第四十話 知竜と暴竜の悪だくみ
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ギャミが行く先では、ローバーンを守る副将のゲラシャが鎧を陽光に輝かせていた。
「これはこれは、ゲラシャ様。よくおいでくださいました」
ゲラシャを迎えるギャミはへつらいの笑みを浮かべ、低い背をさらに低くしてお辞儀をした。
「グラナの長城の副将たる貴方を迎えられ、これほど喜ばしいことはありません」
言葉だけは丁寧なギャミの態度だったが、慇懃無礼そのものであった。
副将という言葉に、ゲラシャは僅かに顔を歪める。ゲラシャはかつて、財務長官の役職にあった。これはローバーンで第二位の地位といってよく、ほぼ頂点に近い存在である。しかし二年前、ゲラシャはガリオスの怒りを買い、多くの者の前で失神した。
魔族は強さと体面を大事とする。醜態をさらしたゲラシャは、周囲の信頼を失い失脚した。
グラナの長城は重要な防衛拠点であり、その副将となれば重要な役職である。しかしローバーンの財務長官だったことを考えれば、随分と低い地位であった。
「出迎えに感謝する。グラナの長城の守将である、ズィーカ将軍の書状をお持ちした」
ゲラシャは眉間に皺を寄せながらも、携えている書状を取り出した。
「ではこちらへ。ガリオス閣下がお待ちです」
ギャミは恭しく一礼し、本陣の天幕を手で示す。ゲラシャはギャミに先導され本陣に向かった。ゲラシャの秘書官が二体に続く。イザークが天幕の入り口に目を向けると、ガダルダが天幕から顔を覗かせ、イザークを見て頷く。どうやら軍議に出席する話はついたらしい。イザークはギャミやアザレア達の後を追いかけて天幕に入った。
天幕の中には巨大な机が置かれ、軍議のために集まった千竜将達が椅子に座っていた。イザークは上座に目を向けた。奥には一際巨大な椅子が置かれているはずだった。しかし見ることは出来ない。何故なら椅子より大きな巨体が覆い尽くしていたからだ。
上座に座るのは、イザークの父であるガリオスだった。座していても山を前にしたような圧迫感がある。体は分厚い鎧で覆われているが、その下にはち切れんばかりの筋肉が収められていることは容易に想像がついた。
巨体に加え、鍛え上げられた肉体。まさに魔族の理想を体現した姿であった。
イザークと共に天幕に入ったゲラシャは、その姿を見て息を呑む。ガリオスの巨体に圧倒されているのもあるだろうが、それ以上に驚いているのは、ガリオスの手にある物だった。
ガリオスが手に持つのは、数枚の書類だった。猛々しいガリオスが、書類に目を走らせる姿は何とも奇妙であった。机にはインク壺にペンが挿され、そばには魔族が起立して書類を読み終わるのを待っている。
書類を読むガリオスはほぼ動かない。ただ縦に割れた瞳孔が左から右へと動き、かなり速い速度で書類を読んでいることが分かる。
「よし、いいだろう」
書類を読み終えたガリオスが、机のペンを手に取る。巨大な手が持つとペンがまるで小枝のように見え、掴んだだけでへし折れてしまいそうだった。しかしガリオスは柔らかな手つきでペンを操り、すらすらと署名する。
「南方面の工事が遅れているから、西方面からすこし兵士を回してやれ。あと資材が足りない件だが、十三補給部隊にまだ余分があったはずだ。それを使うように指示しろ」
ガリオスは署名を終えた書類を、そばに立つ魔族に渡しながら指示する。書類を受け取った魔族は、頷き天幕から出ていく。
一連のやり取りを見ていたゲラシャが、再度息を呑む。
ガリオスといえば、見た目どおりの武辺者と知られていた。戦いにしか興味がなく、細かな指示や報告は全て他者に任せるのが常であった。しかし二年前のガンガルガ要塞攻防戦の後に、ガリオスは変わった。目の前の戦場だけでなく、より広い視野で戦争全体を見るようになった。
何がガリオスを変えたのか、イザークには分からない。しかしその眼差しは遠く、王者の風格を感じる。
書類仕事を終えたガリオスが、顔を上げるとゲラシャに気づく。
「おお、ゲラシャか。よく来たな」
「あっ、はい。この度は閣下の御出陣に……」
「ああ、挨拶はいい。まぁ座れ、お前らも楽にしろ」
ガリオスは手を振り、ゲラシャを席に着かせる。ギャミも椅子に座り、アザレアはギャミの背後に嬉しそうに立つ。さらに先程兵士の様子を見にいった、ガオンとガストンも天幕に入ってきて椅子に座る。
イザークはどうするべきかと迷った。上司であるドルガ千竜将の後ろに着くべきかとも思ったが、思案した末に、推薦してくれたガダルダの後ろに副官のように立つことにした。
「まずはグラナの長城の守将である、ズィーカ将軍の書状をお受け取りください」
ゲラシャが一通の書状を差し出した。ガリオスは受け取り封を切って中を改める。
「ズィーカ将軍は此度の作戦において、協力は惜しまぬとのことです」
ガリオスが書状を読み終えるのを待って、ゲラシャが付け加える。
「ん、あんがとよと言っておいてくれ。ところで、今回物資や食料、兵士の手配をしたのはお前だったな」
ガリオスの大きな瞳がゲラシャを捉える。
ゲラシャはグラナの長城の副将だが、元は財務長官である。兵士を率いた経験はなく、練兵や戦場での指揮は期待出来ない。しかし官僚あがりということで、後方支援を任されていた。
「はっ、はい。私がいたしました。何か不足があったでしょうか」
ゲラシャが表情を固くする。かつてガリオスに頭を掴まれ、失神させられたことを思い出しているのだろう。
「いや、物資や食料も兵士も、要求された数はあったよ。ただ兵士は随分と若い奴が多いな」
ガリオスの言葉に、イザークも目を細めてゲラシャを睨んだ。
確かにイザークの下にも若い兵士が多く、ほかの部隊も同様であった。
「書類上の数が揃っていても、必要とされる戦力に達しなければ意味がないのだが?」
「そ、それは……長く続く兵員不足で仕方なく……」
ゲラシャの言葉は尻すぼみに小さくなっていく。
「まぁしゃぁねぇか、数が足りねぇのは、お前だけの責任とは言えないからな」
ガリオスは怯えるゲラシャから視線を外した。
「とはいえ、今回の作戦はグラナの長城との連携が肝だ、こちらは要求通りで頼むぞ」
「はっ、はい。閣下の勝利のために、協力は惜しみません」
鱗の間から汗を流すゲラシャが頷く。
「おう、頼んだ。じゃぁギャミ。軍議を始めろ。お目当ての獲物はくるのか?」
ガリオスは鷹揚に頷いた後、椅子に座るギャミを見た。
「おそらく出てくるでしょう。閣下には、鈴蘭を手折っていただきたく」
「おう、任せろ。やってやるよ」
ギャミは口を薄く広げて笑い、ガリオスは大きな口を開けて笑った。




