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13.翡翠の約束

ギリギリ今日ということで…

 クライン・ブラッドレッド、十四歳。


 彼は、社交パーティーに顔を出していた。

 ブラッドレッドの中立派貴族が主催する夜会だ。


 三歳下の弟、セレウス・ブラッドレッドとは次期王を争っていたが、クラインは、すでに理解していた。


 ーーおそらく自分が王となるだろうと。


 弟は愚かではない。

 だが、気性が荒い。


 建前という仮面を覚え始めてはいるが、ブラッドレッドの王は外面や功績で決まるものではない。

 周囲の貴族も薄々勘付いていた。


 しかし、裏を返せば。


 "クラインを排せば、セレウスが王となる"


 その可能性は、常にある。


 ゆえに、こうして成人前から社交に顔を出している。

 味方は多いに越したことはない。


 ……ズキン、と頭に痛みが走った。


(……またか)


 最近、頻繁に起こる頭痛。


 人に酔ったのだろう。

 クラインは中庭へと出た。


 夜風が頬を撫でる。


 王宮とは違う、貴族の庭。

 整えられていながらも、それぞれの個性が滲む空間。


 わずかに息を吐くと、幾分か楽になった。


「貴方が、クライン殿下?」


 幼い声。

 振り返ると、少女が立っていた。


 四、五歳ほどの子ども。

 場違いなほど幼い。


 クラインは膝を折り、視線を合わせる。

 

 すると、少女は心配そうに尋ねた。


「……頭が痛いの?」


 見透かされた言葉。

 驚きつつも、思わず笑みが漏れた。


「ああ……ははっ、大丈夫だ」


 そしてまた、痛みが響く。

 疲れているのだろうか。


「私、貴方に会いにきたの」


 少女はそう言うと、クラインの手を引いた。

 小さな手だった。


 導かれるままに歩き、中庭の端へ。

 薔薇のアーチが二人の姿を隠す。


 少女は手を離し、振り返った。


 そしてーー挨拶儀礼(カーテシー)をとった。


 幼い身体とは思えないほど整っている。


「クライン殿下。無礼を承知で申し上げます」


 言葉遣いが変わる。

 しかし、それ以上に空気が変わった。


 少女は淡々と告げる。


「ーー貴方は、永く生きられません」


 言葉が落ちた瞬間、思考が止まった。

 先ほどから理解が追いついていない。


「……何を、言っている」


 冷静に返す。

 だが、自分でも驚くほどに震えていた。


 少女は気まずそうに一度視線を逸らす。

 だが、覚悟を決めたように見据えた。


 真っ直ぐな、翠の瞳。


「私には、未来が見えます」


 少女は続ける。


「殿下は若くして王となられます。しかし、遠くない未来……病に倒れます」


 信じ難い。

 だがーー嘘とも思えない。


「いい加減に……!」


 遮ろうとした言葉は、途中で止まる。


 その瞳が、あまりにも切実だったからだ。


「……どうか、私に助けさせてください」


 絞り出すような声。


 足元に目をやると、小さな靴は擦り切れ、汚れている。


「薬を作ります。信じられないのであれば、少し先の未来を」


 差し出されたのは、小さな紙と薬。

 紙には、未来が記されていた。


 これから生まれる子どもの名と性別。

 ーーそして、亡くなる者の名とその死因。


 いずれも、ブラッドレッドの貴族の名だ。


 クラインは静かに息を吐く。


「……君は何者なんだ?」


 少女は微笑むだけで応えない。


 幼子のものとは思えない、深い表情。

 複雑な色をした瞳が揺れる。


(……翡翠のようだ)


 そして、少女はその場を去った。


 数日後。


 紙に記された未来は、現実となった。


(……頭が、痛い)


 妙薬か、死にいたる劇薬か。

 結局、クラインは少女を信じて薬を飲んだ。


 本当に驚いた。

 王族に仕える主治医のものよりも、はるかに効いたのだ。


 やがて、薬が尽きかけた頃。


 プレーンズ商会と名乗る新興商人が王宮を訪れる。


 手土産の香水とともに、一通の手紙。

 差出人は、彼女だった。


 追加の薬も送ってくれたらしい。


 そして、今後は商会を通じて連絡が取れるということだった。


 それから、クラインは彼女と文を交わすようになった。


 王宮での圧力、張り付いた笑み、息の詰まる日々……


 その中で、彼女とのやり取りだけが、確かな安らぎとなっていった。


 ーーだが、病は悪化するばかり。


 身体は衰え、時間は削られていく。


 サンキスト侯爵とライオネルは、唯一の望みであると“ヒスイ”を探し始めた。


 何度も彼女の正体を聞かれたが、クラインは頑なに口を閉ざす。


(……そんなこと、できるはずがない)


 名乗りこそしていないが、彼女の正体は分かりきっていた。


 十三年も文を交わしてきたのだから。


 クラインは静かに笑う。

 外交で、一度だけ彼女を遠くから見たことを思い出したのだ。


(……美しく成長していたな)


 彼女から届いた最後の手紙。

 そこにあったのは、謝罪と後悔だった。


 ーーどうか私を許さないでください。


 静かに目を閉じる。


 許すも何もない。

 彼女は、救おうとしてくれた。

 それだけで十分だ。


 クラインは震える手でペンを取る。

 きっと、これが最後になると分かっていた。


「……どうか、届いてくれ」


 最後に一行、書き添える。


 わがままだと分かっている。


 だが、それでもーー


 "会いたい"

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