第四十五話 イザーク百竜隊
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イザークが瞼を開けると、白い布と木が組み合わされた天井が見えた。魔王軍で使われている天幕だ。梁にはランタンが架けられ、橙色の光を淡く放っている。
イザークはゆっくりと右に顔を動かした。周囲には簡易の寝台が並べられ、体に包帯を巻いた魔族達が横たわっている。どうやら負傷した兵士達が運ばれる、救護室にいるようだった。
イザークは上体を起こすと、左から身じろぐ音が聞こえた。目を向けると隻眼のダムドラが小さな丸椅子に腰掛けている。
「ああ、イザーク百竜長。気がつかれましたか」
「ダムドラか。あの後どうなった? 部隊は?」
「敵は後退し、それ以降攻撃はありません。兵士達も無事です」
部下が無事という報告を聞き、イザークは胸をなでおろしながら寝台から降りた。
「もう立って大丈夫なので?」
「怪我は塞がっているからな。寝台を占有しているわけにはいかん」
起き上がったイザークは、体に巻かれた包帯を引きちぎるように外した。ごつごつとした鱗が顕わとなり、傷は全てふさがっている。血を流したため腹は減っているが、動きに支障はない。立って歩けるのなら退院だ。
まずは自分の部隊に戻ろうと、イザークはダムドラと共に天幕を出る。
どれほど意識を失っていたのか、外ではすでに日が暮れて星が瞬いていた。黒というよりはどこか青い空に、白い炊煙がいくつも昇っている。視線を下に戻せば篝火と焚き火の灯りが、こちらも星のように揺れていた。
ダムドラと共に、イザークはギレ山砦の内部を歩いた。砦に活気はない。攻め込まれ、敗色濃厚となっているためだ。中には食事に手をつけていない一団もいる。
「あれはどこの部隊だ?」
食事もせず意気消沈した部隊からは、時折メソメソと泣き声すら聞こえてくる。
「ビレン百竜隊ですね。あそこは隊長であるビレン百竜長をはじめ、熟練の兵士が多く戦死して、若い者しか残っていないのです」
「……そうか」
イザークは重い息を吐いた。生き残った兵士達は、誰もが虚ろな目をしていた。おそらくこれが初陣なのだろう。最初の戦場で、あまりに過酷な体験をしてしまったのだ。
イザークは勇敢に戦った兵士達に黙祷を捧げた。そして生き残った者達を、なんとか助けてやりたい。しかし自分に何が出来るだろうか? 自分の身すら守れていないというのに。
イザークは自分の無力さを噛み締めながら進んだ。すると五つの焚き火の周りに、集まる兵士達が見える。イザークが預かるイザーク百竜隊だ。兵士達の間に活気はなく、沈黙に沈んでいた。隊長である自分がこの体たらくでは、兵士達が落ち込むのも当然である。
イザークは後ろを歩いているダムドらをチラリと見た。
「なぁ、ダムドラ。どう声をかけるべきかな?」
正直、どんな顔をすればいいのかも分からなかった。助けを求めると、副官は溜息を吐く。
「何を気にされているのです。普通にしていればいいのですよ。ほら、背筋を伸ばして」
ダムドラがイザークの背中を叩く。前につんのめったイザークを一体の兵士が見つける。
「あっ、イザーク隊長!」
兵士が声をあげると、火を囲んでいた兵士達が一斉に立ち上がり、イザークのもとに駆け寄ってくる。
「ご無事でしたか! 隊長!」
「心配していたんですよ!」
「もう体は大丈夫なんですか?」
イザークを取り囲む兵士達が、次々に声をかける。その顔には喜びと安堵があった。イザークは戸惑いながら、振り返りダムドラを見た。副官はだから言ったでしょうと頷く。
部下の歓待に戸惑っていると、手を叩く音が兵士達を制止する。目を向ければ赤い鱗をした太った魔族だった。その隣には緑の体色の魔族もいる。友であるゴノーとサーゴだ。
「ほらほら、詰め寄るな」
「言ったとおりだっただろ、イザーク隊長は無事だと」
ゴノーとサーゴの言葉に、兵士達は頷いている。二体は兵士達に信頼されているようだ。
「イザーク。替えの鎧と盾を貰っておいたぞ」
サーゴが親指を向ける。緑の指の先には、真新しい鎧と盾が置かれていた。サーゴは細やかな気配りが出来て、段取りがうまい。戦闘とは準備であり、準備を万全に整えたほうが勝つ。これで明日からも戦える。
「そうだ、イザーク。少し前に特務参謀ギャミ様から使いが来てな。意識を取り戻したら、自分のところにまで来てほしいそうだ」
「ギャミ様が? 分かった、今からいってみよう。」
イザークはサーゴに頷き、そして自分を取り囲む兵士達を見た。
大なり小なり誰もが負傷していた。疲労も顔に出ているが、目は死んでいない。
「今日はよく頑張ってくれた。この調子で戦い続けることが出来れば、必ず勝てる。今日はしっかり休んで、明日に備えてくれ」
イザークの言葉に、兵士達は大きく頷く。イザークはダムドラに視線を向けた。
「ダムドラ、あとは任せた。私はギャミ様のところにいってくる」
イザークは兵士達に手を振ったあと、ギレ山砦の頂上部にある本陣へと向かった。
歩きながら、イザークは気分の悪さを覚えた。嘘を言ったためだ。
勝てるなどと言って兵士を鼓舞したが、誰の目にも劣勢は明らかである。今日は運よく生き延びたにすぎない。だが兵士を指揮する立場上、ああ言うしかなかった。
不安を覚えたまま歩いていると、ギャミがいる天幕に辿りついた。




