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9.触れた距離

毎日更新、したい

 書斎の扉を開ける。


 古びた紙の匂いが鼻腔をくすぐった。

 ここに来るのも久しぶりだ。


 壁一面の書物。


 代々、アルヴェイン伯爵は学者然とした者が多い。

 特に先代当主は、引きこもりと言われるほどに読み物が好きだった。


 おかげで、他貴族には類を見ないほどに見事な書斎と化している。


(…………あれか)


 見渡すと、窓際に影があった。


 光を背に、本を読む女。

 ページを捲る指が異様に速い。


 相当に集中しており、近くに来たライオネルに気付く様子もない。


 少し考えた後、声をかけるのをやめた。

 その代わり、一冊の本を手に取り、隣に腰掛ける。

 

 紙の音だけが書斎に響きはじめた。



 手に持っていた本を閉じる。

 

 長めに息を吐くと、隣から違和感を感じた。


 視界の端に映るのは上等の生地の服…というより足だ。


(……え)


 おそるおそる視線を向ける。

 すると、黄金の瞳と目が合った。


 アネリエが驚いて固まっていると、ライオネルから話しかけてきた。

 

「よく読むな、“眠り姫”」


 少しだけ目を瞬かせる。

 いつから隣にいたのだろうか。


「……いらしてたのなら、声をかけてください」


 わずかに不満を滲ませて呟く。


 気安く話してはいるが……

 正直まだ、恐れ多い気持ちが拭えない。


「今日はどうされたんですか?」

「別に、用はない」


 短く答えて、ライオネルは視線を手元の本に戻す。

 そして、静かに読み始めた。


(……何をしに来たのかしら?)


 彼のことが分からない。

 何を考えて、何をもとに行動しているのか。


 仕方なく、アネリエは次の一冊を手に取る。

 特に理由はないが、先ほどよりもゆっくりと文字を追うことにした。



 しばらくしてーー


 ライオネルが長く息を吐いた。

 アネリエも、視線を文字から天井に移したところだ。


「……どうして、名前を聞かないんですか?」


 ぽつりとした疑問。


 ライオネルは小さく笑った。


「なんだ、教えてくれる気になったのか?」


 穏やかな声。

 ほんの少しだけ、落ち着かなくなる。


「……そういうわけじゃ、ないですけど」


 視線を逸らす。

 しかし、ライオネルはアネリエをじっと見つめたまま。


「目に、隈ができているな」


 ーー彼の体温が、触れた。


 大きな手が頬を撫でる。

 そのまま、親指で目下をなぞった。


「……本に、夢中になりすぎたようです」


 彼は黙ったまま何も話さない。


 視線が宙を泳ぎ、行き場を失う。


 思わず、言い訳がこぼれてしまった。


「名乗りたくないわけじゃないんです」


 言葉の整理ができない。

 何と伝えるのが正解なのか、分からないまま言葉を紡ぐ。


「……でも、嘘を吐きたいわけでもないの」

 

 自信がなく、弱々しい声。


 彼女にとって、愛称や偽名を語ることは容易い。

 そのための身分証も持っている。


 でも、言いたくない。

 彼には誠実でありたい。


(……どうしたらいいのよ)


 黄金の瞳に捕まえられたまま。


 ーー何か言って欲しい。


 心の中で懇願する。


 すると、思いが伝わったのか。

 ライオネルの手が離れ、視線が外れた。


 彼の表情を見る。

 どうやら機嫌は悪くないらしい。


「プレーンズの娘がお前を“姉”と呼んでいた。それだけで、身元は十分だ」


 少し間を置いて続ける。


「話したくなったら話せばいい」


 先ほどまで触れていた指がページを捲る。


(……どうにも、測りかねる人だわ)


 踏み込んでくると思っていた。

 踏み込まれたら観念しようと思っていた。


 余裕がある。心が広い。

 こんな言葉だけでは表現し尽くせない何か。


「……ありがとうございます」


 アネリエは静かに頷いた。



 どれくらいの間。

 会話のない時間を過ごしていたのだろう。


 積み上げた本を元に戻そうと持ち上げる。


 すると、ライオネルは黙って本を奪い、棚に並べてくれた。


「お前、何かつけてるか?」

「……え?」


 付けてる? 何を?

 心当たりがなさすぎて、自身の身体を見回す。


 彼は小さくため息を吐いた。


「香りだ」


 袖口に顔を寄せる。

 香水なんて付けていないし、香りが移るものに触れた覚えもない。


「いえ……特には」


 ライオネルは興味なさそうに頷いた。



 それから。


 ライオネルは屋敷に帰ることが増えた。


 一日の終わり。

 そのまま書斎に訪れる。


 特に用があるわけでもない。


 ただ、隣で静かに本を読む。

 時々言葉を交わし、また文字を追う。

 

 お互いのことは何も知らないまま。

 居心地だけが馴染んでいく。


 そんな日々に疑問も抱かなくなった頃。


 ーー事件が起こる。



 昼下がり。

 引き締めていた空気が緩くなってくる時間。


 一人の団員が呟いた。


「最近、団長帰ってるよな?」


 近くにいた者の耳がピクリと反応する。

 声に出さないだけで、総意であると、全員が理解していた。


「俺も…そう感じていた」

「そうだよな!?」

「誰か理由知ってるか?」


 その中の一人。

 小さく控えめに、だがしっかりと手をあげる。


「……俺、香りがどうのって、話してるの聞いた」


 全員の目が、ガッと開く。

 男ばかりで盛り上がるのは、いつだって女の話だ。


「女なんて邪魔だって、前に言ってたのにーー」

「くそーー!!」

「怖そうに見えるだけで顔は良いもんなー」


 これだけ騒いで、噂にならないわけがない。


 今まで、いっさい女の影がなかったというのも、良いスパイスとなったのだろう。

 

 “ライオネル・アルヴェインは屋敷で女を囲っている”


 それは、王宮のゴシップとなった。



「……それは、本当か?」


 廊下を急ぎ歩く壮年の男。


 トルロ・サンキスト侯爵は、部下からの報告に耳を疑った。


 思わず足が止まりそうになる。

 しかし、陛下に呼ばれていることを忘れない。


 宰相にして、王の側近。

 そして、ライオネルの後見役でもあった。


 静かに目を細める。


(……これは、看過できん)


 静かな波紋が、確かに広がり始めていた。

ついに10話目!先はまだまだ長いけど嬉しい!!


もしよろしければ、ブックマーク&評価いただけると嬉しいです。

ぜひよろしくお願いします。


参考になりますので、面白いと思っていただけた話には「いいね」をお願いします。


次話以降も読んでいただけると嬉しいです。

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