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12.ヒスイ

遅くなりました

 静まり返った執務室。

 ライオネルは一人、椅子に深く腰掛けていた。


 机の上には手を付けていない書類。

 視線は向けているが、何一つ頭に入ってこない。


(……聖女、か)


 胸の内で呟く。


 一年前のことだ。


 ブラッドレッドの国境近くにある小さな村が、大雨によって孤立した。


 近くの森が崩れ、土砂が道を塞いだのだ。

 王都からは遠く、救援は容易ではない。


 何より厄介だったのは、その位置だった。

 ブラッドレッドよりも、リカージョンの方が近い。


 連絡は辛うじて取れていたが、食料も薪も足りず、二次災害は時間の問題だった。


 ブラッドレッド側からの救援は難しい。

 ならばと、リカージョンへ文書を送ったが、期待などできない。


 過去、争っていた国。

 最近落ち着いた関係ではあるが、同盟を結んでいるわけでもない。


 救援を送ってもらえたとしても、数週間はかかるだろう。


 しかし、三日後、物資が届いた。


 伝書鳩が優秀だったとしても、ありえない。


 物資は、盗賊のような風体の男たちが運んできた。

 正規の手段で用意されたものではないのは明らかだった。


 後から知った。

 

 ーー“聖女”の指示だったと。


 たまたま、村の近くを食料や資材を仕入れた商人が通る。


 たまたま、盗賊が商品を奪う。


 そして、“心優しい盗賊”が、たまたま村の状況を知り、物資を流す。


 (……馬鹿げた筋書きだ)


 しかし、おかげで村は救われた。


 そして思った。


 ーー“聖女”は綺麗なだけの存在ではないと。


 と、同時に疑った。


 “聖女“はリカージョンの情報操作(プロパガンダ)である、と。


 “聖女“の正体は、容姿の良いモトレー侯爵令嬢の名を借りただけの偶像だと。


(……違ったようだ)


 ライオネルは、大きなため息を吐いた。


 瞼の裏にアネリエの姿が浮かぶ。

 静かな眼差し、落ち着いた声。


 そしてーー


 あの夜の言葉。


『“聖女”なんて、ただの偶像です』


 思わず息が漏れる。


 ーーアネリエを試したことがある。


 といっても、やったことは単純だ。

 彼女が読み終わった本から、一部の内容を抜粋しただけ。


 思った通り、彼女はすらすらと読み上げた。


『……全部覚えているのか?』

『完璧に、とは言えないですが、頭に入れるようにしています』


 政治、地理、歴史、動植物分布、交易路…


 多方面の知識が、“聖女“を創り上げている。


 そしてーー


 彼女は名声に(おご)ることはないが、名声の扱い方は心得ている。


(……あんな女、他にいるか?)


 気になる、では済まない。

 目が離せない。


 机に肘をつき、指先でこめかみを押さえる。


 ふと、あの香りが蘇る。


 ーー煎じた薬草の匂い。


 近くにいると、妙に落ち着く。

 無意識にそう感じていた。


「……クラインが聞いたら、どう思うか」


 ライオネルは旧友の反応を想像し、小さく笑う。


(喜びそうだ。いや、まず驚くかーー)


 だが、束の間。

 笑みはすぐに(かげ)る。

 

「……時間がない」


 ライオネルは焦っていた。


『ヒスイはどこにいる?』

『言わないよ。彼女にはこれ以上迷惑をかけられない』

『迷惑? 一国の王が? 馬鹿げてる』


 クラインは頑なに口を閉ざす。


 だが分かっている。

 “ヒスイ”がどれほどの存在だったのか。


 彼女の薬が。手紙が。

 クラインの拠り所だったのだ。


 弱々しい声。

 やつれていく身体。

 

 残りの時間が長くないことは、火を見るより明らかだ。


 拳がわずかに握られる。


(……違っていろ)


 アネリエは“聖女“だ。

 ヒスイとは関係ない。


 だが、否定もできない。


 ライオネルは立ち上がり、執務室を出ていく。

 向かうは、陛下の寝室。


(……無理はさせられないが、背に腹は変えられない)


 結局のところ、クラインしか答えを知らないのだ。


 それに、アネリエを問い詰めても、彼女は口を割らないだろう。


 ヒスイではなかった場合、クラインの病床を漏らすというリスクもある。


 いつもより大きな歩幅で廊下を進む。


 ただ、焦りだけが募っていくーー

読んでいただきありがとうございます。


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