからだ。
真っ赤な岩場を超え、右へ進む。周囲には骨が増え始め、やがて足元は白い骸で埋め尽くされた。
頭蓋骨が転がる道を歩くたび、乾いた音が響く。
黒訝は蓮次を引っ張っている。しかし、蓮次が足元の骨を避けるように足を進めるせいで、引っ張っても歩みが遅い。
黒訝は苛立った。
「お前!!自分がどんな状況か分かってるのか!!」
蓮次は身を縮こませ、顔を顰めた。
黒訝はその反応を見て、一瞬、言葉に詰まった。
そして、蓮次はゆっくりと耳を塞いだ。
拒絶の反応。
頭に響いて痛むのだろうと分かった。苦しんでいるのが分かった。分かるからこそ、蓮次の態度に腹が立つ。
「死んだやつのこと構ってる場合かよ!!お前、苦しいんだろ!なんでだよ!!」
蓮次は答えなかった。いや、答える余裕は無さそうだった。ただ、耳を塞ぐ手に力を込めていた。
黒訝は歯を食いしばり、苛立ちを振り払うように蓮次の腕を引いた。そして、そのまま強引に抱え上げた。
「遅い!」
蓮次に抗う力は無かった。黒訝の腕の中で、痛みに、熱に耐えている。
黒訝は速度を上げて駆け始めた。少しずつだが、空気が冷え始めているのを感じる。
このまま進めば、もっと涼しい場所へ行けるかもしれない。
烈炎と耀も後を追っていた。
足元には無数の骨。烈炎は気にもせず、ガシガシと歩を進めていたが、ふと振り返る。
耀が遅れていた。
「……やっぱお前も気にするんだな」
烈炎はそう呟くと、何の前触れもなく風の術を発動させた。
骨の山が一瞬で吹き飛ばされ、道ができる。
耀はしばしその光景を見つめていたが、特に表情を変えずに静かに歩き出した。
烈炎はそれを見て、ふっと口角を上げた。
「ほらよ、さっさと行くぜ」
烈炎はさらに先へ進む。
そして、黒訝の背中に向かって軽く叫んだ。
「おう!黒訝!そっちだ!そっち!合ってるぜ!そのまま突っ込め!」
相変わらず賑やかな烈炎の声を聞きながら、耀は淡々と進んでいる。歩きやすくなった白い道を踏みしめて、烈炎を追う。
黒訝はすでに到着していた。
目の前には、冷え冷えとした池。
氷が浮かび、静かに揺れている。
辺りの空気は凍てついて、肌を刺すような鋭さがある。
先ほどまでの灼熱の世界とは対極の景色。
黒訝は蓮次を抱えたまま、氷の池を見つめた。
――冷やせる。
助けられるかもしれない。
蓮次の顔を見た。酷く苦しそうだった。
助けられる、と思ったはずなのに、この瞬間に、再び胸の奥に苛立ちが生まれた。
こんなに苦しんでるくせに。
ふと思い出す。骨を避けながら歩いていた。
蓮次が苦しみの中でも他人を気遣うような態度を見せた事が、気に食わない。
感情の行き場がなくなった。
黒訝は衝動のままに、蓮次の身体を池に投げ入れた。
蓮次は水面に叩きつけられる。
冷えた水が激しく飛び散った。
黒訝は池を見下ろしながら、奥歯を噛み締めた。
本当は、もっと――。
優しく入れてやるべきだったかもしれない。
でも、そんなことを考えられるほど、心の余裕は、まだなかった。




