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11.聖女という偶像

大遅刻!

言い訳をすると、この回は何度もデータが消えました…

許して…

 その日の晩。


 サンキスト侯爵は、満足げな様子で屋敷を後にした。


 足取りは軽く、重苦しい空気もない。


 だがその表情は、何かを確信した者のそれだった。


 ーーこれで、盤は整う。


 そんな思惑を胸に秘めながら。



 庭のベンチ。


 夜風が、ゆるやかに草花を揺らしている。


 アネリエは一人、空を見上げていた。


 星が、やけに近い。


(……少し、暖かくなった)


 リカージョンから逃げて早一ヶ月。


 もうそんなに、と思う反面、先の長さに(うつむ)きそうになってしまう。


 やるべきことが沢山ある。


 そしてーー


 捨てるべきことも。


(……考えない。考えてはダメよ、アネリエ)


 長くゆっくりと息を吐く。

 

 夜空の美しさは、リカージョンと変わらない。


「こんなところにいたのか」


 振り返らなくても分かる声。

 いつもと同じ声のトーンだ。


「仕事は終わったんですか?」

「ああ。誰かさんのせいで遅くなったがな」


 ライオネルは隣に腰を下ろした。


「ふふっ」


 思わず、声にこぼれてしまう。

 本当に変わらない。

 

 風が吹く。


 生ぬるい空気が、頬を撫でた。


「サンキスト侯爵様と、仲が良いんですね」

「昔世話になっただけだ」


 いつもの短い返答。それ以上は語らない。


 だが、それで十分だった。


 サンキスト侯爵とは、一度外交で会ったことがあるくらいだ。


 しかし、侯爵が王の政務を担っていることを、アネリエは知っている。


 そして何よりーー


 ブラッドレッドの血筋には祝福が宿っている。

 だから、この国の歴史は長く続いてきた。


 ーーリカージョンと同じように。


(……侯爵様は彼の出生を知っているのね)


 近い将来、ライオネルはこの国を背負うことになるだろう。


 出会ってまだ間もないが、彼がそれを望んでいないことくらい分かる。


「……どうして、ここに来た」


 静かな問い。

 考えていることを見透かされたのかと錯覚する。


「傷心旅行とは思わないんですか?」

「似合わない」


 即答だ。


 アネリエは少しだけ肩を竦めた。


「……そうですね」


 否定も、肯定もしない。

 彼もまた、それ以上は踏み込まない。


 アネリエは、一際(ひときわ)輝く星を眺める。

 

 そして、ぽつりと呟いた。


「“聖女”なんて、ただの偶像です」


 ぎゅっと、手に力を入れる。

 

 目的を話すことはできない。

 でも、彼には誠実でありたい。


 だから、代わりに本心を打ち明けることにした。


「奇跡なんて起こせないし、人を癒す力もない」


 アネリエは柔らかく言い捨てた。

 そして、覚悟の決まった声色で前を見据える。


「でも、それくらいの真似事なら、人間にもできる」


 こんなことを言葉にするのは初めてだ。


 ……誰かに話すことも。


「知識があれば、すべきことが分かる」

「お金があれば、人を動かせる」

「権力があれば、道は開く」


 風が止む。

 舞っていた花弁がひらひらと落ちてきた。


「でも、人々は“奇跡”だと思いたがる」


 ーー聖女が抱きしめたから治った

 ーー聖女が笑ったから救われた


「……違うのにね」


 アネリエの瞳に、星が映る。

 

「でも、“聖女”を信じて救われる人もいる」


 人は弱いが、人の想いは強い。

 “聖女“は、その弱い部分を支えてくれる偶像なのだ。


「だから私は、否定しなかった」


 迷いはない、静かな声。


 ライオネルは何も言わず、翡翠の瞳を見つめたまま。


 (……そういうことか)


 書斎での姿が、脳裏に浮かぶ。


 積み上げられた本。

 休むことなく読み続ける姿。


 ーーあれは、覚悟だ。


 ライオネルは手を伸ばし、くしゃり、と髪を撫でた。


「……アネリエ」


 名前を呼ぶ。彼女の()()を。


「……はい」


 アネリエは突然のことに驚きながらも、ライオネルの手を受け入れた。


 小さな頭。

 髪が細く柔らかい。

 

「ライオネルでいい」


 一瞬、息が止まる。


 そして、彼女は小さく笑った。


「……ライオネル」


 遠慮がちに、呼んだ。


「ライオネル」


 もう一度。

 その響きを、確かめるように。


 どこか不思議と懐かしく感じるのは、夜空が美しいからだろうか。


 風が、そっと吹き抜ける。

 

 夜は、静かに更けていった。



 香を焚いた小さな一室。


「トルロ・サンキストが参りました」


 低い声が響く。


「……入れ」


 ベッドに横たわる男が、ゆっくりと目を開けた。


 燃えるような赤い髪。

 だが、その身体はひどく痩せ細っている。


 ブラッドレッド国王。

 クライン・ヴァルド・ブラッドレッド。


「今日は、何を報告してくれるのかな」


 サンキストは、静かに一礼した。


「……ご報告がございます」


 その視線の先。

 机の上に、一通の手紙が置かれていた。


 見覚えのある、封蝋。


 ーーヒスイからの、別れ

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