2.出会い
本日3話目です
ブラッドレッドは内陸国だ。
周囲を他国に囲まれ、情勢ひとつで簡単に戦火が上がる。
そのため、この国は武力に重きを置いてきた。
対して、リカージョンは海に面した交易国家。
人も物も行き交う、開かれた国である。
ーー両国の関係は悪くない。
(……今はね)
慣れたように、あっさりと入国審査を終えたアネリエは門を抜けた。
胸元に仕舞った“証“に触れ、わずかに息を吐く。
道中で雇った護衛とはすでに別れている。
今の彼女は、枯葉色のローブに身を包んだただの旅人だった。
「ふふっ、相変わらず賑やかよね」
広場には屋台が並び、なんとも食欲を刺激する匂いが漂ってくる。
逃亡してきたばかりとは思えないほど、アネリエは自然に歩き出した。
「あ、あの串焼き美味しそう」
迷うことなく屋台に近づき、流暢な現地語で注文する。
「これを二本くださいな」
「はいよ」
受け取った串を片手に、噴水の縁へ腰掛ける。
ためらいなく、大きく口を開けて一口。
「……美味しい」
思わず笑みがこぼれる。
濃い味付け。熱々の肉。
貴族の食卓には並ばない味だった。
あっという間に一本を食べ終え、もう一本に手を伸ばしかけた、その時。
「――いやっ! 離してくださいっ!!」
悲鳴。
噴水の向こう側で、男が女性の腕を掴んでいた。
「ちょっと付き合えって言ってるだけだろうが!」
逃げられない細い腕。
何処かの看板娘といったところだろうか。
対して男は、明らかに鍛えられた体格。
(……面倒ね)
アネリエは小さく息を吐く。
本来ならば関わるべきではない。
ーーけれど。
女性の腕に、さらに力が込められる。
「……仕方ないわね」
アネリエは立ち上がり、警戒させないよう笑みを浮かべたまま近づいた。
「まぁまぁ、落ち着いてくださいな」
「あ゛あ? なんだてめぇーーんぐっ!?」
言い終わる前に、アネリエは手にしていた串焼きを男の口に突っ込んだ。
「これ美味しいですよね?」
「はっ……はあ!?」
戸惑い、思考が止まるその一瞬。
アネリエは自然に女性との間に入り込む。
掴まれていた腕が離れ、赤い跡が残っていた。
「痛かったでしょう? もう大丈夫ですから、行ってください」
「え……でも……」
「大丈夫」
優しく背中を押す。
女性は戸惑いながらも、人混みへと消えていった。
(……まぁ、これで一人は助けられたわね)
わずかに視線を落とす。
それ以上は考えない。
「……ぁあ゛!?」
ようやく状況を理解した男が怒鳴る。
「てめぇ、ふざけてんのか!!」
胸ぐらを掴まれ、身体が持ち上がる。
それでもアネリエは、平然と言った。
「振られているように見えたので」
にこり、と笑う。
「助けてあげようと思ったんです」
「なっ……!!」
周囲から、くすくすと笑いが漏れる。
それが火に油を注いだ。
「馬鹿にするなぁ!!」
拳が振り上げられる。
誰もが息を呑む中ーー
「頭に血が昇ると、良いことなんてありませんよ?」
その声は、やけに穏やかだった。
まるで、自分のことではないかのように。
「……は?」
力が抜ける。
焦点の合わない目。
次の瞬間、男の身体が前のめりに崩れ落ちた。
アネリエは避けたついでに、男の頭を地面から守る。
……足の甲で。
どさり、と鈍い音。
ざわめく周囲。
「……え?」
「何が起きた?」
(……あら、やりすぎたかしら)
人だかり。逃げるべきか、放置するべきか。
少し考えてーー
とりあえず足を下ろして指でつついた
「あのー…もし? 起きてくれません?」
「ああ? 起きるわけないだろ」
低い声。
背後から聞こえた声に振り返る。
声の持ち主は、周囲を気にせずこちらに歩いてきた。
長身の男。
ローブで分かりづらいが相当に鍛えている。
(……この声、覚えがあるわね)
緊張感が背中を伝うも、
自然と、目が合った。
ローブの影を落とした琥珀色。
一瞬、呼吸が止まる。
「……少し細工をしました。しばらくは起きません」
思わず説明してしまう。
まるで、言い訳をする子どものようだ。
「……私を憲兵に突き出しますか?」
笑みを浮かべる。
焦りを悟られないように。
男は、わずかに口角を上げた。
「わざわざ手間を増やす気はない」
そして、フードを下ろす。
薄い褐色の肌。
野性味を帯びた整った顔立ち。
前髪が垂れてもなお鋭い眼差しは、目の前の獲物を捉えていた。
「黒、髪………」
思わず、声が漏れた。
「あ? 文句でもあるのか」
「……いえ、別に」
視線を逸らす。
脳裏に焼きついている、あの鮮やかな色が忘れられない。
ほんのわずかに息が漏れる。
けれど、それを押し殺してーー
もう一度、まっすぐに見上げる。
(……ライオネル・ヴァルド・ブラッドレッド)
この男は、アネリエの一度目の人生において、
敵であり、
そしてーー王だった。
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次話は明日投稿予定です。




