3.翡翠の瞳
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アネリエは広場を離れ、そのまま予定通り王都を見て回っていた。
先ほど倒れた大男は、ライオネルの部下が広場の隅へと運んでいた。
今頃目を覚まして、状況が飲み込めずにいる頃だろう。
人通りは次第に減り、街並みもどこか寂しさを帯びてくる。
王都の外れの方までやってきたのだ。
アネリエはふと、足を止めて振り返る。
笑顔が、わずかに引きつっていた。
「……あの、ストーカーさん? 私は貴方に何かしたかしら?」
視線の先には、ライオネルとその部下が一人。
広場から今に至るまで。
声をかけるでもなく、一定の距離を保ったまま、ずっと付いてきていた。
「気にするな」
あまりにも簡潔な返答だった。
(……いえ、気にしないわけないでしょう!)
口元がぴくりと痙攣する。
限界だ。
アネリエが完全に足を止めて向き直ると、ライオネルも当然のように立ち止まる。
「どうした」とでも言いたげに見下ろしてくる視線が、ひどく腹立たしい。
後方では、部下が申し訳なさそうに頭を下げていた。
「こんなに堂々としたストーカー、初めてだわ」
「ほう。堂々としていないストーカーには覚えがあるんだな」
「…………」
(そういう話じゃないでしょう……!)
会話が噛み合わない。
思考がじわりと疲弊していく。
――それでも。
(……対等に話せてる)
その事実に、わずかな違和感と懐かしさを覚えた。
本来ならば、こんな距離で言葉を交わせる相手ではないのだ。
目の前にいる男は、今はまだ王ではない。
それにーー
(…私が失敗したせいで、王になる未来が確定したのよ)
胸の奥に、鈍い痛みが走る。
私は、無責任に希望を晒し、見捨てたのだ。
(……そろそろ手紙が届く頃かしら)
アネリエは一度、大きく息を吐いた。
考えるな。
そう自分に言い聞かせる。
「とにかく。男二人に付きまとわれて喜ぶ人はいないんじゃないかしら?」
挑発とも取れる言葉。
だが、彼が物怖じしない人を好むことを、アネリエは知っている。
案の定、ライオネルはわずかに口角を上げた。
そしてーー
無遠慮に大きな手が伸びてきて、頬に触れられる。
「え……な、何を――」
「黙ってろ」
低く真剣な声。
反射的に、口を閉じてしまう。
……髪が避けられ、視界が広くなった。
指先が頬に触れたまま、ライオネルはじっとアネリエを見下ろす。
「……翡翠の瞳だな」
「……ヒスイ、ですか?」
聞き慣れない表現だった。
(エメラルド、とは言われるけど……)
翡翠という宝石があることは知っている。
複雑な柔らかな色合い。
不思議と惹きつけられる石だったとアネリエは思い出す。
(……こんな間近で見られたら、ローブで顔を隠した意味がないじゃない)
満足したのか。
ライオネルはそっと手を離し、言った。
「さっきの薬。どこで手に入れた?」
「……それを確かめるために、ここまで付いてきたの?」
答えは返らない。
だが、琥珀色の視線が語っている。
見逃す気はないと。
(……いつから見てたのかしら)
男が倒れたとき…?
それとも、串焼きに睡眠薬を仕込むところから…?
誤魔化すことはできる。
しかし、今後のことを考えると、嘘は避けたほうがいいだろう。
アネリエは一瞬悩み、白状した。
「……私が作ったものです」
「……!!」
諦めたように静かに続ける。
「あの薬の危険性は理解しています。私の管理下でのみ使用しています」
たった数秒。
それだけで大男の意識を奪うことができるのだ。
ただの小娘が持つにはそれなりの理由が必要だろうと判断した。
お返しのように、今度はアネリエが口角を上げる。
「納得されました?」
ーーストーカーさん。
余裕たっぷりに笑う。
しかし、その翡翠は真っ直ぐに相手を捉えていた。
試すように。
ライオネルはその視線を受けて、面食らう。
鍛えた身体に鋭い目つき。
誰もが怖がる出立ちだと、ライオネル自身が自覚している。
「そうか」
短い返答。
だが、その目は明らかに満足していた。
「ようやく見つけた」
呟きは惜しくもアネリエまで届かず。
夕方の風は大事な一言を攫いーー消えていった。
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