第四十三話 ギレ山砦攻防戦②
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「ダムドラ! ここを任せた!」
イザークは戦槌を手に、逃げてくる魔族をかき分けて前線を目指す。背後でダムドラの止める声が聞こえたが、敵の攻撃を防がねば全員が死ぬ。
イザークが進むと、逃げる兵士の数が徐々に少なくなってくる。そして最後尾を逃げる兵士の背後に、剣を手に追いかけるライオネル王国兵の姿があった。
「させるか!」
逃げる兵士の背中を切りつけようとする敵に、イザークは襲いかかった。長い戦槌を手に、力任せに殴りつける。人間の兵士はイザークの攻撃に気づき、剣を盾にして防ぐ。しかし戦槌は刃を砕き、さらに兵士の鎧に激突する。鎧の胸が陥没して、そのまま後ろに吹き飛んでいく。
倒れた兵士のもとに六つの足音。槍を構える三人のライオネル王国兵が新たに現れる。倒れた仲間を見て、三人の兵士達が槍を握り締め突撃する。槍は戦槌より長い。だがイザークは構わず戦槌を振りぬいた。狙うべきは三本の槍。一撃でへし折ってやるつもりだった。しかし途中でイザークの意図に気づいた兵士達は、即座に槍を跳ね上げて折られるのを防ぐ。
三人の兵士が僅かに後退し、距離をとる。そこにさらに足音が連なる。十人の兵士がやって来て刃を向ける。イザークは背中の大盾を左手で構え、油断なく目を配る。
「気をつけろ、こいつはガリオスの息子、イザークだ!」
「逃がすな! 取り囲め! 討ち取るんだ。名を上げろ!」
「いや、将軍達を待て、将軍達に伝えるんだ!」
人間達がイザークを取り囲んで叫ぶ。敵の準備を待つ理由はなく、イザークは大盾を構えて突進した。人間の兵士達は槍を繰り出すも、イザークの盾は三枚重ねの特別製だ。槍すら刺さらずにはじき返す。イザークは盾を手に戦槌を振り回し暴れまわった。
戦いながら、イザークは空を見る。すでに時刻は夕方。太陽は沈みつつある。夜となれば地の利がある守備側が有利だ。ライオネル王国軍は、日暮れと共に後退していくだろう。それまで持ちこたえられればいい。
イザークがそう考えたその時だった。不意に背中に悪寒が走り、慌てて振り返り盾を突き出す。直後、二条の槍が盾に激突した。
槍のあまりの強さに、イザークはこらえきれず二の足を踏む。息を漏らしながら槍を放った人物を見ると、そこには二人の男がいた。
一人は長い艶のある黒髪に、切れ長の目、整った顔には余裕の笑みを浮かべている。そしてもう一人はというと、先程の男と全く同じ顔をしていた。双子である。
双子を見て、イザークは喉が干上がるのを覚えた。『双子を見れば用心せよ』魔王軍でささやかれている警告である。戦場で双子を見た魔族の兵士が、ことごとく死んでいるからだ。そしてそれは戦場によくある流言ではない。何故ならばその原因が、目の前にいるからだ。
「グランベル将軍とラグンベル将軍か」
イザークは戦槌と大盾を構えて誰何した。双子の槍使いといえば、ロメリア二十騎士の二人グランベルとラグンベルだ。万の兵を指揮する将軍でありながら、槍をとらせれば無類の使い手といわれている。魔王軍に恐れられる、双子の死神が目の前にいるのだ。
「そういう君は、ガリオスの七男イザークだね。これは意外な獲物がかかったね、ラグン」
「そうだね。しかし彼はまだ百竜長のようだよ。それほど大物首ではないのかな? グラン」
「でも強いと聞いているよ、ラグン。それに倒しておけばロメリア様に褒めてもらえるかも」
「それはいいね、グラン。褒めてもらおう。どうせガリオスよりは弱いだろうしね」
戦場でも余裕で話す双子は、緩く槍を回転させる。その姿は左右が反転した鏡のように同じである。イザークは盾と戦槌を握り締めた。
よりにもよって、ロメリアの双子将軍が相手である。とても自分が勝てるような相手ではなかった。しかし逃げることは出来ない。第十五防衛線の構築が、まだ完了していなかった。それに第十三と十四防衛線が瞬く間に崩壊したのは、間違いなくこの双子将軍が原因だ。防御が完璧でない場所をこの二人に攻撃されれば、間違いなく粉砕される。そうなればギレ山砦の存亡すら危うい。命に代えてでも、ここを死守せねばならなかった。
グランベル、ラグンベルの両将軍が、槍を構えて穂先をイザークに向ける。
攻撃がくると、イザークは盾を掲げた。次の瞬間、落石でも当たったかのような衝撃が襲う。盾の裏を見れば、二つの穂先が飛び出ている。特別製の大盾が容易く貫かれていた。
「おや、なかなか堅いね、ラグン」
「でも、貫けないほどじゃないね、グラン」
盾から槍を引き抜き、双子の将軍が再度槍を構える。イザークは盾の後ろに隠れた。
もはや槍の軌道を見ようなどとは思わなかった。振るわれる槍はイザークの目で追えるものではなく、槍捌きは変幻自在。しかも三枚重ねの盾を容易に貫いてくる。瞬く間に盾は穴だらけとなり、役に立たなくなる。後退したイザークは、変わり果てた盾を投げ捨てた。
このままではなぶり殺しになる。だがただでは死なぬと、イザークは差し違える覚悟で戦鎚を振りかぶった。
「やりたいことは分かるけどね」
「そんな腕前じゃぁねぇ」
襲いかかるイザークに対し、グランベルとラグンベルが涼やかに笑う。グランベルが踊るような足捌きを見せ、ラグンベルも軽やかに身を捻りイザークの戦鎚を回避する。
「「はい、これで終わり」」
二人の声が重なり、二条の刃が繰り出される。イザークはこの槍に全く反応出来なかった。速度、技術、駆け引き。あらゆる面で双子将軍はイザークの上をいっていた。
槍の穂先がイザークの鎧を突き破り、胸にめり込む。イザークは血を吐きながら後ろに倒れた。背後では戦いを見ていたダムドラやサーゴにゴノー、兵士達の悲鳴が上がる。
「さて、いくよ! あの防衛線を突破する」
「一番槍にはご褒美を出すよ!」
血糊のついた槍を振るい、双子将軍が周囲の兵士達を鼓舞する。このままでは仲間が、部下達が殺されてしまう。
「い、いかせはしないぞ……」
イザークは胸と口から血を零しながら立ち上がった。
「こいつは驚きだね、ラグン。急所を突いたと思ったけれど」
「そうだね、グラン。心臓と肺の位置だと思うんだけど」
グランベルとラグンベルは流麗な目を丸めたが、すぐにとどめを刺せばいいと槍を構える。
イザークは戦鎚を振り回すも、傷の痛みに大振りとなり空を切る。その隙を見逃す二人ではなく、槍が同時にくり出されてイザークの腹に突き刺さる。
「まだだ! まだ死んでいないぞ」
イザークは血を吐きながらも立ち上がった。




