第四十六話 戦時昇進
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ギャミの天幕にたどり着いたイザークは、外から声をかける。入室の許可をもらったのちに天幕に入と、内部には大きな机が置かれていた。しかし机には書類が山となって積み重なっており、机の天板が見えない程だった。そして書類に埋もれるように、一体の魔族がペンを走らせている。
「少しお待ちいただけますか、イザーク様」
イザークの腰程の背丈に皺のない顔。子供のようなこの男こそ、特務参謀ギャミである。
ギャミの目の下には大きな隈があり、縦に割れた瞳孔は血走っている。机に積み上げられた書類とその顔から、数日寝ていないのは明白であった。しかしギャミの目は爛々と輝き、口元はうっすらと笑みが浮かんでいる。
戦争が激しさを増せば増すほど、より生き生きとしているようである。
「いやはや、忙しくて大変でございますよ。ロメリアの新兵器のおかげで、事前の予想が大幅に狂っておりまして。部隊の再編と戦線の立て直しに、休んでいる暇もありません」
手を止めずに話すギャミは笑っていた。しかし前線にいるイザークは笑っている場合などではなかった。ロメリアの新兵器にやられ、多くの兵士が殺されているのだ。
「人間共が作っていた新兵器を、参謀部はどう見ているので?」
イザークは嫌味を込めて尋ねた。敵戦力を見誤ったのは、参謀部の責任とも取れるからだ。
「そうですな。あの新兵器の威力を知れたことが、今回で一番の収穫かもしれません」
「収穫、ですか?」
戦場で多くの兵士が死んでいるのに、収穫とは聞き捨てならなかった。
「はい。あれは本来グラナの長城攻略用の兵器でしょう。あれが大型化されて威力をさらに高められれば、グラナの長城も危うい。対策のための兵器や戦術を、今から考えねばなりません」
ギャミが楽しげに話す中、イザークはハッとした。
確かにそのとおりだった。ロメリアの新兵器のおかげで、ギレ山砦は窮地に陥っている。だがギレ山砦はどこまでいっても、前線に築いた仮設の砦だ。一方でグラナの長城は、魔王軍に残された最終防衛線。グラナの長城が突破されれば、魔王軍にあとはないのだ。
敵の切り札をここで切らせたと考えれば、これは大きな収穫といえるだろう。
「それに新兵器の力があるとはいえ、ロメリアは随分と力押しで攻めてきました。こちらの被害も大きいですが、向こうにも相応の損害が出ております。事前に計画した、ロメリアの戦力を削るという目的は、八割方達成しております」
書類仕事をするギャミの横顔には、計画どおりだという笑みがあった。
イザークは戦いが始まる前に開かれた、軍議の内容を思い出した。軍議ではこの度の戦いの目的が語られた。戦略目的はいくつか設定されていたが、そのうちの一つは連合軍の中でもライオネル王国の、もっといえばロメリアの軍勢を削ることにあった。
「こちらの損害が事前の予想より多いですが、まぁ十分許容範囲内です」
声を弾ませるギャミに対し、イザークは表情を少し固めた。
目の前で部下や仲間の死を見てきたイザークにとって、味方の損害を数字と考えることは出来なかった。失われた命は、どれ一つとっても代えることは出来ないのだ。しかし同時にギャミを否定することも出来なかった。
戦うことが出来ぬギャミにとって、机の上が戦場だ。彼の頭脳では数字の刃が飛び交い、ペンを武器に戦っている。その視点に立てば、ギャミはこの上なく優秀な参謀だった。味方の命を完全に数字と割り切ることで、効率的に味方を殺して敵に損害を与えている。結果として多くの魔族が死なずに済んでいる。割り切れないイザークのほうが、未熟であるとするしかない。
ギャミは書類を書き終え、ペンを止めた。そしてイザークに向き直る。
「さて、お待たせしました。イザーク様、お呼びしたのはほかでもありません。一つ通達すべき辞令がございまして」
「辞令、ですか?」
「損傷した部隊の再編を行っているのですが、現場指揮官の数が不足しております。そのためイザーク様の戦時昇進が決まりました。明日から三百竜長です。おめでとうございます」
ギャミは頭を軽く下げた。イザークは置いてきぼりを受けたようにぽかんとした。
戦時昇進とは、この戦場のみの一時的な昇進だ。正式な昇進ではないため、戦争が終われば元の階級に戻される。しかし戦争の間は、階級に見合う責任と義務を背負わねばならない。つまり明日から、三百体の兵士を率いねばならないのだ。
「あと所属部隊も変わります。再編した部隊と言うことで、本陣付きの遊軍となりますので」
ギャミはどんどんと話を続ける。これまでイザークの百竜隊は、ドルガ千竜将率いる千竜隊の一部だった。しかしその所属すらなくなるらしい。
「待ってください、私が三百竜長ですか? しかし私は、この前に百竜長になったばかりです」
イザークは抗議の声を上げた。まだ百竜長の務めも満足に果たせていないのに、さらに昇進し、兵士を預けられても困る。
「なに、百も三百もたいして変わりません」
「しかし……そうだ! 手柄が、手柄がありません。武功を挙げていない身としては……」
昇進を固辞しようとするイザークに対し、ギャミが笑いかける。
「はははっ、何を言っておられるのです。手柄なら十分あるではありませんか。私のところにも伝わっておりますよ。敵の攻撃を防ぐこと十九回。討ち取った敵兵の数は、五十を超えているとか。イザーク様が受け持たれている戦線が、もっとも被害が少ないのですよ?」
ギャミに教えられ、イザークは自分のことなのに驚いた。目の前の敵と戦うのに必死で、倒した敵の数を数えている余裕がなかった。
「これだけの武功を積めば、昇進は妥当でしょう」
「しかし、私には過ぎた身分かと」
イザークがなおも断ろうとすると、ギャミが目を細めて長い溜息を吐いた。
「イザーク様。信賞必罰を明らかにするのは、組織の大事にございます。正しく武功を挙げた者が褒美を得ねば、ほかの者が困ります」
聞き分けのない子供を諭すように言われては、これ以上断ることが出来なかった。
「分かりました、拝命します」
イザークは、自分には無理だという思いを呑み込んで頷く。
「頼みますぞ、ここでロメリアの兵を出来るだけ叩いておきたいのです」
「ギャミ様は、ロメリアを随分と高く評価しているのですね?」
「ええ。あの者にはセメド荒野やガンガルガ要塞で、してやられましたからな」
自らの敗北を語るギャミだが、その顔はどこか嬉しそうだった。
魔王軍でも異彩を放つギャミは、深謀遠慮の策を編み出しては魔王軍の勝利に貢献してきた。魔王ゼルギスすら、その頭脳を恐れたと言われている。イザークもその高い知性には敬服しており、師と仰いでいる。そのギャミがロメリアを警戒していた。
「連合軍の中でも、魔王軍を本気で滅ぼそうと考えている者はそうおりません。ロメリアの戦力を削っておけば、あとで楽が出来るでしょう」
続くギャミの言葉に、イザークはロメリアの経歴を思い出した。ロメリアの名が知られるようになったのは、四年程前にセメド荒野の戦いで、イザークの父であるガリオスを打ち破った時だ。しかしロメリアを詳しく調べれば、魔王ゼルギスを討った仲間の一人ということが判明している。それにロメリアはガンガルガ要塞での戦においても、大きな役割を果たした。魔王を倒して軍を組織し、要塞すら落とす。その才能と執念は並々ならぬものがある。
「連合軍には人類最大国家であるヒューリオン王国に、氷結皇女と呼ばれるグーデリアもおりますが、そちらはよいのですか?」
イザークとしてはそこが疑問だった。確かにロメリアは侮れない相手だが、どこまでいっても一人の女だ。大国であるヒューリオン王国や、強大な魔法使いとして知られているグーデリアのほうが難敵に見える。
「確かにそれらの国や傑物にも注意は必要です。しかし彼らは指導者として、自国の利益を優先せねばなりません。我らを脅威と感じていても、損得が合わねば行動に出られません」
イザークはなるほどと頷く。大国や国家の重要人物であればあるほど、軽々には動けない。
「しかしロメリアは違います。あの者は我らを倒すため、国家すら利用する」
ギャミに指摘され、イザークはロメリアの執念を読み違えていたことに気づいた。
これまでイザークはロメリアがライオネル王国に仕え、国のために魔王軍を倒そうとしているのだと思っていた。しかし真相は逆だ。ロメリアは自らの目的のために、国家を戦争へと誘導しているのだ。
「今回の戦いで、ロメリアの戦力を削ることに成功しました。最後にロメリアの首をいただき、この戦争を勝利で飾りましょう」
ギャミは口を薄く広げ、冷酷な笑みを浮かべた。




