第四十七話 聖女と知竜の知恵比べ①
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ゼータの頬に、湿り気を帯びた風が打ちつけた。
見上げれば西の空には鉛色の雲が見える。この分だと明日には雨になるかもしれない。しかし雨が降る頃には、もうここにいないかもしれなかった。
ゼータは馬に跨りながら、南にある岩山に目を向けた。岩山の上には砦が築かれており、頂上の櫓には竜の旗が翻っている。魔王軍が再建したギレ山砦である。
数日前まで山砦の周囲には、柵に土塁が幾重にも築かれていた。だがそれも今や無惨な残骸である。柵は吹き飛び、土塁には大きな穴が穿たれていた。堅牢無比であった防衛設備は破壊され、山砦のあちこちからは黒煙が上がっている。ライオネル王国軍の攻勢は全体に広がり、もはや落城寸前であった。
ゼータは手綱を握りしめた。胸には不満が渦巻いている。
馬上でゼータは首を返し、北にある丘を見上げた。丘の上には六色に分けられた連合軍の旗や、ライオネル王国の国旗である獅子の旗が翻っている。そしてその中に、純白の布に金糸で鈴蘭の意匠が施された旗もあった。旗の下には亜麻色の髪の女性が佇んでいる。
ライオネル王国で、救国の聖女と呼ばれるロメリアである。
多くの人々がもてはやす女性だが、ゼータはロメリアを見て目を細めた。
「退屈か、ゼータ?」
前から声がしてゼータが首を返すと、燃え盛る炎のように赤い鎧を着た兵士がいた。その手には長大な槍斧が握られている。
当代最高の騎士の呼び声高い、炎の騎士アルビオンである。彼のそばには煌びやかな鎧と駿馬に跨る三千人の騎兵が待機していた。最強騎士団とも呼ばれている焔騎士団の精鋭達だ。
「いえ、そんなことは」
ゼータは嘘をついた。全ての騎士が憧れる男と共にいて、退屈だなどとは言えない。
「嘘をつくな。はやく戦場に出て死にたいと、顔に書いてあるぞ」
アルビオンの言葉に、ゼータは何も言えなかった。
ゼータは自らの失策により、率いていた隼騎士団に大きな損害を出した。そのため兄のゼファーに責任を追及され、一兵卒に降格の上、最前線送りとなったのだ。
「ゼファー様もなかなか厳しい沙汰を下されるな」
「いえ、あれは兄なりの温情でしょう」
ゼータは視線を下げた。一兵卒で最前線に立てということは、つまるところ戦場で死ねという意味である。死を命じられたわけだが、ゼータは兄を恨んでいなかった。
そもそもゼータが犯した大失態は、処刑されてもおかしくないほどである。一方戦死であれば、実態はどうあれ面子は保てる。
「せめて勇敢に戦い名を残したくあります」
息を吸い込み、ゼータはアルビオンの顔を見た。
「アルビオン様。私のような者を客員として迎えてくれただけでなく、栄えある焔騎士団に加えていただき、改めてお礼申し上げます」
ゼータは馬上で頭を下げた。一兵卒に降格にされてからというもの、ゼータはいかに死ぬかということばかり考えていた。しかし戦死するからには、戦場に立たねばならない。現状もっとも戦争が起きそうなのが、ここギレ山砦の攻略戦であった。
ゼータは戦場に立つべく、ライオネル王国のロメリアに頭を下げ、客員としての編入を頼んだ。ロメリアはこれを許可し、しかもアルビオン率いる焔騎士団に加えてくれた。
「別に礼なんていらねーよ。俺は面白そうだと思ったから、お前を取っただけだ」
アルビオンはあっけらかんと話すが、これは望外の栄誉といえた。焔騎士団と轡を並べるなど、騎士として最高の名誉であろう。
舞台は整った。あとは死ぬだけである。ゼータはそう意気込んでいた。しかし、しかしである。ギレ山砦攻略戦が始まってすでに十日を超え、十一日目となっているのに、ゼータはこれまで一度も戦場に立っていなかった。
「アルビオン様。ロメリア様が焔騎士団に攻撃を命じないのは何故でしょう? 何か策でも?」
ゼータは批判とならぬように慎重に尋ねた。
ギレ山砦の攻略戦が始まってからというもの、焔騎士団は予備兵力として待機を命じられていた。精鋭の焔騎士団が攻撃に加わらないのは、不可解であった。アルビオンの力と焔騎士団の戦力があれば、すでにギレ山砦は落とせていたかもしれない。ゼータの目にはロメリアは無用に戦争を長引かせているようにも見えた。
「新型攻城兵器の調子を確かめるためと、この前の軍議では言っていたな」
アルビオンは顎を向けた。その先には戦場に似合わぬ風車が三台鎮座している。風車は内部を見られぬように布が巻かれ、筒のようなものが飛び出ている。周囲には黒いローブを着た魔法兵が、杖を向けて風を生み出していた。
風車が勢い良く回り始めると、筒から球状の弾が勢いよく飛び出す。弾は放物線を描いてギレ山砦へと落下した。そして一拍遅れて、爆発音と共に巻き上げられた土砂が見えた。
「相変わらず、すごい威力ですね」
ゼータは唾を呑み込んだ。あの風車こそ、ライオネル王国が作り上げた新型の攻城兵器だ。球状の弾には爆裂魔石が仕込まれており、激突と同時に爆発する仕掛けとなっている。
「さすがロメリア様、あんなものを作っていたとは知りませんでした」
ゼータはただただ唸る。新型攻城兵器は速度と破壊力、そして命中精度に優れていた。おかげでギレ山砦を覆っていた柵は吹き飛び、土塁は穴だらけである。
「大した威力だが、ロメ隊長はあの兵器に満足していないみたいだ。今のうちに問題点を洗い出しておきたいんだろう」
「あれほどの兵器でも、まだ不満があるのですか?」
ゼータには信じられなかった。新型攻城兵器は威力もさることながら、軽量で兵士の行軍に追従出来る重さだった。しかも戦場に到着してから一日で組み立てが完了している。これは驚異的なことと言えた。
通常攻城兵器と言えば、巨大な木材を何本も使用するため運搬に時間がかかる。更に組み立てにも日数を必要としていた。攻城兵器が稼働するのは、戦争が始まって何日もしてからというのが普通だ。
このことを考えれば、新型攻城兵器は驚異的な性能と言っていい。だがロメリアの要求は満たせていないという。一体何と戦うつもりなのかと問いたくなる。
ロメリアという女性が何を考えているのか、ゼータには計り知れなかった。




